第十七話 挑戦者
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
特級冒険者。
底無しの大喰らい。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
二級冒険者。
常人と比べるとかなりの大喰らい。
現在は石棺の中に避難中。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
四級冒険者。
アリエラ程ではないがかなりの大喰らい。
◇ガオ・パウシャオ
家族経営の料理屋『饕餮宮』店主を務めるハイオーク。
料理の腕前は確かだが、客が限界まで満腹にならないと退店を許さない厄介な性格。
実は結構少食。
◇
──『饕餮宮』でアリエラたちが襲撃を受ける少し前……。
「よォ〜ッし……後は『饕餮宮』に予約入れに行くだけだな……」
南都イマニムを牛耳る『朱帝會』の構成員であり、牛の角と尻尾が生えた厳つい顔つきで黒髪を後ろに撫でつけ朱色のダブルスーツに身を包んだ獣人の男『タイラン』は、色街や飲食店街からの集金を一通り済ませ『饕餮宮』へ蒸気自動車を走らせていた。
「ねぇ〜……タイランさ〜ん……アタシも運転したいッスよォ〜」
助手席でボヤくハーフツインの赤い髪に濁った黒い瞳が特徴的な十代半ば程に見える少女……『シィシア』も『朱帝會』構成員のようで朱色のダブルスーツに革手袋を着用しており、鞘に収まったタイラン愛用の九環刀を抱き抱えている。
「オメーに任せたらぶつけるか擦るかするから駄目だ。
それより俺の九環刀しっかり持っとけ」
「ちぇっ……わーかったッスよォ〜……。
『饕餮宮』の用事済んだら今日は上がりで────」
その時シィシアの言葉を遮るように銃声が鳴り響いた。それも一発や二発ではなく、何十発も間髪入れずに乱射しているようだ。
「あぁ!? 銃声!? しかも機関銃かこりゃ……?
『朱帝會』の縄張りでいい度胸じゃあねえかよ……!!」
「な〜んか『饕餮宮』の方から聞こえるんスけど……ヤバいんじゃないッスか?」
「真実かよ……! トバすぞシィシア!!
店主なら銃で死にゃしねぇだろうが……どこの阿呆の仕業だよクソが!」
「ウヒョー! 快速ゥ〜!!
あ! タイランさん今車体擦ったッスよォ〜?」
「五月蠅ぇ!」
『饕餮宮』の前に到着したタイランは破裂音と共に三階貴賓室の割れた窓から血飛沫と骨肉片が飛び散る光景を目にした。
銃声を聞いて集まり始めていた野次馬たちも同じ光景を目の当たりにしてさすがに逃げ出した。
「……!? おいシィシア! 九環刀よこせッ!!
オメーはこの辺に一般人が近付かねえように見張っとけ!」
「了解ッス〜……(店から感じるこの気配……まさか……)」
タイランは九環刀を勢いよく引き抜き、脚力を氣で強化し『饕餮宮』の屋根に跳び乗った。
それとほぼ同時に全身黒ずくめの鉄仮面を被った何者かが悲鳴を上げながら窓から飛び出してきたが──……
「ひッ……ひィイイぇ── げ ェ ッ!?」
──どう見ても一般人ではない格好なのでタイランは問答無用で切り捨て、九環刀に付着した血の汚れを振り落とすついでに峰の金環を激しく鳴らし、貴賓室で騒ぎを起こしているであろう者たちを威圧した。
「テメェらこの店が『朱帝會』の縄張りだと理解って騒いでんのか!? おお゛ォン!?」
……したのだが先程切り捨てた者と同じ格好の連中──鉄仮面が取れている者は大妖鬼の顔を晒している──は死ぬか皆血塗れの重傷かでタイランに怯えているヒマも無いようだ。
そしてホブゴブリンたちの惨状をつくり出したであろう褐色肌の獣人女と、全身ほぼ真っ白な小娘は自分に怯えるどころかウンザリしたような表情を見せている事がタイランの暴力組織構成員としての矜持を焚き付けた。
「……事情説明はとりあえず足腰立たなくしてから聞いてやる……ゼエイッ!! (俺の〈朱雀猛蹴撃〉を喰らえッ──)」
