第三十七話 夢魔
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
『殲滅女帝』の二つ名を持つ。
褐色肌にボブカットの黒髪、猫のような紅い瞳、獅子の耳と尻尾が特徴の獣人。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者。
好きなダンジョンは闘技場系。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』の一応リーダー。
一級冒険者。
好きなダンジョンは強いて言うなら天空都市系。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者。
好きなダンジョンは洞窟系。
◇カメリア
中性的な顔立ちで金髪ポニーテールに緑基調の騎士装束のデュラハン(エルフ)の特級冒険者。享年224歳。
二つ名は『首愛でるカメリア』
自らのスタイルに絶対の自信があり、様々な美女や美少女の顔写真との合成写真を作成するのが趣味。
好きなダンジョンは草原系。
◇ダチュラ
カメリアの愛馬で白い首無し馬。メス。
周囲の会話内容は結構理解している。
好きなダンジョンは草原系。
◇
「いやぁ……お見苦しいところを見せてしまって……お陰様で助かりました。感謝申し上げます。
アンバーさんが部屋に備えられていた水を飲んだ途端に豹変してしまいましてですな……」
『交合しないと出られない部屋』の結界から解放された特級冒険者『竜騎執事ヨハン』は相棒の飛竜を撫でながら乱れた襟を正し、救助に対する礼を言った。
「わたくしからも御礼申し上げますわ! ヨハンは部屋から脱出する方法を知っていそうなのに頑なに教えてくれないし……アンバーは様子がおかしくなって不安でしたの!」
ピチカよりも少し年下と思われる令嬢の『エメラ』も同じく相棒の鷲獅子を撫でながら片手で黄色基調の貴族服の裾を軽く摘み上げ、膝折礼をしながら感謝を述べた。
「あのぅ……レイメイ様…………私はもう正気に戻ったので…………拘束を解いて下さると嬉しいのですが……」
「まだ媚薬が中和できてないのでダメです」
手足や胸部に装甲の付いたエプロンドレスを着たメイドの『アンバー』は、レイメイに羽交い締めにされながらも荒い息遣いでヨハンに熱のこもった視線を向ける事をやめなかった。
「ピィィイ……」
主と再会できたものの一向に撫でて貰えないからかアンバーの相棒の鷲馬は不満げな鳴き声を上げながらレイメイとアンバーの周囲をうろついている。
「無事……ではないけど大した怪我も無くて良かったね。
しかし……なんでわざわざこの魔窟に? あまり飛び回れないから『幻獣騎士自由連合』の強みが活かしづらいと思うけど……」
全員が高い飛行能力を有する騎獣を駆る『幻獣騎士自由連合』は、まず制空権を握った上でヨハンとエメラが射撃で獲物を弱らせ、ヨハンが援護しつつアンバーが止めを刺す……という手堅い戦法を得意とするチームとしての評価が高いため、カメリアは何故『ティルイルの昇天宮』に挑んだのかと訝しんだ。
「それは──」
「わたくしが悪いんですの……いつも同じ様な魔物討伐依頼ばかりで飽きたからって、ヨハンに無理を言ってこのダンジョンに挑んだばっかりに……わたくしが挑むには実力不足なのはわかっていましたのに……」
釈明しようと口を開くヨハンの言を遮り、エメラは自らの落ち度を認めて項垂れた。
「まあ反省できるならまだ強くなれるさ。
──それよりヨハンくんが心を鬼にしてビシッと諫めなきゃダメじゃないか〜……」
「返す言葉もございません……」
カメリアが叱責するとヨハンもエメラと同じく項垂れた。
「……その身なりからして北東大陸の貴族でしょう? そろそろ魔術学院に通い出す年頃でしょうに……」
アリエラはエメラの外見から推測される文化圏や年齢的に、冒険よりも魔術学院の入学準備に努めさせるべきであろうと言外にヨハンを咎める。
「通常ならばアリエラ様の仰る通りなのですが──……」
「それに関しては北東大陸と言えば最近はホラ……『悪逆令嬢ガーネット』が猛威を奮ってるから、冒険に出た方がまだ安全かもね」
「去年あたりから急に暴れ出したとかいう精霊使いね……」
「凄腕の錬金術師という話も聞いた事がありますよ。『賢者の石』の精製に成功したとか……」
「あーしも知ってる! 逆らう人を金ピカの像に変えちゃうんでしょ?」
「ええ。元々評判の良い方ではありませんでしたけれど……婚約破棄されて追放同然で辺境送りにされたと思ったら、強大な蛇の魔物を連れて戻って来たと聞いてますわ。
しかもわたくしの入学予定だった学院に生徒として無理矢理通っているらしいですの!
