第五話 初仕事
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
尻尾がやや太いのを気にしている。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳でギザ歯のギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。
脚が大きいのを気にしている。
「手ェ血まみれだけど……依頼書見る前に洗っとく?」
「その必要は無くてよ……ふーっ!」
アリエラは自らの手に真っ赤な炎を吹きかけ、べったりと付着した血の汚れのみを綺麗に焼き飛ばして見せた。
「わーお☆ チョー便利じゃーん!
掃除の依頼とかあったら一瞬で終わるね☆」
「そうね……都合の良い依頼があるといいのだけれど……ふーっ……ふっ、ふーっ!」
アリエラは手だけではなく全身に炎を吹きかけて身を清めながら掲示板に向かった。
絡んできた冒険者チームを過剰に攻撃した上に口から炎を吹きながら近付いてきたため、依頼書の確認に来ていた冒険者の群集はアリエラとの接触を避けるために左右に捌けていった。
「……失礼しちゃうわ。暴力で解決するのはギルド側も暗黙の了解として認めているんでしょう?」
「ゆーて骨折くらいがMAXじゃない?
やっぱやりすぎちゃってみんなひいてるんだよ〜」
アリエラはもちろんのこと、アリエラの所業に対する反応が軽いピチカにも群衆は引いているのだが、当の本人はどこ吹く風といった様子だ。
「まあ……これで依頼書が見やすくなった事だし、余計な揉め事も避けられるでしょ」
「そーだね☆ 冒険者なんてずーずーしくなきゃやってらんないよ〜。
なんの依頼受ける? あーしと一緒なら害獣退治とか受けれるよ〜。
あっ! 草むしりの依頼あるよ! 焼き払ってもいいんだったらアーちゃんが最強の仕事じゃ〜ん☆」
「そうね……依頼主に会って話を──……!!!」
草むしりの依頼を受けようとしたアリエラは偶然視界に入ったある依頼書に目が釘付けになった。
「どしたの? なんか他にいいのあった?」
「これだわッ! これしかないッッ!! この依頼は早急に達成しなくてはならくてよッッッ!!!」
ピチカは凄まじい剣幕で掲示板からもぎ取った依頼書を見せてくるアリエラ気圧されながらも、「そんなにオイシイ依頼なのか」という期待をしながら内容を確認した。
「なになに……えっ──この依頼? 報酬安いよ?」
「ハァ……ピチカ……世の中お金だけが全てではなくてよ」
アリエラは心底残念そうな溜息を吐き、ピチカに憐憫の眼差しを向けた。
「そりゃそうだけど……ってそんな目で見ないで〜!
わかった! 受けよう! 依頼主も困ってるだろうし!」
「決まりね!! 一刻も早く終わらせるわッ!!」
アリエラとピチカ、冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』としての初仕事が始まった。
◇
(一体全体なんだってんだ……!
追われる心当たり自体はあるがあんなバケモン差し向けられる程の事したか……!?)
イクネト旧王都城下街に棲みつき盗みをはたらいて暮らしている『ギャレット』は恐るべき追跡者から逃げ回っていた。
「フフフ……そんなに怖がらなくてもよくってよ」
逃げ道に利用しようとした細い路地裏の石壁を事も無げに突き破り、褐色肌の獣人の女が優しげな声と表情で話しかけてくる。
怒りの形相で追いかけられた経験ならば幾度もあるが、微笑みながら追いかけられるのはギャレットも初めてである。
(たしかにあの娘っ子には恩を仇で返すことになっちまって悪いことしたと思うけどよぉ……!)
数週間前妻子と共に訪れたイクネト旧王都城下街で行き倒れたギャレットはイクネト新政府の要人の一家に拾われ、しばらくの間居候として暮らしていた。
特にその一家の令嬢に気に入られ今までの暮らしでは考えられない良い暮らしについ長居してしまったが、体力が回復すると妻子の事が心配でたまらなくなり、屋敷から妻子の腹を少し満たせる程度に物品を拝借して屋敷を去ったのだが……。
無断で使っていた街の端の廃墟には妻子の姿はすでになく、街中を捜し回っていたところで不気味な獣人女からの追跡を受けているという状況である。
「ちょっとアーちゃん! さっきから建物壊しすぎ!!
あっ……え〜っとぉ……二時の方向に逃げたよ!」
「了解よ!」
大量の光り物を身に付けた蒼い女面鷲が上空から指示を出すと獣人はギャレットの逃げた方向にある建物を素手で破壊しながら追いかけてきた。
(あの飛んでるヤツも追っ手かよ……!?
