第十九話 ピチカの本名
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
特級冒険者。
襲撃されるととりあえず相手を戦闘不能に追い込む。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
二級冒険者。
襲撃されるととりあえず逃げるか隠れるかする。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
四級冒険者。
襲撃されると抹殺対象か確認する。
◇ガオ・パウシャオ
『饕餮宮』店主のハイオーク。
客が限界まで満腹にならないと退店を許さない厄介な性格。
襲撃されるとまず家族を避難させる。
◇シィシア
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の四女。
赤いハーフツインの髪に澱んだ黒い瞳が特徴。
『五毒姫』のなかで一番武器の扱いが上手い。
襲撃されると蹴りを入れる。
◇ワン・イェンジュー
ウーヴ皇国を支配する『ワン五兄弟』の紅一点にして犯罪組織『朱帝會』會長。
鳥脚のような質感の手脚に朱色の翼と髪を持つ鳥人の女。
襲撃されると相手の目的を尋ねる。
黄金石棺に避難していた結果、知らぬ間に『南方公ワン・イェンジュー』の執務室に移動させられていたピチカは石棺に入る直前までの状況を説明した。
「店主のヤツ……また貴賓室に一般客を招いたのか……。
それにしても機関銃か……『朱帝會』の構成員が『饕餮宮』を襲撃するワケも無し……ヴロッドランズの手先か完全に他所者の仕業か……どっちにしても放っておけんな」
ピチカの説明を聞いたワン・イェンジューはブツブツと独り言を呟きながら考え込み始めた。
「あっ……じゃあ あー……わたしはそろそろ失礼させていただきまーす……」
自分への関心が薄れ始めたと思ったピチカがそそくさと石棺の鎖を肩に担いで引き摺ろうとすると、当然イェンジューが呼び止める。
「まあ待て。お前の話が本当だったとして……誰がその棺を私の執務室まで運んだのかがわかるまではここに居て貰うぞ。
部外者がここまで侵入したのだとしたら大問題だからな……」
「デスヨネー……」
「集金ついでに店の予約に行かせていたからどうせ騒ぎに乗じてシィシアあたりが盗んだんだろう……手癖の悪いヤツでな……金目の物を盗ってきてはこの部屋に置いて……っと、いかんいかん」
部下の悪癖についてボヤきながら執務机の上に置いてある煙管に手を伸ばしかけたイェンジューは何か思い出したように手を振り、煙管を手に取るのをやめた。
「……? き、禁煙してるんですかぁ〜……?
(シィシア……ってメイメイのお姉ちゃんじゃなかったっけ……なんでアーちゃんのカンオケを……? もしかしてもう暗殺作戦始まってるカンジ……?)」
ピチカは自分なりに状況の考察をしながら、少しでも好感度を稼いで身の安全を確保すべく、イェンジューに世間話を振る。
「ん ああ……まあ今は酒も少し控えていてな……それよりさっきから機関銃で襲撃されたツレ二人の心配をまるでして無いが……そんなに強いのか?」
「え、まあ……銃くらいならヨユーで防いで反撃するんじゃないかと……あっ! そ、それよりイェンジューさんの羽根キレイですよねー☆
やっぱ高価い羽根油使ってるんですかぁ?」
ピチカは自分たちが魔王軍に所属しているという事実に繋がりそうな話題から無理矢理身話題を切り替えた。
「ああ。役職上……身嗜みで舐められる訳にはいかんからな。
『朱帝會』の系列店の従業員たちに薦められた高級羽根油を愛用している」
「へぇ〜あーし安物ばっか使ってるからうらやまし〜な〜☆」
