第二十一話 詠唱
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
特級冒険者。
前回シィシアに右手を切断された。
好きなチョコはチョコワイン。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
二級冒険者。
好きなチョコはミルクチョコだが転生してからチョコは食べたことが無い。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
四級冒険者。
好きなチョコはホワイトチョコ。
◇シィシア
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の四女。
赤いハーフツインの髪に澱んだ黒い瞳が特徴。
現在はシィシア(蠍)とシィシア(首無し)に分離中。
好きなチョコはラズベリーチョコ。
◇ワン・イェンジュー
ウーヴ皇国を支配する『ワン五兄弟』の紅一点にして犯罪組織『朱帝會』會長。
鳥脚のような質感の手脚に朱色の翼と髪を持つ鳥人の女。
好きなチョコはホットチョコ。
「チッ……!」
アリエラは自らの右手首から飛び散る血には構わず、首無し状態のシィシアの身体に反撃を試みたが──
「させないッスよォ!」
禍々しい巨大な赤蠍に化けたシィシアの頭部が勢いよく伸ばしてきた毒針付きの尻尾に阻まれる。
なんとか尻尾の突き刺しを右肘と右膝で挟んで止めたアリエラだったが、その隙にシィシア(首無し)の蹴りが再び胴体に突き刺さった。
「くっ……!」
攻撃によってさらに生じた隙にシィシア(蠍)のハサミと尻尾が襲いかかる。
右手を切り落とされた事でかえって冷静になったアリエラは、シィシアの攻撃を紙一重で躱しつつ先程殴り飛ばしたウマ獣人の僵尸に右手の傷口を向けて血を浴びせかけた。
「ヌ゛ッ……!? グぅおあアアあア゛ァああ!?」
その直後、目潰しかと思い咄嗟に顔を庇ったキョンシーの身体にかかったアリエラの血が烈しく炎上し、碌な抵抗も許さずキョンシーの体表を炭化させた。
「うおおッとォ!?」
遅れてアリエラとシィシア(蠍)の間に撒かれた血も炎上、目が眩んだ隙にアリエラは床を踏み抜き、切り落とされた右手と共に一階の廊下に着地した。
「……やりすぎちゃったかしら」
素早く右手を回収したアリエラは目線だけを二階にやりながら最寄りのドアを蹴破ってシィシア(蠍)の視界から姿を消した。
──このアリエラの一連の言動にシィシアは違和感を覚えた。
(“やりすぎちゃった”ァ……? この程度で?
そりゃ結界を破らないようにお互いある程度は手加減は必要として……それでもアリエラさんならアタシの罠や手駒のキョンシーを警戒して館ごと消し飛ばすくらいは簡単なハズ……。
──まさかあの女……! 出来るだけ事後処理が楽になるように極力被害を抑えてアタシに勝つつもりか!?)
自分に勝つのは前提で手を抜かれている事に気付いたシィシアは激昂し、床や壁を切り裂いて行く。
「舐めんなァ!!」
シィシア(蠍)は怒りのあまり「〜ッス」を語尾に付けるのも忘れて尻尾とハサミを振り回して直線的にアリエラを追いかけ、シィシア(首無し)は館中に配置していた『朱帝會』構成員だったキョンシーたちの心臓に中指の爪の毒を注入して回った。
「手ェ抜こうッてんなら抜いててくれていいッスよォ!! そんでそのまま死ねッ!!!」
怒声に合わせてシィシア(首無し)が中指を立てると、毒の作用で本来なら止まっている筈のキョンシーたちの心臓は生前よりも激しく躍動、全身の筋肉と血管を隆起させ壁や天井を突き破りアリエラに突撃を始めた。
激化したシィシアの攻撃に加えて精鋭キョンシーたちまで限界を超えた力を発揮し始めた事によりアリエラの身体に攻撃が少しずつ当たり始めた。
血を燃焼させる攻撃もシィシアに警戒され、キョンシーたちも返り血を浴びないように立ち回っている。
「確かに旅を始めてからつい手加減癖がついちゃって今目の前にいる貴女の事がおざなりになってしまっていたのは誠実さに欠けていたわね……謝罪するわ。
お詫びに結界をギリギリ破らない範囲でワタクシが今出せる全力で相手させていただくわ……!」
そう言った途端、アリエラは飛び交う攻撃を捌きながら切り落とされた右手を傷口に押し付け──
「フゥ────ッ!!」
口から吹き出した火炎で右手の接合部に熱を加え、熔接してしまった。
「精密動作はちゃんと治療しなくちゃ無理だけれど……鈍器としてはこれで充分──……ねッ!!」
「びギャあッ!?」
アリエラは左手で熔接した右手に無理矢理握り拳を作らせ、襲いかかって来た鳥人のキョンシーを強かに殴り飛ばして見せた。
(無理矢理右手をくっつけた……!?)
