第二話 イアシエス山再誕事件
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
あくまでも四天王最強であり魔王軍最強ではない。
褐色肌に紅い猫の様な瞳の獅子獣人。
私物は金ピカ率高め。
◇マスクド・ヴィゾフニル
四天王の一人。全身にメダルとベルトを巻き付け、王冠と鳥覆面を被った巨人。魔王軍最強の格闘術士。
◇ジーク
四天王の一人。九振りの魔剣を背後に浮遊させている赤黒い鎧。魔王軍最強の魔剣術士。
◇バアル・ゼブブ
四天王の一人。蝶っぽい蝿の蟲人の姿をした貴公子。
魔王軍最強の召喚術師。
◇
──中央大陸魔王城。
四天王アリエラが旅に出て数日が経過した。
とはいえ魔王城の運営には特に支障は無く、変わった事と言えばアリエラ専属の使用人達の仕事が突然減ってしまった事くらいである。
そんな魔王城の廊下をアリエラを除く三名はボヤきながら歩いていた。
「しっかし……陛下全然起きねェな……俺の渾身の大声でもリアクション無しとはよォ」
「ククク……陛下は短期間で二柱もの女神の力を吸収して酷くお疲れだからな……」
「元々眠りの深いお方でもありますからな……しかし一時的とはいえお目覚めになられたのなら女神の力に完全適応なさる刻が近いのやも知れませんな。
『御三家』のお歴々や王妹殿下への相談は我輩がやっておきますので、お二方も旅に出られるならば支度をしておいては如何ですかな?」
「おおそうだなァ! サンキューゼブブ卿!
……旅支度といえばアリエラの奴、陛下に貰った金仮面を『四天王の間』に置いてったみてェだが大丈夫なのかよ? アレって身バレと狂戦士化を制御するための魔道具だろ?」
「身元に関しては自ら明かすか強力な魔術でも使わない限り問題無いでしょうが……狂戦士化の方は些か不安ですな……」
そんな二名の心配をジークの言葉が両断した。
「ククク……奴は四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点……」
「チッ……! まァそうやすやすと狂戦士化なんてしねェか」
「少々侮りが過ぎましたかな」
「ククク……存外に心配性だなヴィゾフニルよ。
無用な心配より陛下を起こす方法を考えるぞ」
「そうだな! じゃあ陛下の寝室でケンカしよォぜ!!」
「!? 何故そうなるのです!?」
この後、魔王が目覚めるまでの数日間壮絶な三つ巴の闘いが繰り広げられる事となるが、それはまた別のお話……。
◇
街を出る直前に買った安酒の瓶を空にしたアリエラは周囲に集まりつつある気配を察知していた。
(──包囲されつつあるわね。
妖鬼と大妖鬼かしら? きっと串焼き屋の店主が言っていた野盗だわ)
野盗の存在に気付きながらもアリエラは街の郊外にあるイアシエス山を石棺を引き摺りながら登って行った。
「この辺りかしらね……もう隠れなくてもよくってよ」
山頂近くの程よく平坦な場所に着いたアリエラは周囲に潜んでいるつもりの野盗たちに声をかけた。
その声に反応して木々の陰から短剣や手斧を持った妖鬼達が下卑た笑みを浮かべながら姿を見せ、続いて人間並みの体格を持つ大妖鬼達がやや大振りの武器をちらつかせながら現れた。
「囲まれてんのがわかってて山登ったのカ?」
「ならオレたちの次に言いたいコトもわかるよなァ?