──〈朱雀猛蹴撃〉──
『南方公ワン・イェンジュー』が考案した『ウーヴ皇国五大武術』の一角であり唯一武器(飛び道具含む)を使う事が前提の武術である。
まずは武器で攻撃。この段階で倒せるならばそれで良し。
武器攻撃を凌がれたならば、防御したにしろ回避したにしろ生じた隙や氣の動きを読み、手薄になった部分に氣で強化した渾身の蹴りを叩き込み粉砕するのだ。
─────────────────
タイランは更に武器の中でも威嚇を目的として作られた大ぶりの九環刀と恵まれた体躯から暴力要員として『朱帝會』の中でも一目置かれる存在だが、あくまで一都市の暴力組織構成員としての範疇である。
並の者より格段に強いのは確かだが、基本的に暴力で成す事は「弱い者いじめ」の類……真価を発揮するのは自分より弱い者であり、武術を修めてはいるものの到底『戦士』等と呼べるような人種ではない。
その暴力組織でそこそこの実力者であるタイランの攻撃が、中央大陸を統べる覇権国家たる『ノク・ノト魔王国』で四天王(職務放棄中)の一角を担うアリエラに通用するのかといえば……答えは否。
「はっ……?」
「……魔剣ではないようだけれどいい剣ね。お土産に頂いて行こうかしら」
アリエラは振り下ろされた九環刀の峰の金環を軽くつまんで止め、刃紋を指でなぞり品定めをした。
「テ、テメッ……放しやがッッッ──」
両者の実力差は一目瞭然となったが、會長やその兄弟分たち以外に自分が暴力で負けているという事実が受け入れられないタイランは、〈朱雀猛蹴撃〉の第一段階は完全に失敗したというのにダメ元でアリエラ目掛けて第二段階の蹴りを放ったが──……
「──……カッ……ァ゛ハッ……」
蹴りが命中する前にアリエラの拳とタイランの鳩尾から赫い電流が走り、次の瞬間には電流を導線に拳が鳩尾に深々とめり込みタイランは身体をくの字に曲げ後退り、口の端から血を溢しながら壁に背をついた。
「あら。そこで散らばってる連中に比べると随分頑丈ね」
「ごッ、ゴブリンなん゛て下等生物共なんぞと比べる゛んじゃねえ゛ッ……!!」
タイランの本能的な部分はとっくに敗けを認めているが、暴力組織としての矜持が敗けを許容できず悪態をついてしまった。悪態なのだから当然といえば当然だがこれが良くなかった。
「まだ戦意アリね」
「ア゛ァ!? ──あっ……」
タイランはアリエラの手先と自分の身体中を無数の電流が繋ぐのを直感──……それと同時に電流を導線に無数の拳がタイランに叩き込まれた。
反射的に防御はしたが、圧倒的な膂力から繰り出される拳打の暴風雨にタイランはもちろんのこと背後の壁も軋み始めた。
(速ッ──……痛ッ──……熱ッ──……!?)
連打したので最初の一撃よりは重くない拳打であったが、それでも一発一発がタイランの身体に打撲・裂傷・各種骨折・内臓破裂……その他諸々の損傷を与え、タイラン自慢の角もポッキリと折れてしまった。
その身体と折れた角からの出血により、『朱帝會』のトレードマークである朱色のダブルスーツはより深く暗い紅に染まった。
そして最早自力で立っている事もままならなくなったタイランの鼻っ面目掛けてアリエラの大振りのパンチが飛来。
「ま、待っンぎゅっっ……!」
鼻を潰されて出た変な悲鳴と共に背後の壁は派手な音を立てて砕け散り、タイランは店の正面の大通りに瓦礫と一緒に飛んで行ってしまった。
「ちょっ……アリエラさん……やり過ぎですよ。
店が壊れちゃったじゃないですか。アリエラさんが店主に説明してくださいね?」
「うっ……もっと早く止めて頂戴……」
店の貴賓室を襲撃者の血肉で穢し、壁に大穴まで開けてしまった。
前者は相手が機関銃まで使ってきたので自分の身を守ったと言い訳ができるかもしれないが、この店の後ろ盾である『朱帝會』の構成員を過剰に叩きのめした上にその流れで壁の破壊までしたとなれば、“店主に怒られて弁償”だけで済むワケが無い。