見えないように屋根のある場所だけ通って人混みに紛れて振り切れるか祈るしかねぇ!
風の女神サマよ! これからは真面目に信仰するから俺に加護を授けてくれぇ!!)
木材も石材も泥のレンガもおかまいなしに突き破る獣人に加えて、ハーピィに制空権まで握られたギャレットは、今までで一番真剣に女神頼みをした。
その時、祈りが女神に届いたのかギャレットの身軽さが向上し、疾風の如き速さで廃墟の街を駆け抜け大通りにたどり着いた。
(やったッッ!!)
しかし────。
「うおわぁあああ!?」「壁が崩れた!?」「きゃああ!!」
「自警団呼んでこい!」「建物壊しすぎだってばー!!」「ヒイィィィ!!」
追っ手を撒こうと複雑な逃走経路を辿ったギャレットと違い、壁を破壊して最短距離を駆けてきた獣人にあっさりと距離を詰められる。
「オっ……、オアアアアアアアー!!!!」
速く走ろうにも人混みが邪魔して全速力を出せないと判断したギャレットは今日一番の咆哮を上げながら、イチがバチか先程授かった加護を使い壁面を駆け進路上にある建物の窓に向かって飛び出す。
(一瞬でも連中の視界から逃れられれば加護を得た今の俺なら振り切れ────……!?)
後少しで窓から建物に侵入できたはずだったギャレットの体が突然浮き上がった。
「アーちゃ〜ん! つかまえたよー☆」
「ピチカ! 傷付けては駄目よ!!」
「壁壊して追いかけてたアーちゃんにだけは言われたくないんですけどぉ!?」
ギャレットは自分を直接捕らえに来るのは獣人の方だと思い込んでいたが、今まで上空を旋回していた女面鷲の大きな鳥脚に文字通り鷲掴みにされた。
「まあ……何はともあれ……」
「『ネコちゃん保護依頼』完了☆
でっかいネコちゃんだね〜犬くらいの大きさあるんじゃない?」
「フギャアアア゛ア゛ア゛オオ゛ギャフベロハギャベバブジョハバァア゛オァオ゛!!!!!」
迷い猫として捜索されていた足先と顔に黒い毛が生えたギャレットの叫びが周囲にこだました。
◇
時は少し遡りギャレットが捕まる少し前……。
アリエラの強い要望で『迷い猫の捜索と保護』の依頼を初仕事として受けた二人は依頼主である少女の屋敷を訪ねていた。
「うち……我が家のネコちゃ……愛猫のシャルルが屋敷から姿を消してしまいましたの!
おねえちゃっ……貴女方が依頼を受けて下さった冒険者ですの?」
イクネト新政府の要人であるバニーア氏の愛娘アルマ(七歳)が今回の依頼主だ。
幼いとはいえ令嬢だけあって地元の一般人より装飾の多い仕立ての良い服を着用し、素の部分が出かかっているが依頼主としての態度でアリエラとピチカに接してきた。
ちなみにシャルルとはアルマがギャレットに付けた名前である。
「そーだよ☆ あーしら『パリピ☆愚連隊』がすぐに見つけたげるから安心してね〜アルマちゃん」
「シャルルちゃんていうのね……いなくなってしまって心配でしょう……よし……臭いは覚えたわ。
ワタクシは地上を捜索するからピチカは上空から探ってちょうだい!!」
アリエラは周囲の壁から壁へ、屋根から屋根へと凄まじい勢いで跳躍し捜索を開始した。
「了解! アーちゃんやる気マンマンじゃーん☆
じゃあさがしに行ってきまーす!! 待っててね☆」
ピチカもアリエラの後を追って飛び立った。
「よろしくお願い致しますわー! (あんなうるさいとシャルルがにげちゃう……)」
アルマは一抹の不安を覚えながら『パリピ☆愚連隊』を見送った。
◇
「ハァあああぁあアァあ♡ ハーピィのおねえちゃんに掴まれて怖かったでちゅねぇえェん♡ よーしよしよしよちよちよちよちよちッ!」
「オぁアア゛ンオ゛オァァ……!」
捕らえたれたシャルルことギャレットは猫撫で声のアリエラに抱き抱えられ、頬擦りをされながら全身を撫で回されていた。
散々引っ掻いたがアリエラの肌を傷付けるどころか自分の爪が削れてしまったため、ギャレットは抵抗を諦め呻る事しかできなくなった。
「うわぁ……いや絶対アーちゃんの方が怖かったって!!」
「しょんな事ありまちぇんよねぇえええェ……! ぶるぶるぶるぅ! スゥ────ッ……」
アリエラは頭を左右に振りながらギャレットの腹毛に顔を埋め深呼吸を始めた。
アリエラの奇行に周囲の通行人や露天商たちはどよめいた。
「……アーちゃんってネコちゃん好きなの?」
「なんなのかしらその愚問は? 猫ちゃんが好きだなんて当然の事じゃなくて?