「たまには高級品に触れておいた方が良いぞ……審美眼を養うのに役立つし、単純に生活にハリが出るからな」
「あーしも後で買ってみよーっと……(よし! この路線で時間稼ぎできそう! アーちゃん早く来て!!)」
会話に手応えを感じていたのも束の間、イェンジューはピチカの大量に付けた髪飾りでは無く、髪と瞳と翼腕の色を確認して口を開く。
「(蒼か……)そうそう……その従業員たちというのがお前と同じく女面鷲なんだが──……」
「え゛っ……」
「その反応に蒼い髪と瞳……さっきピチカと名乗っていたがまさかお前本名は『ガブリエラ』というんじゃないか? ハーピィ界隈では有名らしいな?」
明らかに確信を持った表情と声色でイェンジューはピチカに問いかけた。
「……!! うりゃッ……りゃッ!!!」
その瞬間ピチカはアリエラとレイメイには見せた事の無い焦燥と攻撃性の混ざった表情を顕にし、翼腕を大きく広げて羽ばたくとイェンジューに向かって突風が発生。
凄まじい風圧によって部屋中の調度品や書類が散乱し、砕けた窓ガラスと共に外に飛ばされて行き、イェンジューは脚の爪を床に突き立ててなんとか執務室に留まった。
そして二度目の羽ばたきによって今度は執務机までもがイェンジューに向かって勢いよく飛ばされた。
「うッ!? 貴様ァ!!」
イェンジューは飛んで来た執務机を〈朱雀猛蹴撃〉で鍛えた超常的な脚力で蹴り上げ、天井の魔術で輝く高級シャンデリア諸共に轟音を上げて粉々に砕け散った。
「むんッ!」
すかさずピチカは羽ばたき、机の木片やシャンデリアの破片をイェンジューに向かって飛ばした。
自分に萎縮していたピチカが突然派手に襲いかかってきた事に面食らい対処が遅れたイェンジューは背中の翼で羽ばたき返し発生させた風の障壁で飛び礫の軌道を逸らし、逸らしきれない礫は手先に氣を集中させ発動した〈白虎金剛手〉で捌いた。
「チッ……! おい! 急にどうした!? 落ち着──「わぁああああああー!!」
なぜ本名を言い当てただけでここまで攻撃的になるのか分からないイェンジューはピチカとの会話を試みるが、ピチカは自らの大声と羽ばたき音でまるで聞こえていないようだ。
(ハーピィたちの噂だと“気が触れて出奔した”という話だったが……どうやら本当のようだな……もう会話が成立しそうに無いなら始末──……ッ!?)
飛び礫が尽きてきたのを見計らってイェンジューが反撃しようと脚に氣を溜めた瞬間、ピチカの翼腕に細い紐で繋がれた大量の柳葉飛刀がぶら下がっているのが目に入り、次にピチカが何をするつもりか察し防御体勢をとった。
その刹那ピチカが一層強く羽ばたくと、か細い紐は呆気なく千切れ、柳葉飛刀がイェンジュー目掛けてばら撒かれた。
飛刀の投擲は一度だけでは終わらず、飛ばし終える度にピチカの神業【楽々御粧し】の能力で装飾品扱いの飛刀が瞬時に装備されては突風と共に放たれていく。
「あっちいけーッ!!」
「お前が侵入者だろうが!! クソッ……!!(コイツ……一体どこから武器を……厄介な!)」
決定打にはならないものの、先程までの飛び礫とは違いピチカの魔力で切れ味や速度を強化された飛刀はイェンジューの身体を着実に傷付けていった。
気を抜かなければどうと言う事は無いが、イェンジューは念の為に腹部を重点的に防御した。
(毒は塗って無いようだが……鬱陶しいな……というかこれだけ騒いでいるのに何故誰も駆けつけない!? 私自ら仕止める他ないか──……ほら隙を作ってやったぞ来るがいい!)
イェンジューは敢えて左側頭部の防御を甘くしピチカの右脚の蹴りを誘った。
「──! スキありッ!!」
まんまとイェンジューの思惑通りにピチカは跳躍し、イェンジューの左側頭部にやや振り下ろし気味に蹴りを放った。
(単純なヤツだな……防ぎざまに顎を蹴り砕いて──ッ!?)