とりあえず服を全部脱──……ゲプァ!?」
野盗によくあるセリフを言いながら近寄った次の瞬間大妖鬼の顔がひしゃげ、血と歯を撒き散らしながら弾け飛び木に衝突すると、地面に倒れ込み動かなくなってしまった。
「あら……頭だけ弾き飛ばすつもりだったのだけれど……身体ごと飛んでっちゃったわ。
手加減し過ぎたかしら……」
握り拳を作った右手を伸ばすアリエラのはなった言葉で一瞬なにが起きたか理解出来ていなかった野盗達は、目の前の女が同胞を──殴る瞬間は見えなかったが恐らく裏拳で──弾き飛ばしたのだと理解した。
元々異様な不用心さに加えて、自分より二回り程も大きな黄金の石棺を汗一つかかずに引き摺り回している不気味な女ではあったが、ここに来てようやく「手を出してはいけないモノ」に手を出してしまったのではないかという不安が妖鬼達を包み始めた。
「びっ、ビビんな囲んで一斉に攻撃ダ!」
「魔術師隊も出て来イ!」
「アニキも出て来て下せエ!!」
「一人やられた程度でいちいち呼ぶんじゃねえよ面倒臭エ」
「ゲゲゲ……前衛が臆病じゃ話にならんゾ……」
狼狽えた妖鬼に呼応して、未だに木々の陰に潜んでいた妖鬼の野盗達がゾロゾロと姿を現した。
ねじくれた木の杖を持つ魔術師が十名、そして群を抜いて大きな約三メートルの巨躯を持つ妖鬼の英傑と呼ばれる上位種が立派な斧を持って現れた。
(魔術師に英傑まで……単なる野盗にしては妙に大所帯なうえに前衛の下っ端の装備も目立った汚れや刃毀れは無し……。
おまけに全員燧発式拳銃まで腰に挿してるわ……犯罪組織の後ろ盾でもあるのかしら)
アリエラが悠長に考察している隙にすっかり戦闘態勢に入った野盗が武器を構え、前後左右から一斉に襲いかかって来たのだが──……
アリエラが一歩踏み込み石棺を振り抜くと前方と左右から迫っていた妖鬼達が骨や肉の砕ける音と血飛沫を撒き散らしながら弾け飛んだ。
後方から迫った者も目の前の惨劇に足を止めた瞬間、鞭の様にしなるアリエラの太い尻尾が頸に直撃し、痙攣しながらあらぬ方向を向いた頭で夜空を見上げる事となった。
「……やるナ。ザコ共では相手にならんカ。
おい女ぁ!! このオレと決闘しロ!」
下っ端では通用しないと悟った妖鬼の英傑は子分達を乱暴に押し退けながらアリエラに向かって斧を構えた。
「よろしくてよ。
其方が武器を使うなら、ワタクシも武器でお相手させて頂くけれど異論は無くて? 銃は使うのかしら?」
と言いつつアリエラは相手の返答を待たずに石棺の蓋を開け、中から黄金の消防斧を取り出した。
「オレは銃は好かン。武器は好きに使うがいイ!」
返答しながら妖鬼の英傑は腰帯に挿していた銃を放り捨てた。
「そう……では斧同士でやり合いましょ。
仕掛けて来たのは其方なのだから、まずは其方から名乗りなさい。野盗如きが決闘の栄誉を賜われる事にしっかりと感謝しながらね」
「オレは『ヴロッドランズの子ヴロヴズ』!!
貴様に決闘を申し込ぉム!!!」
小細工無しで迎え討つつもりのようだ。
久しぶりに頭目の本気が見られる野盗達は興奮を隠しきれない様子だ。
「ワタクシは魔王軍四天王『殲滅女帝アリエラ』……その挑戦受けて立ってよ」
「「「「……!!?」」」」
アリエラの爆弾発言で野盗達の興奮は困惑に変わった。
「魔王軍!?」「四天王……!?」「殲滅女帝!?」
「たしかに獅子獣人ダ……」「なんで気づけなかったんダ……?」「本物なのカ……?」
「うろたえるナ!! 本物の四天王ならこんな所に単独でいるワケねぇだろうガ!」
「(痛いところを突かれたわね……)
……まあワタクシが誰であれ……一度始めた決闘を取り下げる程恥ずかしい事は無くてよ?」
「フンッ!! 誰が取り下げると言っタ!?
……今から金貨を上に放り投げル。地面に落ちた瞬間決闘開始ダ!!」
「よろしくてよ」
アリエラの返事から間髪入れずに金貨が宙を舞った。
すっかり周囲は暗くなったが、双方共に夜目の効く種族であるため問題無く金貨を目で追える。
ヴロヴズは斧の柄頭付近を両手で握り込み、肩で担ぐ様に構え渾身の一振りで決める準備ができた。
一方アリエラは斧を右手に持ち身体で隠す様に半身に構え、すぐに跳躍できるようにやや前傾姿勢になりながら備えた。
そして金貨が地面に落ちた。
アリエラが跳躍し、それを迎え討つ形でヴロヴズが斧を首目掛けて振り下ろした瞬間、空いていたアリエラの左手が斧の刃を摘んで止めた。
「なッ──……ごオ゛ッッ!?」
ろくに驚く間も無くアリエラの鋭く伸びた脚に鳩尾を蹴り抜かれ、後ろに数歩後ずさったヴロヴズは口の端から血の混じった泡を吹いてその場に蹲った。
摘んだ指の型に刃がへこんだ斧を放りつつ、清々しさを感じさせる微笑みを見せ、アリエラは蹴り飛ばしたヴロヴズに歩み寄って行く。
「斧を使うまでもなかったわね。
もう勝負ありという事でよろしくて?」
「オ゛っ、お前ら!! この女撃ち殺せェ!!!」
「ハァ……? 恥知らずな……。
アナタ達みたいなのがいるから真面目にやってる一般妖鬼が貧乏くじを──……」
アリエラが苦言を呈しきる前に数十発分の銃声が響き、魔術師達は〈魔力の矢〉を放った。
慌てて撃ってしまった結果何人かは同士撃ちで重傷を負い、助けを求めたヴロヴズにも何発か命中してしまっている。
「なんで効いてねエ!?」
「魔力で強化もしていない銃でどうにかなると思われているだなんて心外だわ……というかドレスが台無しじゃない!