「……まずは雑魚掃除ねッ!」
シィシアがほんの少し呆気にとられていると、アリエラの左腕のみが一瞬だけ黄金の毛皮に包まれて巨獣化し、周囲に集まって来たキョンシーたちを薙ぎ払い粉微塵に打ち砕く。
「ギャぶッ……」「かハっ……!?」「マ゛ッ……」
中遠距離戦に徹していたキョンシーたちは右眼から放たれた熱線と口から吐き出された火炎によって次々と蒸発していった。
「チッ……! させるかァッ!!」
シィシアは蠍と化した頭部を一層禍々しく巨大化させて攻撃を再開、首無し状態の身体はアリエラの巨獣化した左腕の範囲外に距離を取って熱線と火炎を回避しつつ投擲武器で援護に徹し、まだ戦力になるキョンシーを館の奥に隠した。
「……今更逃しても意味無くてよ。
──“緋色の亜麻布”……」
アリエラが突然文脈から外れた言葉を呟くと、アリエラを中心に周囲の気温が急上昇し始めた。
(この詠唱は……! ヤバい!!)
シィシアは慌てて詠唱を妨害するべく攻勢を強めるが、後先を考えず目の前の戦いに集中しているアリエラは動じない。
「──“繋がる絞縄”……」
アリエラの二節目の詠唱に合わせて周囲の風景が歪み始め、シィシア(首無し)やキョンシーたちの持っている武器は融解し、館の至る所で火の手が上がり弾薬庫の火薬等にも火が付き大爆発を起こした。
その焦熱と爆風で館は崩落し、逃げていたキョンシーたちも全て滅び、アリエラとシィシアは館の地下倉庫部分だった大きな窪みの底に積み上がる灼けた瓦礫の山に立っていた。
「クソッ……!!」
『五毒姫』の中でも五行の火属性を司るシィシアはなんとか灼かれずに耐えているが、このままアリエラの発動しようとしている術の詠唱が完遂されれば、いくら火耐性があっても火傷では済まない。
「──“身喰らう獅子”……!」
三節目の詠唱によってアリエラを中心に烈しい発光を伴う火球が発生。
陽光に酷似した性質を持つその光を浴びたシィシア(蠍)は目を眩ませ、シィシア(首無し)はついに炎上した。
「ぐギっ、ガァあァアアア゛ッ!! ヤメロッ!!」
苦しむシィシア(蠍)の声に呼応するように、跳び上がったシィシア(首無し)はこの焦熱の中でも融解しない黄金に輝く至剛金の針を数本投擲──……咄嗟に顔と胸辺りを庇ったアリエラの両手に針が突き刺さる。
針に塗っていた毒の効き目はまるで無いが、それでも軽傷ながら有効打を与えた事により魔術詠唱は中断されたと見做され、アリエラを覆っていた火球は消失した。
(阻止された……やるじゃない……。
──でも胴体がガラ空きよ!!)
アリエラが未だ跳んだまま着地していないシィシア(首無し)に右拳を向けると──……
(まさかこれはっ……!)
右手の接合部から小さな爆炎が発生、右拳は切断面の血から発生した爆炎のジェット噴射を推進力にシィシア(首無し)目掛けて一直線に飛んで行った。
そう、つまり──
(火箭拳……!!)