蹴りの軌道も威力も完全に見切り必要最低限の氣だけを左側頭部の防御に回したその瞬間、突如ピチカの脚首に【楽々御粧し】によって重々しい金属製の脚環が装備され、予測を上回る重さと速さの蹴りが直撃したイェンジューは壁に叩きつけられた。
「ぐッ……貴様生かして帰すと思──……ゔっ……おぇえエええ゛エ……ハッ…ハァッ……クソこんな時に……!」
翼と肘をクッション代わりにして衝撃を軽減し、ピチカへ反撃しようとしたイェンジューはその場に屈んで嘔吐し出した。
「えっ……? あッ……!! ご、ごめん! 大丈夫!?」
ピチカは禁煙・禁酒・重点的な腹部の防御・嘔吐の四点からイェンジューの状態を察して駆け寄り出した。
「くッ……寄るな!」
「も、もう攻撃しないから!」
「あ〜あ……やりすぎッスよォ〜もっと労わってあげなきゃ」
その時ピチカの背後にシィシアが現れた。
「ギャヒッ!? 今度はだれ!?」
「シィシア!? よく来た! そいつを殺せッ!!」
「だめッス。さて……」
シィシアは指で小さなバッテンを作ってイェンジューの命令を拒否してピチカに視線をやった。
「え〜っとぉ……あーしは新入りの──」
「ピチカちゃんッスよね? 石棺の中に入ってると気づかずに一緒に運んで来ちゃったみたいッスね。
いやァ〜危ないとこだったッスねェ〜妊婦殺しなんてやっちゃうと制裁不可避ッスから……」
「あ、やっぱり……てか知ってたんならもっと早く止めてくださいよー!」
「おい! 何の話をしてる!?」
「あー……? なんとなく察しはついてると思うッスけど……アタシはある組織の暗殺者でェ〜……ボスを暗殺する為に『朱帝會』に潜入してたんスけど、組織の方針として胎のガキまで殺すワケにはいかないんで産むまで待ってたって話ッス。避妊しろよォ〜……」
シィシアは自分の身の上をおざなりに解説した。
「ん゛なっ……」
「ちょっ……それ言っていい……んですか?」
「肉体年齢は近そうだしタメ口でいいッスよ?」
「あ、じゃあ……それ言っちゃっていーの?」
「もうボス以外の『朱帝會』構成員は対アリエラさん用の手駒にする為に殺して僵尸化させちゃったし、隠したってしょうがないッスよ」
「なんだと!? ゔっ……」
「ん? 対アーちゃんってコトは……」
「新しい四天王立候補者としてアリエラさんに挑戦するんス! ……てかアーちゃんて?」
「あだ名だよ。レイメイのことはメイメイって呼んでるんだ」
「──呼びましたか? やっぱりこっちにいたんですね」
レイメイの話題を出すとレイメイ本人が割れた窓から部屋に入って来た。
「あっメイメイ! やっと来てくれた〜! 今どんな状況?」
「あー……店で襲撃してきた連中はアリエラさんが瞬殺したんですけど……なんやかんやで店が大破した上にアリエラさんの石棺が盗まれて……店主とアリエラさんはブチキレて『ヴロッドランズ協働會』を叩きに行っちゃいましたよ。
……それでシィシア姐さんはなんでわざわざアリエラさんを怒らせるようなマネを?
挑戦するにしても宣戦布告せずに不意打ちした方が良かったんじゃ……」
「石棺に入れてある魔道具奪って戦力ダウンさせつつこの屋敷に誘き寄せて一石二鳥……って作戦を思いついたから急遽実行したッス!!
ついでにそろそろ潜入にもウンザリしてきてたから『朱帝會』も掌握して手駒にしてやったッス!」
「……じゃあそこで嘔吐してるのが『南方公ワン・イェンジュー』ですか……まさかピチカさんがやったんですか?」
レイメイは部屋の荒れ方とイェンジューの怪我の具合を見てシィシアの仕業ではないと看破した。
「そーなんスよ! 吐いてるのはピチカちゃんのせいじゃ無いッスけど……万全じゃなかったとはいえ『ワン五兄弟』の一人を無傷でここまで追い込むなんてやるッスねェ〜」
「い、いやぁ……マグレだよマグレ! ギャヒヒッ……」
「ハァッ、お、おい……私も殺すのか……? 取引に応じる気は?」
三人の会話が少し途切れたのを見計らい、吐き気が治ってきたイェンジューがやや諦め気味に自分の処遇について尋ねてきた。
「さっき言った通り出産したら始末するッスよ〜。
魔薬なんか売り捌いてるヤツ生かしておくと思ってんスかァ?
んで殺したらキョンシー化してアタシの手駒に加わってもらうッス……レイちゃんもワン・ソンミンにはそうしたんスよね?」
「えぇまあ……一般人に乱暴しないように命じた上で自我は残してありますけど……」
「シャオフーが……!? アイツが敗けたのか……」
武術の才覚は長兄の『ワン・チィリン』に次ぐと目していた義弟の敗死を知らされたイェンジューは驚愕を隠せない様子だ。
「強かったですよ?」
「メイメイもけっこう危なかったよね」
「んなワケで出産が終わって体力が戻るまでは殺さないから今は安心していーッスよ。……子供を自分で育てるかは選ばせてあげるッス。
じゃあアタシはアリエラさんと戦り合う準備やらあるんでとりあえずレイちゃんとピチカちゃんはここでイェンジューの見張りよろしくッス!