そんな恐ろしい方のいる学院なんて行きたくありませんわー!!」
エメラは『悪逆令嬢ガーネット』の話題になると身を震わせ相棒のグリフォンにしがみつき、その羽毛に顔を埋めた。
「突然強力な魔物を……もしかして神獣かしら」
(あーしと同じパターンの転生者かな……)
「その線はありそうですね──……」
『パリピ☆愚連隊』の三人──特に世情に疎いアリエラですらも知っている──北東大陸の悪い意味で有名な人物についての話が盛り上がり始めたところをカメリアはピシャリと打ち切る。
「──はーいお喋りはそこまでッ!
特級ダンジョンの中って事を忘れないように!
アンバーくん。もう正気に戻った?」
「は、はい……私の醜態については忘れていただけると幸いです……」
「もう媚薬は中和できたみたいですけど……体内の水分を消費したでしょうから帰還する前に補給した方がいいですよ。何か飲み物持ってますか?」
荒い息遣いが治ったのを確認するとレイメイは羽交い締めを止め、アンバーを解放した。
「……道中の罠はレイメイが無力化した事だし……全員無傷なら自力で安全圏まで引き返せるわよね? これにて任務完了という事でよろしくて?」
アリエラは無事正気に戻ったアンバーを含む『幻獣騎士自由連合』の三人と三頭を見て護衛は必要無いと判断し、捜索任務完了の確認を取る。
「ええ。問題ございません。重ね重ね救助感謝致します。
お礼と言ってはなんですが、何か困り事があれば何なりとお申し付け下さい。身命を賭してお手伝いさせて頂きたく存じます」
ヨハンは再び深々と礼をすると、ワイバーンの背に乗り、他二名も軽く水分補給を済ませて相棒に騎乗し帰り支度を整え終えた。
心なしかヨハンとアンバーの間には微妙な距離感があるようだった。
「あ、それなら……このダンジョンに常駐している組合職員を全員連れて避難しておいて頂戴。
三日経っても音沙汰無しならワタクシたちも攻略に失敗したと判断して問題無いわ」
「それは構いませんが……何故避難を?」
『ティルイルの昇天宮』には安全圏が用意されており、ギルド職員は常にその中で仕事をしているため、ヨハンは避難など必要なのかと疑問に思った。
「場合によっては上の階層にいる悪魔たちをダンジョンごと消す必要があるからよ。
ダンジョン側が用意した安全圏でワタクシの攻撃を防ぎ切れるか分からないもの。念の為よ」
「え゛っそれってあーしらがヤバくない?」
「いつでも逃げられる準備をしておきましょうね……」
「大技使う前にはちゃんと教えてね?」
「ヒィン……」
アリエラの攻撃力を普段から目の当たりにしている一行は、「ダンジョンごと消す」発言がフカシでは無い事は理解できているため、もしもの時の逃走経路を頭に思い浮かべ始めた。
「急いだ方が良さそうですわね!? ヨハン! アンバー! ずらかりますわよ!!」
「お嬢様ッ!! なんて言葉遣いをなさるのですか!!」
『幻獣騎士自由連合』一行もアリエラが冗談を言っているわけではない事を直感したのか、騎獣を走らせ一目散に退避し姿を消した。
「さて……捜索任務も終わったのだから少々荒っぽい手段で攻略しても構わないという事よね?」
「そうだね! ボクらなら低階層は楽勝かな! あ、油断は禁物だよ?」
「では引き続き罠を解除しながら……これは作動させた方が早いですね。ピチカさん 壁に向かってしばらく突風起こしてください」
「ん、オッケー☆ うりゃーッ!!」
気兼ね無くダンジョン攻略に打ち込めるようになった一行は次々と罠を無力化し、第二階層『罠迷宮』を突破したのであった。
◇
「さて第三階層はさっきまでのような罠に加えて魔物まで出てくる『罠迷宮・上級』だよ」