「何の騒ぎだァ!? オイお客さんたち無事か!? ……って俺の店があぁ!!! 何してくれてんだァアアアア゛!?」
騒ぎを聞いて家族を避難させた上で一階の厨房から急いで駆けつけた店主パウシャオの慟哭が店の外まで響き渡った。
◇
殴り飛ばされたタイランは丁度自分が運転して来た蒸気自動車の運転席に落下、唯一無事だった背中も打撲し、衝撃で意識を取り戻した。
「ガあ゛ッ……はァッ!?」
「うっひゃータイランさんボコボコじゃないッスかー。
暴力しか取り柄無いんだから敗けちゃダメッスよォ〜
(やっぱりアリエラさんと……レイちゃんかァ〜)」
言いつけられた見張りもせずに助手席で寛いでいたシィシアが満身創痍のタイランを煽るが、タイランは無視して根性で無理矢理身体を起こし、座席の隠し収納を開いて中に収めてあった灰色の丸薬を数個口に放り込んだ。
「んギィ
ゐ゛
縊ッッッ──!?」
嚥下した瞬間タイランの全身の血管が浮き上がり赤黒く変色した後、体中の骨折がバキボキと不快な音を立てて修復され、折れた角も断面が泡立ち元よりも大きく枝分かれした角として再生した。
「あーあ……“禁竜丹”の複数同時摂取はヤバいッスよタイランさ〜ん……戻れなくなってもアタシ知んないッスからね〜?」
「フーッ……ウ縷せヱ゛ッ!! 舐め゛邏れ゜るよりマシ駝ぁア!!! あノ女ぶっ殺……ブフーッ……暑いっ……ハッ、ア゛ッ 熱い……!?」
タイランの傷は完治したが、呂律が回っておらず身体中の筋肉は異常に肥大化、更に陽光に当たった部分には火傷の症状と共に煙が上がり出した。
その火傷も手で陽光を遮ると治り、火傷痕には鱗が発現し元々は獣率が低めの獣人だったタイランの顔は完全に牛のものになり、その牛の顔も鱗と乱杭歯が生え竜のような顔付きに変貌していく。
その様子をシィシアは冷めた表情で見ていた。
(魔薬なんか使うから……しょーもな。
しっかし……タイランじゃここまでやってもアリエラさんには敵わないんだろうなァ……あっ、そうだ!)
タイランに憐憫と嘲笑が入り混じった複雑な感情を向けていたシィシアは唐突にある事を閃き、右手の革手袋を外しながら歩み寄り──……
「あぁああ゛痾ッカユイ゛っ痒い! かゆッ──」
禁竜丹の副作用で身体を掻きむしっていたタイランを背後から異様に長く伸びた“右手の中指の爪”で刺し、爪の先端から心臓へ直接毒を注入した。
「魔薬だけじゃ時間稼ぎにもならないからアタシの毒の力も使わせてあげるッスよォ〜!
アタシの四天王への挑戦の手駒にしてあげるッス!」
「あ──ッ、カっ? オ゛ッ、オ゛ぉっ!? ……んギぐっ……」
爪の毒がタイランの身体を侵食し、過剰に活性化した心臓の強すぎる脈動で身体が跳ね上がり肺は圧壊したが、先に服用した禁竜丹の効果で即座に修復しては圧壊を繰り返した。
脈動に慣れるとタイランの尻尾は牛のものから針の付いた蠍の尻尾のような形状に変異した。
『何してくれてんだァアアアア゛!?』
タイランが蠍の尻尾が生えた竜人のような姿に変異すると『饕餮宮』から店主ガオ・パウシャオの慟哭が響き渡った。
「おっ……そうそう。タイランさんをボコった獣人の女にしか攻撃しちゃ駄目ッスからね? わかったッスか?
よーしそんじゃあ呪符を貼ってと……」
シィシアはタイランのスーツの背中部分を爪で裂き、鱗だらけになった背中に叩きつけるように呪符を貼り付けて命令を与える。
「魔王陛下の右腕『五毒姫』が四女──……
『中指のシィシア』の名の下に命じるッス!
あの貴賓室にいる獅子獣人の女を叩きのめしてくるッス!!」
アリエラが魔王軍四天王の職務を放棄してから初となる挑戦者が勝負を仕掛けてきた。
◇禁竜丹
魔術的な麻薬……略して魔薬の一種。
麻薬成分の有る植物片・吸血鬼の骨灰・翅妖精の鱗粉・その他諸々の悍ましい粒子を特定の配合で混ぜて押し固めた丸薬。
常用あるいは過剰摂取すると肉体が竜や吸血鬼のように変異、拒絶反応を起こして崩壊する。