シャルルちゃん♡ 飼い主のところに連れて行ってあげまちゅからねェえええええ! ぶるぶるぶるぶるぶるぶるゥ!! スゥ────────ッッ……」
ギャレットの腹毛から顔を離しピチカの問いに答えたアリエラが再び腹毛に顔を埋め一層深く息を吸ったその時──。
「ヒィ……お、俺が悪かった! 盗んだブツは全部返すから見逃してくれぇ!! 後生だから!!」
ギャレットは言葉を使って赦しを乞いだした。
「しゃべったー!?」
「あ〜ら猫妖精ちゃんだったのォ♡
依頼主のところに連れて行く前にもうちょっと吸わせて貰いまちゅねぇ♡ スゥ──……」
「あ、あー……あっそーだ! あーしは先に戻ってアルマちゃんに色々と伝えてくるね〜!」
「任せたわ。ワタクシたちはゆっっっっっくり向かうから」
今のアリエラとは知り合いだと思われたくないピチカはそそくさと飛び去った。
◇
それからしばらく時間が経った頃依頼主アルマの待っているバニーア邸にアリエラとぐったりしたギャレットが到着した。
「シャルル〜!! 心配したのよ! どこにいってたの!?」
アルマが駆け寄って抱き抱える前にギャレットはアリエラをなんとか振り払い二本足で地面に降り立ち、両膝と両手を地面につけ俗に言う「ごめん寝」のような姿勢になった。
「俺……いやニャーの本名はギャレットと申しますニャ。
今まで騙してすみミャせんでしたニャア……お世話にニャった恩を仇で返すような事を……」
(さっきは普通にしゃべったのに急にネコっぽいしゃべり方し始めた……!)
(ケットシーちゃんのその場凌ぎの猫口調……イイ!)
ピチカとアリエラは余計なことに気づいた。
「ネコちゃんにしては大きいしたまに立って歩いてたからケットシーなのは知ってたんですけど……なにか盗んだとピチカさんから聞きましたけどこれといって心当たりがありませんの」
「あ……ご存知だったんですニャア……盗んだブツは今からお返ししミャすニャア。
オ゛ッ……ヴォッ……オボァあっ! ガァァッ! ペっ!」
「うわぁっ! 吐いちゃった!」
ギャレットは手を自らの喉に突っ込んで牙にくくり付けた紐で繋がった油紙に包まれた数個の小さな物を吐き出した。
対してアリエラは躊躇なく吐き出された物を摘み上げ、油紙を剥いて中身を確認した。
「あらあら……変なもの飲み込んじゃったのね〜。
なにかしら……干し肉に魚に……鼠の死骸?」
「ひゃあ!? ねずみは返さないでくださいまし!
……でもなんで宝石じゃなくて食べ物を? ごはんはちゃんとあげていましたのに……それにだまって出ていくなんて悲しいですわ……」
「うう……実は妻子に食わせてやれる物がないかと彷徨って行き倒れたところをアルマお嬢さんに助けてもらったんですニャア。
それで体力が回復して妻子の安否が気にニャって気にニャって……」
「そうでしたの……言ってくれればいっしょにさがしましたのに……。
ねえパリピ……ぐれんたい? のお二方……お父様におねがいしてお金は用意してもらいますからシャル……ギャレットさんのご家族をどうかさがしてくださいまし!」
アルマは指を組んで二人に懇願した。
「言われなくてもそのつもりだったから追加報酬なんて必要なくてよ」
「そうそう☆ 乗りかかった船ってヤツ?