「……どうせ『感度3000倍悪魔』とかでしょう?」
「いやデーモン系はもっと上の階層だね。
この階層だと『服だけ溶かす粘体』や『感度3000倍触手』あたりが驚異的かな」
「『感度3000倍デーモン』もいるにはいるんだ……?」
「まあ魔物は毒殺してさっさと進みましょうね……──〈白毒雲〉ッ!!」
階層の概要を聴いたレイメイは一歩すすむと、普段は移動手段としても多用する白い雲を吹き出し、通路・小部屋・壁の隙間に至るまでを覆い尽くし魔物という魔物を死滅させてしまった。
「おやおや……もう終わっちゃった?」
「まあこんなもんでしょう。じゃあ皆さん罠解除の手伝いよろしくお願いします」
その後レイメイは魔物たちの死骸から特殊な体液を採取しつつ、点在する宝箱から『服が透けて見える眼鏡』や『一時的に種族を変える薬』等を回収し、第四階層に向かった。
────────
「さあ第四階層は『罠雪原』だよ。『罠平原』に豪雪が追加された階層だね。
『色欲の魔王ティルイル』は『氷の魔王』とも呼ばれたそうだから、この階層では氷要素を強調したかったのかもね。
中央にはベッド一つと媚薬入りの食料が置いてある小屋が──」
「「「フ ン ッ ! ! 」」」
カメリアの説明を聴き終える前に『パリピ☆愚連隊』の三人は揃って〈麒麟震天脚〉を発動──……『罠平原』と同じく、全ての罠が衝撃で一斉に爆ぜて無力化された。
「無力化完了ね。レイメイ 一応罠の確認しながら先導して頂戴」
「了解です。ゔ〜寒い……ピチカさん冬服に着替えさせてください……」
「オッケー ホイッ☆ あーし着替えよーっと……アーちゃんとカメリーとダチュラも着替える?」
ピチカは自分とレイメイの服をそれぞれ蒼と白のファーコートに換装してから、残る二人と一頭に向き直る。
「ボクとダチュラは大丈夫かな。半分亡者だからか寒さには結構強くてね」
「ワタクシも平気よ。動きやすさ重視で剣闘士服で行くわ」
「見てるこっちが寒くなってくるんですけど……」
「まあまあ……早く抜けよーよ」
────────
「第五階層は『夢魔の花園』だよ。
幻覚作用や麻薬成分のある花が咲き乱れる上に名前の通り魔王の眷属たる女夢魔や男夢魔が大勢襲いかかってくる花園さ……というワケで燃やしたり毒を散布したりすると花が反応して花粉をばら撒いて大変だから……ね?」
第五階層の入り口に到着するとカメリアはアリエラと長袍に着替え直したレイメイに視線を遣り、自制を促した。
「厄介ね……」
「ねえ、サキュバスとかってさあ……普通に街で暮らしてるヒトとかいるけど、この先にいるのとはなんか違うの?」
ピチカはよく歓楽街などで頻繁に見かけるサキュバスという種族についてはよく知っており、そういった者のほとんどは性に大らか過ぎる部分はあるが基本的には善良であり、そんな彼ら彼女らがなぜダンジョンで侵入者を抹殺すべく待ち構えているのか疑問だった。
「このダンジョンの夢魔たちは非常に精巧に造られた“夢魔型ゴーレム”とでも言うべき存在だから斃して大丈夫……ヒトに近い姿だからって躊躇してたらあっという間にヤられちゃうから気をつけて──……そうだ! ここはボクだけで突破して見せようじゃあないか!」
カメリアは処刑剣を突如鞘から抜き放ち、その丸い切先を高らかに掲げて単騎突撃宣言をした。
「いやソロ攻略は危ないよ〜……」
「カメリアは魅了対策を持っているの?」
「ンフフ……ボクの趣味を忘れたのかい?」
「あっ……なるほど……」
レイメイは、カメリアには魅了対策など必要が無いという事に気付いた。
「どゆこと?」
「夢魔たちがカメリアさんを魅了すると……“斬ってもいい相手”と“カメリアさんの好みの顔”という条件を満たしてしまいますよね? つまり──」