チッ……野盗如きを戦士扱いしてやった礼がこれ?
あ゛ぁ〜……腹立つわぁ……!」
そこまでしたにも関わらず被害が出たのはイブニングドレスだけで、当のアリエラには傷一つ付ける事は叶わなかった。
「ま゛っ、まさか本当に──……ン゛ヴェッッ!!」
言い切る前にヴロヴズは頭をアリエラに踏み砕かれ、地面に地面に赤黒いシミを残し息絶えた。
それでも尚溜飲を下げるどころか苛立ちを募らせるアリエラの黒真珠の様な色の髪は荒々しく乱れ真紅に変色し、長い手足は黄金の毛皮を纏い獣じみた形状に変異、猫を思わせる目と通った鼻筋が印象的な美しい顔は猛り狂う雌獅子のものに変貌していく。
その変貌だけでは終わらず、その体躯はドレスの破れる音と共に大きく膨れ上がり出し、赫い魔力を炎の様に揺らめかせながら一歩踏み出しヴロヴズの頭だけでなく胴体を踏み潰し咆哮した。
「グル゛ロ゛ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ア゛ァア ァ゛ッ ッ!!!!」
「ウワアァああぁア!!」「逃げロォ!」「ヒイィ!!」
「許してくれエ!!」「まっ……〈魔力の〉──」
逃げる者、命乞いをする者、無駄な抵抗をする者……狂戦士化したアリエラが腕を降る度に断末魔をあげる間も無く次々と血の霧と肉片に変わって逝く。
「ガ
ア゛
ァ
ッ ────!」
運良く遠く爪の餌食にならずに済んだ妖鬼が音として聞き取れたのは一際大きなアリエラの咆哮のごく一部分のみであった。
咆哮の途方も無い音量による衝撃波が鼓膜ごと全身を破壊し、刹那遅れて口から溢れ出た眩い閃光と空間が歪むような灼熱、そして紅く大きな雷が山の頂ごと妖鬼達を消し飛ばしたのだ。
「オ゛ア゛アアアアア゛──……あっ」
比喩抜きで妖鬼野盗団を消滅させ、目的も無く暴れようとしたアリエラだったが、狂戦士化した影響で局部がギリギリ隠れる程度にしか残っていないドレスとへし折れたヒール、そして消し飛ばした山頂が視界に入り正気を取り戻した。
(やり過ぎた……!
早く消火──……というか山を元に戻さなくては!)
アリエラは慌てながら抉れるように焼失した山の残り火を魔術で手元に吸い寄せ握りつぶし、焦げ目一つ無い石棺から白いファーコートを取り出して羽織り、ドレスとハイヒールの燃えカスを放り込んだ。
続いて石棺から取り出した翠玉の生命十字型の短杖を手に持ち、羽と紅玉で装飾された黄金のトビ鳥人の髑髏を頭に被った。
「──〈豊穣女帝〉……!」
技名を呟くと黄金髑髏の眼窩に赫い光が灯った。
すると禍々しい赫の魔力とは真逆の漲る生命力を感じさせる鮮やかな新緑の様な魔力がアリエラの身体から溢れ出し、短杖を焦土と化した地面に突き立てた途端に草花が生い茂り、元の山よりも豊かな森林が広がった。
(ひとまずこれで良し! 街から調査隊が派遣される前に一旦隠れないと……!)
短杖と鳥人の髑髏を石棺にしまったアリエラは、その常人を遥かに超えた聴覚で街が大騒ぎになっている事を察知し、自らが燃やして復活させた森に姿をくらませた。
現在アリエラは裸に首飾りとファーコートのみを身につけているという変質者呼ばわりされても仕方がない格好をしているため、誰にも見つかる訳にはいかないのだ。
後に『イアシエス山再誕事件』と呼ばれるこの事件の捜査に街の冒険者ギルドで調査隊が結成されたが、原因究明につながる明確な証拠は発見されず、数ヶ月後に調査隊は解散となった。
同時期に問題視されていた野盗団が姿を見せなくなった事から、この野盗団が『女神の器』やカルト死霊術師団『ゲダの指』に手を出した結果なのではないかとまことしやかに囁かれるようになったと言う……。
◇ゴブリン
妖精の一種。基本的には男女問わず身長90cm程。
深緑色の肌と鷲鼻が特徴。
上位種には人間と比較しても巨大な者もいる。
悪事を働く者も多いが、真面目に暮らす者も多い。
今は亡き『強欲の魔王』を創造主として崇める者も多い。