アタシとアリエラさんの戦いだから手出し無用ッスよォ〜?」
「あ、ちょっと姐さん……」
「行っちゃった……」
二人の返事を待たずにシィシアは執務室から出て行き、扉を閉じて呪符を貼り結界を展開して足早に去って行った。
「とりあえずワン・イェンジューを介抱しときましょうか」
「あ、うん! お腹大丈夫? 水持ってくるね」
水を探して石棺の中を漁り始めたピチカの姿と部屋の荒れようを見比べたレイメイは訝しげな目を向ける。
(ピチカさんって意外と戦えるんですね……普段は“非戦闘員です”って感じなのに……まあ詮索する気は無いですけど)
◇
一方アリエラとパウシャオは瓦礫の山と化した『ヴロッドランズ協働會』の館の裏手でズタボロになった妖鬼の君主の男……『ヴロングスの子ヴロッドランズ』を追い詰めていた。
瓦礫の山には“金銀財宝で着飾り、誇張的なキツネとカラスの仮面を付けた双頭の妖鬼の姿をした『強欲の魔王ノム=マム』”の黄金像の残骸や、大小様々なゴブリンたちの死体も混ざっている。
「ワタクシに刺客を差し向けた理由は息子の仇討ちという事でよろしくて? (決定的な証拠は残して無いはずだけれど……)
なんて名前だったかしら……ヴロ……なんとか」
アリエラはイクネト島のイアシエス山で遭遇した野盗の事自体は覚えていたが名前は忘れてしまっていた。
「ヴロヴズ、ダ! ワシの倅の名はヴロヴズ!!
ぐヴっ……呪ってやル! 地獄に堕ちろアバズレめガ……!!」
ヴロッドランズは辛うじて上体を起こし呪詛を吐き散らかした。
「身内を殺されて怒る気持ちは解るから今の発言は聞き流してあげるけれどね……。
自分から申し込んできた決闘を反故にして手下に攻撃させるような下種だったのよ? 名前を覚える価値なんて無いでしょう?」
「ヴロヴズ……あ〜あのクソガキかぁ。
大して強くも無い癖にイキってて恥ずかしいヤツだったな〜……最近見かけなくなったと思ってたが死んでたのか」
「……!? そ、そんなワケがあるカ! アイツはワシの跡取りに相応しイ──ガフっゴァ……!」
アリエラとパウシャオの息子への散々な評価を聞かされ興奮して抗議しようとして無理に動こうとしたヴロッドランズは喀血して大の字に倒れ息絶えてしまった。
「……こっちはハズレだったから次は『朱帝會』ね」
「よォし! 行くか!! 乗りな!」
再び体躯を膨れ上がらせたパウシャオが背に乗るよう促すとアリエラは手をかざして制した。
「『朱帝會』はワタクシが一人で潰しておくから貴方は一旦帰ってご家族を安心させてあげなさい」
「うっ……! そうだな……『朱帝會』はこっから南側のデカい館だからまあ案内しなくても場所はわかると思うぜ」
「そう。助かるわ。
──じゃあ手早く終わらせてくる……わッ!!」
パウシャオの言葉に従って南方を向いたアリエラは、赫い雷電を纏い〈麒麟震天脚〉を発動し反動で空高く跳躍した後、一本の落雷となって『朱帝會』の近くに轟音を立てて着陸した。
(アイツ多分……『殲滅女帝』だよな……)
あまりに暴れすぎた結果アリエラはパウシャオに正体がバレたのであった。
◇『強欲の魔王ノム=マム』
他の女神から仲間外れにされ傷ついた『混沌の女神』が自ら身を引き裂いた際に顕現した魔王の一角。
アリエラたちの仕えている魔王に大昔に敗北し吸収されている。
金銀財宝で着飾り、誇張的なキツネとカラスの仮面をした巨大な双頭のゴブリンの姿をしていたとされる。
現在でも一部のゴブリンたちが造物主として崇め、ひっそりと信仰している。
キツネ面の右頭がノム。カラス面の左頭がマム。