「カメリアの生首蒐集に加えられるという事ね」
「セリフ取らないでください……」
「ンフフっ……その通り……魅了されたらむしろ斬りたくなるってワケさ。
それにボクが攻略しようって提案したのにここに来るまで『パリピ☆愚連隊』におんぶに抱っこじゃあないか。少しはボクにも格好つけさせておくれよ」
「そこまで言うなら……冒険者としての先達の顔を立てて任せようかしらね」
「よし決まり! じゃあ行ってくるね! ダチュラをよろしく!!」
カメリアは自分が夢魔相手に有利に立ち回る事ができる根拠(?)を示すと、突撃して行った。
「サキュバスとかインキュバスってさ〜……相手の好きなタイプを見抜いて変身できるらしいケドさぁ……アーちゃんとメイメイはどんなヒトが好き?」
ピチカは突撃して行ったカメリアを見送ると、アリエラとレイメイを見て以前から訊きたかったがなかなか切り出せなかった質問をぶつける。
「私はそういうの興味無いですね」
レイメイは間髪入れずに答え、表情と声色でこれ以上この質問に付き合う気は無い事を示した。
「ホントかなァ〜? アーちゃんは?
あーしは普通にイケメン系かなー多分」
「ワタクシもあまり興味は無いけれど……そうね……まずワタクシよりも強いのは前提として、絶対ではないけれど身長もワタクシより高い方がいいかしら。それからちょっとした小国を運営できる程度には経済力も欲しい所よね」
「えぇ……」
「メチャクチャハードル高いじゃん……あ、じゃあ魔王サマ? はアーちゃん的にはどうなの?」
ピチカは姿を見た事は無いが前提の“アリエラよりも強い”という条件をわかりやすく満たしている上、実際に小国どころか中央大陸を征覇した大国の運営をしている魔王を候補として挙げた。
「なっ……不敬ですよピチカさん!!」
「ギャヒィッ……ごめんなさい……」
「落ち着きなさいレイメイ。ただの冗談でしょ。
確かに陛下なら今挙げた条件を満たしているけれど……残念ながら容姿の好みからは少し外れるし、そもそも畏れ多いわ」
「見た目はどんなヒトが好みなの?」
「そうね……ワタクシは見た目よりは中身を重視する方だけれど……見た目の条件を挙げるならまずは鬣よね」
「タテガミ……?」
「獅子獣人なのは前提なんですね……」
「別に獣人だろうが魔人だろうがなんでもいいけれど……ワタクシの父上と同等以上に立派な鬣は必須だわ。
それから父上のように強敵と戦ってついた向こう傷の一つや二つは無いといくら鬣や牙が立派でも軟弱な印象がしてあまり好ましくないわね。それから──……」
「アーちゃんってけっこうファザコン……?」
「かもしれませんね……」
「──腕も四本くらいはあってもいいかもしれないわね……背中には翼があって……尻尾には甲殻や毒針があっても強そうでいいわね……」
アリエラの話は徐々に魅力から戦力の話にすり替わっていた。
「好みのタイプというか“ぼくの考えた最強のモンスター”になってきてない?」
「……腕が四本あるなら、それぞれの腕に別の種族の特性を持たせるのもアリでは?」
その後ノッてきたアリエラと悪ノリを始めたレイメイによる『アリエラの理想の相手』という名の化け物の空想は、カメリアが夢魔を殲滅して戻って来るまで続いた。
◇夢魔
悪魔の一種。
女はサキュバス、男はインキュバスと呼ばれる。
頭には山羊のような角、背中や腰あたりにコウモリの羽、先端が尖った尻尾を持つ。
かつては『淫魔』と呼ばれていたが、印象が悪いと抗議運動が各地で勃発し、『夢魔』と呼ばれるようになった。
視界に入った相手の好みを見抜く能力と自身をその姿に近付ける変身能力、非常に高い魅了系魔術の素養を持つ。




