第四話 冒険者ギルド
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
人生初のあだ名はアーちゃん
◇ピチカ
蒼い髪と瞳でギザ歯のギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。
ピチカは本名ではない。
アリエラが遭遇した女面鷲の踊り子ピチカは自分が異世界転生者であるという事をあっさり認めたばかりか与えられた神業の解説を始めた。
「あーしの神業は【楽々御粧し】!!!
服とかアクセ……あとコスメとかも無限に入る亜空間? ってのがあってぇ……その中に入ってる物だったらラグ無し着替えができるってワケ!! 便利っしょ? ネイルも一瞬でできるんだよ☆」
するとピチカは全くの無動作で目元にハートのラインストーンを貼り付け、通常ハーピィでは他者の介助が無ければ着るのが困難であろう首の後ろで紐を結んで留めるカラフルなホルターネックワンピースに一瞬で着替え、最後にやや大きな鳥脚の鉤爪を極彩色に塗り替えて見せた。
「なるほどね……それって着替えられるのは貴女限定なのかしら? ……例えばワタクシを着替えさせたりは……」
「できるよ☆ アーちゃんがあーしの見える範囲にいて着替えに同意してる時限定だけどね! アーちゃんもやってみる?」
「そうね……お願いしようかしら。
使用人がいないと着替えが億劫だったから助かるわ。
この衣装に着替えさせてもらえる?」
アリエラは石棺から文字通り勝負服である女剣闘士装備一式を取り出し、ピチカに渡した。
「(使用人? お嬢様なのかな……)オッケー☆
……じゃあ一旦あーしの亜空間に入れるけど盗らないから安心してね! じゃあいくよ! ほいっ☆」
ピチカが装備一式を虚空に開いた黒い穴に入れた次の瞬間、アリエラはいつの間にか着替えを完了していた。
「……! とても便利ね……ところで何故スキルの内容をバラしているの? 秘密にしておいた方が有利じゃなくて?」
「んぇ? だって異世界人だってわかったらスキルの事とか知りたくならない?」
「フフ……それはそうね。実際どう聴き出そうか思案していたところだったからありがたいわ。
けれど異世界人である事やチートスキルの事はあまり公言しない方が賢明よ」
「あぁ〜……迫害エグい地域あるもんね……。
でもなんとなくアーちゃんはバラしても平気かなって☆
てゆーかあーしの話はもういいじゃん!
アーちゃんはなんで凹んでたの?」
「……色々あって路銀が心許なくなったから剣舞でも披露して稼ごうかと思っていたのだけれどね、芸能ギルドを通さないと違反だからって罰金やら手数料やら徴収されて……稼ぐどころか路銀が減って途方に暮れていたの」
「あるある(笑)あーしも昔それやったやった☆
芸能ギルド入ったんならついでに冒険者ギルドにも入っといたら? 芸能と冒険者どっちも登録してる人多いよ!
あーしはこの街今日来たばっかだからくわしくないけど、なんか近くの山が吹っ飛んですぐに新しい森が生えてきたっていう変な事件があったらしくってぇ〜……階級カンケー無しで調査隊の募集やってたよ☆」
「ああ〜……その山の件はワタクシの仕業よ。
野盗に襲われて反撃したらやり過ぎてしまったのよ……あっこれ秘密よ?」
「うぇそれマジ!? やっば……アーちゃんって『なんかやっちゃいました?』系のヒト?」
「流石にやらかした自覚くらいあってよ。失礼しちゃうわ」
「ごめんごめん(笑)じゃあギルド行く?
あっその前に入れ替わりで亜空間に入ってきたアーちゃんの踊り子コス返すねー☆」
「その衣装の事だけど……貴女が預かっておいてくれる?」
「んぇ? いーけど……なんで?」
アリエラはほんの少し照れくさそうな仕草をとった後、意を決してピチカに切り出した。
「ピチカ、貴女が良ければでいいのだけれど…………ワタクシと一緒に旅をしない?」
「おぉ〜!! いいねぇするする〜☆
あーしも旅始めてわかったけど一人旅ってめちゃくちゃ独り言増えて寂しくてさ〜……店員さんとかとすンごい長話しちゃったりして……」
「わかる……わかるわ……。
まあよろしくねピチカ。なにやらお互いにワケ有りのようだけれど、とりあえず詮索はナシでいきましょ」
「そーだね……冒険者に詮索は御法度だからね。
よ〜しそれじゃ冒険者チーム結成だー!!!
チーム名は『パリピ☆愚連隊』で登録しとくね☆」
「……!? そのチーム名には異議があるのだけれど!?」
珍妙なチーム名に困惑したアリエラは勢いよく冒険者ギルド方面へ飛び去って行ったピチカを追いかけた。
◇
旧イクネト王都ではかつて戦災に恐れをなし国を放棄して逃げた王侯貴族たちが贅の限りを尽くした大理石の宮殿をイクネト新政府が使用し、その宮殿を囲む砦部分と中庭を冒険者ギルドが拠点として再利用している。
かつては王侯貴族を賛美する内容の螺鈿細工が壁や天井の至る所に施されていた煌びやかな──毳毳しいともとれる──宮殿は、殆どの螺鈿細工が剥がされ大理石の白が眩しい飾り気の薄い外観となっていた。
普段からそれなりに人の往来がある建物ではあるが昨夜起きた『イアシエス山再誕事件』に関する問い合わせや調査に参加する冒険者たちで賑わっている。
「……ところでアーちゃんはなんで街中なのにそんな戦闘服に着替えたの?