あ……でもアーちゃん建物壊して追いかけるのはもうやめてね?」
「心配なくてよ。今はギャレットちゃん♡を吸ったばかりだから落ち着いているし、この街の野良猫ちゃんのおおよその居場所は把握済みだから」
「え、怖……まあいいか! 子連れケットシーならすぐに見つけられるっしょ☆ 行ってきまーす!!」
再びアリエラとピチカは勢いよく屋敷を後にした。
アリエラの姿を見た通行人は皆アリエラを避け、人混みをかき分ける必要がなくなったのでギャレットの妻子は想定よりも早く見つかりバニーア邸に連行された。
道中アリエラが子供達の顔を舐め回そうとしたがピチカの制止によりなんとか事なきを得た。
ギャレットの妻に子供が一男二女、ギャレットに比べると痩せているが健康に問題は無い様子だ。
「お前たち……! 無事だったか……!!」
「あなたー!」「「「おとうちゃーん!!!」」」
再会を果たしたケットシーの家族はひしと抱き合い、アリエラは満足気に腕を組んで頷き、ピチカは胸を撫で下ろした。
その時バニーア邸に立派な髭を蓄え、やや仕立ての良い装束を身に付けた男……アルマの父でありイクネト新政府の要人バニーア氏その人が早めの帰宅を果たした。
「ただいまアルマ。なんだか賑やかだねぇ。
帰ってきて早々で悪いんだがなにやら建物が崩れたらしくってちょっと様子を見に──ってシャルル!? シャルルじゃないか!! ハッハーッ! 心配したぞぉこいつぅ!」
「んニャアァオ♡」
バニーア氏はシャルル(ギャレット)を見つけると心底嬉しそうに抱き抱え、ギャレットもそれに応えた。
「ワタクシの時と態度が違いすぎじゃなくて……?」
「そりゃそうでしょ……」
「ハッハッハッ! そっちのお二方は……冒険者……? もしや貴女方がシャルルを見つけて下さったのかな?」
「ええ。御息女からの御依頼をワタクシ達が請け負わせて頂きましたわ」
「いやぁ心配で仕事に集中できませんでな……」
「心中お察し致しますわ」
(アーちゃんって敬語とか使えるんだ……)
ピチカは失礼なことを考えた。
「お父様……その……シャルルの事なのですけど……」
「アルマお嬢さん。ニャーが自分で説明しますニャア」
「喋ったぁ!?」
ギャレットはバニーア氏にもこれまでの経緯を話し、再び膝をついてごめん寝の体勢に移行し陳謝した。
「盗みはニャーが個人でやった事ですニャ……妻と子供は何卒……何卒……!」
「あニャた……」「「「おとうちゃん……」」」
ギャレットの妻は夫に倣って猫口調を使い出したが、子供達は純粋に父を心配した。
「ふ〜む……シャルル……いやギャレットだったか……ぶっちゃけ言われるまで気付いてなかったし、盗みの事は気にしてないんだが……。
……ただ盗みをはたらいた者になんの罰も与えないというのもよろしくないか……?
そうだ! 家族と一緒にしばらく我が家に奉公しないか?」
「……!? よろしいのですかニャ?」
「ああもちろんだとも。この国は今はまだ人間主体だがゆくゆくは様々な種族が共存できる国を目指しているからね。
私は上の立場に立つ者としてその姿勢を示せるし、君たちは食い扶持を確保できる。
悪い話じゃないだろう? ギャレット」
「……!! 是非! 妻子共々よろしくお願い致しますッ!!」
ギャレットはつい猫口調を忘れて返事をした。
小賢しい真似をして赦しを乞う気が失せたようだ。
「……ケットシーちゃん一家を助けて追加報酬まで貰えた上に一国の要人とコネを作れるなんてオイシイ仕事だったわね」
「そーだね! 余裕できたし明日買い物でもしよっか☆」
「そうね。ではギルドに報告に行きましょ」
「うん! ……でもな〜んか忘れてるような……」
この後二人はギルドで建物を破壊した件について叱責され、元々取り壊し予定だった廃墟を無償で最後まで取り壊し、現役の建物の修理費はバニーア氏が一部立て替えてくれた事でなんとか完済した。
結果的に『パリピ☆愚連隊』は収益赤字の上に冒険者ギルドイクネト支部から完全に危険視されたのであった……。
◇ケットシー
猫の妖精。犬ほどの大きさがあり二足歩行が得意で手先も器用な種族。
古代の南方大陸では特権階級の種族であった。
現在でも北東大陸では神官職に就いている者が多い。
猫口調で話すと赦してもらえる確率が高いというのは種族全体の共通認識である。
魔王軍に所属しているケットシーもいるがアリエラは接触禁止を魔王直々に命じられている。