──である。
アリエラのロケットパンチはシィシア(首無し)が防御の為に交差した両腕を容易くへし折り鳩尾までめり込むと、そのまま飛んで行き地下倉庫跡の窪みの淵にシィシア(首無し)を叩きつけて瓦礫の山に落下した。
シィシア(首無し)はロケットパンチの衝撃で両腕・内臓の大半・背骨を損傷し、力無く崩れ落ちた。
「ぐえェッ……」
少し遅れてシィシア(蠍)にもダメージが伝播し、少し間の抜けた声を出して地に伏せた。
「……まだやる?」
「降参ッス……」
「お望み通り全力で相手してあげたけれど……後始末や周囲への言い訳は貴女がやってくれるのよね?」
「ゔ〜……アタシの身体とキョンシーたちの修復は手伝ってほしいッス……」
「しょうがない子ね……じゃあワタクシの石棺のある場所まで案内して頂戴。
〈葬送帝〉を使えなきゃ手伝えないわ」
「あ゛〜い……」
シィシア(蠍)は返事をしながら〈五毒飛頭降『蠍』〉を解除して元の生首に戻ると、屋敷の南側──執務室がある方向──にフラフラとした軌道でゆっくり飛んで行く。
アリエラはロケットパンチとして発射した右拳を拾い、シィシアの身体を担いで後を追った。
◇
『朱帝會』本部の館は殆ど焼け落ちてしまったが、シィシアとレイメイが張った結界により執務室だけは何事も無かったかのように綺麗に残っていた。
シィシアが結界を解除するとアリエラはドアを開け中へ入る。
執務室にはレイメイに首根っこを掴まれて逃げられないようにされ、ピチカにやさしい手つきで腹をさすられて顔に青筋を立てているワン・イェンジューがいた。
「……終わったみたいですね」
「あっ! アーちゃん!! ケガして──手ェ斬れてる!? 焼死体担いでる!?」
「どっちも修復できるから問題無くてよ。
……そちらがワン・イェンジュー?」
「……そうだ。貴様ら魔王軍だな?
よくもまあ好き放題やってくれたな……」
「さすがにここまでやるとバレてしまうのね……」
「シィシアが四天王がどうとか言っていたしな」
「……ちょっとシィシア? 口が軽いのではなくて?」
「いやァ〜ついうっかり……面目ないッス」
気まずそうに生首状態のシィシアも執務室に入ってきた。
「ギャヒィッ! 生首が飛んで──ってメイメイのお姉ちゃんならそれくらいするか……」
「その通りなんですけどなんか引っかかる反応ですね……」
「──で? 私はこれからどうなる?」
弛緩し始めた空気を正すようにイェンジューが質問を投げかける。
「随分と冷静なのね」
「こんな稼業だ。マトモな死に方が出来るとは思っていないさ。
シィシアが言っていた事が本当なら子供の命は保障されるんだろう? 贅沢なくらいだ」
「いい心掛けね。……ところで子供の父親は誰なの?」
「さあ……貴様らが殺して燃やした内の誰かじゃないか? 興味無いな……それより私の処遇は?」
「あ、その話はアタシがするッス。
とりあえず今日起きた騒動は“『朱帝會』と『ヴロッドランズ協働會』の抗争”って設定でよろしくッス。
そんで出産したらアタシの手駒になって本命の作戦に加わってもらうッス」
「雑すぎる。詳細を教えろ」
「詳細は正式にアタシの手駒に加わるまで言えないッスよォ〜……」
「よし。治ったわ」
いつの間にか石棺から生命十字型の短杖を取り出したアリエラは治癒魔術を使って全快していた。
そして頭にはオオカミ獣人の黄金髑髏を被っている。
「お、治ったッスね。そんじゃあアタシとキョンシーたちの修復お願いするッス」
「はいはい……さっさと終わらせてウーヴ皇国から出国しなきゃ……」
その後アリエラは〈葬送帝〉を発動し、シィシアとキョンシーたちを修復、ピチカとレイメイと一緒に足早に南都イマニムを去った。
南都イマニムの住人はこの日起きた騒動が“『朱帝會』と『ヴロッドランズ協働會』の抗争”であるという話が嘘なのはわかりきっているが、真相を追求しても良い事は起こらないという事もまたわかりきっているので誰もこの件については深く語らなくなった。
◇ワン・イェンジュー
『ワン五兄弟』の紅一点にして自称『朱雀の鳥人』
本名チュー・フオチュエ。
実際は鷹の鳥人。29歳。妊娠中。悪阻がひどい。
自らの統率する犯罪組織『朱帝會』の部下にちょくちょく手を出していた。
ウーヴ皇国五大武術の一つ〈朱雀猛蹴撃〉の発案者。
元々は大酒呑みのヘビースモーカーだったが、懐妊を自覚してからは呑みも吸いもしなくなった。
◇〈葬送帝〉
アリエラの一族相伝魔術の一つ。
魔力を黒い影のように変質させる。
技名は魔王軍に参加してから魔王によって命名された。
触媒となる黄金髑髏はアリエラの一族に仕えていたオオカミ獣人の男のものであり、死体や霊魂の扱いに長けていた。