冒険者って新入りは荷物運びとか雑用ばっかだよ?」
「ワタクシも冒険者ギルドの事くらい少しは知っていてよ。
新入りには手荒い歓迎をして実力を測ろうとするのでしょう? だからワタクシもそれに応える準備をしたの」
「あー……あーしも登録したときにウザ絡みされたわ〜!
太ももにケリいれて理解らせてやった☆
あっ……でもケガくらいなら絡んだほうの自己責任ですむケドぉ……さすがに殺しちゃダメだよ?」
「それは相手の出方次第ね……殺す気で向かって来る相手に手心を加えるほど慈悲深くはなくてよ」
そう言いながらアリエラは石棺から白い獅子の毛皮の外套を羽織り戦闘準備を整え、受付に向かった。
(ヤバそ〜……)
アリエラは大きな掲示板の近くにいくつかあるカウンターの内一つに座る比較的仕立ての良い服を着た受付嬢の席へ向かった。
「冒険者ギルドへようこそ! ご依頼ですか?」
「いいえ? ワタクシ冒険者になりたいのだけれど登録はここでしてくださるのかしら」
周囲の冒険者や受付嬢は黄金の石棺を引き摺っている事から目の前の獣人が昨日から噂になっている女であると確信した。
噂だとドレスや装飾品を身に纏って旧城下街で豪遊していた金持ちそうな女らしいが、今日はどう見ても女戦士丸出しの格好で現れ、依頼ではなく冒険者になりたいと言う。
この時点で受付嬢と察しのいい冒険者連中は後先考えずに金を使って身持ちを崩した結果、冒険者になって稼ごうという安易な考えに至ったのだろうと推察した。
「あ、はい! 登録もこちらで承っております」
「あーしとチーム結成するんでそっちの書類もく〜ださい☆」
アリエラが渋々手数料を支払い、受付嬢から書類と自動筆記の魔術がかかった羽根ペンを受け取ると、ひとりでに羽根ペンが動き出し必要事項を埋めていった。
次にピチカが受け取ったチーム結成用の書類には最上部にチーム名『パリピ☆愚連隊』と書き込まれ、その下には『四級冒険者ピチカ』と『五級冒険者アリエラ』の名前が記された。
「ぱりぴ……? 愚連隊……でよろしいですか……?」
「よろしいでーッす☆☆☆
チーム『パリピ☆愚連隊』爆誕ッ!!!」
「はぁ……まあとりあえずはそれでよろしくてよ」
こうして後に冒険者界隈を騒がせる事になるのかもしれない冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』が結成された。
「……では書類の記入は終わったので冒険者の階級について説明させていただきます。
まず新入りのアリエラさんには五級冒険者の証である黒のベルトを進呈します。冒険者として活動する際には身体のどこかに装備しておいてくださいね」
「五級ね……最高位は一級なのかしら」
「いえ、一級の上の紫ベルトを進呈される『特級冒険者』の方々が最高位の冒険者となっております」
そう言いながら受付嬢は冒険者の階級別のベルトの色と主な仕事内容が記された資料を見せてきた。
まずは黒ベルトの五級冒険者。
荷物運びや迷子の捜索などの雑用が主な仕事であり、求めていたような冒険や一攫千金はまず見込めないため引退者が最も多い階級だ。
新入りは皆この階級なので当たり外れが大きいが、当たりの冒険者を引けば報酬が安く済む上にコネ作りにもなる為、失敗しても問題ない依頼は五級にするのが無難。
次に白ベルト四級冒険者。
害獣や魔物の退治等の戦闘が絡む依頼をされるようになるため最も死傷者が多い。
黄色ベルトの三級冒険者から一人前扱いとなる。
この階級から冒険者ギルドの管理下にある魔窟の攻略に挑む事が許可される。
三級で成長が頭打ちになり、長年この階級で足踏みする者が殆どである。
二級冒険者の赤ベルトは名うての証。
報酬は高くつくが大抵の依頼はそつなくこなす。
更に上位階級の冒険者のサポートに徹する事に決めた者、自分こそが頂点に君臨する事を夢見る野心家など様々な冒険者が在籍している。
一級冒険者の青ベルトは羨望の的だ。
ここまで来ると英雄と呼んで差し支えない傑物揃いである。
冒険者ギルドの他に商会や国家の後ろ盾を持つ事もあり、様々な方面への発言力が非常に強い。
最高位の特級冒険者の紫ベルトは畏怖の対象。
竜をはじめとする災害級の困難すら打ち砕く冒険者ギルドの最終兵器。
一級冒険者すら寄せ付けない隔絶した実力がある反面、依頼料も制御の難しさも桁外れなので冒険者ギルドとしてはあまり頼りにはしたくないと受付嬢は語った。
「黒革が最下級なのね……ワタクシ革製品なら黒が一番好きなのだけれど……。
それで昇級するにはどうしたらいいのかしら? 試験でもあるの?」
「いえ、昇級は冒険者ギルド総本部に存在する初代ギルド長の神器によって管理されています。
詳しい仕組みは私も知らないのですが、ベルトを付けている間に行った冒険者としての活躍を自動で評価して昇級させるそうなので、ベルトを身に付けないといくら活躍しても反映されないのでご注意ください」
「異世界人が設立した組織だったのね」
(だから冠位十二階と色の並びがいっしょなのかな……)
「私からの説明は以上ですが、他に何かご不明な点はございますか?」
「今のところは特になくてよ。どうもありがとう。
では早速良さげな依頼がないか見に行きましょピチカ」
「うん! 楽なのあったらいーね☆」
受付を後にし、掲示板の方に歩き出したアリエラとピチカだったが、どことなく不潔そうな見るからにガラの悪そうな四人組の男達に行手を塞がれ足を止めた。
全員が黄色ベルトをしている三級冒険者という事よりも、額や胸などについている共通の十字傷が目立つ四人組だ。
「おーっとォちょっと待ちなよ新入りちゃ〜ん!!
