彼女はもう居ない
「ソラ様、朝食の時間です」
本を読んでいるとロイドから迎えが来た。
「はーい」
「食堂は1階にございます。ここは2階ですので、階段で降りましょう。」
「案内よろしくね、ロイド」
「かしこまりました」
僕はロイドについて行く。屋敷の中は絵がたくさん飾られていて煌びやかだ。
「ツバキから、色々聞いたようですね」
きっと、レザン様たちのことだろう。
「うん、記憶喪失だし、ある程度知っておきたかったから」
「左様でございますか。ツバキも言っていたと思いますが、わたくしたちはソラ様の味方ですからね。」
「ありがとう。ちょっと緊張してたけど、その言葉を聞いて安心できたよ。」
「それは良かったです」
微笑ましい時間が流れる。
「あ、そうです。陛下がソラ様の外出の許可をくださいましたよ」
「ほんとに…!良かった」
「今日の午後、教会へ行きましょう」
「分かった、ありがとうロイド」
ロイドと話していると大きな扉が見えてきた。
「着きました、こちらが食堂になります。」
「案内ありがとう。行ってくるね」
「はい、頑張ってくださいね」
僕は大きな扉の前に立った。緊張で心臓の音が早くなっている。……よし、頑張ろう
「失礼致します」
扉を開けるとそこには赤い瞳に黒髪センターパートの青年と、同じく赤い瞳を持ち、真っ赤な髪をお団子にした女性がいた。青年はゲームの画面でよく見た、お兄様の顔だ。
「おはようございます」
「ソラ、おはよう」
「おはよう、ソラ。調子はどう?ずっと寝込んでいたようだけど…」
「もう大丈夫です。ご心配おかけしてすみませんでした」
「いえ、いいのよ。貴方が元気になったのなら良かったわ」
「ソラが目覚めて安心しましたね、お母様」
やっぱり、赤髪の彼女はお兄様の母、スカーレット様のようだ。
「ええ、本当にね」
「そういえばソラ、記憶喪失になったんだって…?大丈夫か?」
お兄様が憂わしげな表情で問いかける。
「ああ、実はそうなんです。お兄様たちの顔は覚えているのですが……どんな風に過ごしたかまでは、まだ思い出せていなくて。失礼な態度を取ってしまったらすみません」
「全然いいのよ、私たちのことは気にしなくていいわ。1番大変なのはソラなんだから」
「その通りです。ソラ、まだ混乱しているだろう。ゆっくり休むんだよ」
「おふたりとも、ありがとうございます」
すると、後ろから扉の開く音が聞こえた。
「おはようございますスカーレット様、お兄様」
「おはよう、リーラ。」
「あら、おはようソラ。目覚めたのね。身体の調子はどう?」
「おはようございます、お姉様。だいぶ良くなりました。」
「そう、良かったわ」
お姉様は安心したように微笑む。この前のが嘘みたいだ。お姉様は僕が目覚めたのを知っていたはずなんだけどな…
「そうだ、お兄様。今日は私とお出かけいたしませんか?」
「そうだな……ソラ、一緒に出かけるか?」
「えっ、僕もですか?……あ、今日は僕、お父様に許可を貰って、午後からロイドとともに外出することになっているんです。」
「そうだったのか、それは残念だな…リーラ、2人でいくか」
「はい!お兄様、楽しみですね!」
「あ、ああ。そうだな」
「おはようございます、皆様」
お姉様によく似た紫色の瞳で、緩やかにウェーブがかかっている紫色の髪の女性が食堂に入ってくる。
「あら……ソラもいたのね。」
「はい、おはようございます」
「おはよう。体調はどう?」
「もう大丈夫です。ご心配頂きありがとうございます」
雰囲気がどことなくお姉様に似ている。……多分彼女はレザン様だろう。緊張で押し潰されそうだ。
「おお、皆揃っていたのか」
お父様が食堂に到着した。
「ああ、ソラ。よかった、起きれたのか。おはよう」
「おはようございます、お父様」
「皆様お揃いになられましたので、朝食を持ってまいりますね」
ツバキが全員に聞こえるように告げた。
その後、すぐに全員分の食事が運ばれてきた。食事はやはり洋風なものばかりだが、どれもとても美味しい。
「それにしても、ソラは記憶喪失になったんでしょう?」
レザン様が僕の方を見ながら言う。
「はい、そうなんです。まだ全てを思い出せていなくて…無礼な振る舞いがございましたらすみません」
「気にするな、皆お前の味方だからな」
お父様が僕に微笑みかける。
「ええ、そうですよ。」
レザン様も続けて言った。
その後もお父様はずっと僕に話を振ってくれていた。多分、僕が記憶喪失だから気を使ってくれているんだろう。
……他の人たちは誰も気がついていなさそうだったが、お父様が僕に話しかける度にレザン様の機嫌がどんどん悪くなっていっている。僕がなにかしたのだろうか?
「ソラ、ちょっと話したいことがあるんだけど。いいかしら?」
みんなが食堂を出たあと、レザン様に呼び止められた。悪い予感しかしない。
ツバキが不安そうにこちらの様子を伺っている。
「はい、もちろんでございます。なんでしょうか?」
とても緊張しているが、笑顔で対応した。上手く笑えているだろうか?
「あんた、ナイル様に気に入られているからって、調子に乗るんじゃないわよ」
「え……」
流石に豹変しすぎではないだろうか。予想外すぎて、僕はただ驚くことしか出来なかった。
「記憶喪失?笑わせないで。あんた、本当は記憶喪失なんかじゃないでしょう?」
確かに、僕は記憶喪失ではない。
「どうせナイル様の気を引こうとしてるだけ。」
それは違う。なぜ僕がお父様の気を引こうとしなきゃいけないんだ。
「あの、すみません。僕、なにか気に触ることをしてしまいましたか…?」
使用人たちが心配そうにこちらをみているし、ここは穏便に済ませたい。
「はあ?そんなの当たり前でしょ。あんたを見る度にあの女を思い出してうんざりするのよ」
「あの女?」
一体誰のことを言っているんだ?
「そう!お前の母親よ。あいつ、ナイル様に気にいられているからって調子に乗って」
「そういえば、僕のお母様、食堂に来なかったですね…」
僕はそっと呟いた
「は?……ふふふ、あはははは」
レザン様は狂ったように笑いだした。
「え…?どうかしましたか?」
「ソラ。忘れてるかもしれないから、いいこと教えてあげる」
「あんたの母親はもう死んだのよ」