仕事探してンならオレら『傷の同胞』の手伝いしてくれや……」
「腰を軽くしてェから一緒に宿屋に行こうぜ……なーに二人いりゃ上下使って四人は相手できるって!」
「にしてもスゲェ格好してんなぁ。
冒険者より娼婦にでもなった方が手っ取り早く稼げんじゃねぇのォ?」
「ちげえねぇ! ガハハハハハハ!!」
四人全員が武器に手を添えるか筋肉を見せつけて暴力をちらつかせながら、女冒険者を相手にする時特有の野卑な態度を見せた。
よくある事なので周囲の冒険者はうんざりしたような表情で通り過ぎていくかどう対処するのかと好奇の目で見るばかりであったが、広場でのアリエラの剣舞を見ていた冒険者は巻き込まれる前にその場を離れた。
受付嬢も顔を顰めてはいるが止めようとはしない。
「うげぇ〜……マジキモ〜い……死ね(直球)」
「チッ……これが例の手荒な歓迎というやつね……想像していたよりも随分と不快だわ」
アリエラは最初に話しかけてきた額に十字傷のあるリーダー格の男に歩み寄り、その十字傷目掛けて無造作に拳を振り下ろした。
「んゲッんっっ──……グゴぁー……すゥー……ぐごォ……」
頭が陥没し左目が少し飛び出したリーダー格の男はその場に倒れ伏し不気味ないびきをかき始めた。
「ててッ、てめぇなにしてやが──がォボぉ!?」
右頬に十字傷のある痩身の男が慌てて腰に下げた大ぶりの曲剣を抜こうとした刹那、アリエラの裏拳が顎を打ち砕き周囲に歯が散乱した。
「このア──ぎギゃッ……あぁあ゛アア゛ァ!!!!!」
左頬に十字傷のある盗賊風の小男は短刀で刺そうとした右手を握り潰され、悲鳴を上げきる前にアリエラの素手で顔面の左側の皮を剥がれ、手と顔面の分を合わせた大きな悲鳴を上げてのたうち回った。
「待ってくれ俺たちが悪かっ──あがっガガガがガガガガ」
胸に十字傷のある四人の中で最も体格のいいスキンヘッドの男が許しを乞おうとしたが、言い切る前にアリエラの指先から放たれた小さな赫い雷電に胸を貫かれ、床に倒れて全身を痙攣させた。
僅かな時間で冒険者ギルドのロビーはいびきと呻き声と悲鳴がこだまする地獄絵図と化した。
「いやアーちゃんやりすぎィ!!」
「即死はしないように手加減したから大丈夫よ。
ギルド側が暴力沙汰を容認しているようだし治療師くらい控えているんじゃなくて?」
「……たしかに! じゃあ後はギルドに任せて掲示板見に行こっ☆」
「当面の宿賃くらいは稼げるといいのだけれど……」
早々に冒険者チーム『傷の同胞』への関心を失ったピチカとアリエラは気を取り直し掲示板に向かった。
この後駆けつけた治療師によって『傷の同胞』は全員一命を取り留めたが、冒険者として復帰することなく引退した。
そして四級冒険者ピチカと五級冒険者アリエラの所属するチーム『パリピ☆愚連隊』は冒険者ギルドが秘密裏に管理している要注意冒険者名簿に記される事になった……。
◇冒険者ギルド
大昔の異世界人が設立した組織。
運営管理を行っているチートアイテムを破壊しない限り完全に解散させる事はできない。
約十年前までは中央大陸に総本部があったが、魔王軍に追い出されたため現在は南東群島に総本部がある。