恋に落ちてはいけない
「今日は授業がありません。気をつけて帰ってください。ちなみに明日は、使い魔についての説明をしますからね」
続々と人が教室を出る。
「なあソラ、一緒に帰ろーぜ」
向こうの世界で何度も聞いた言葉だ。この世界に来て数日しか経っていないのに懐かしく感じる。
「ソラくん、ちょっといいかな?」
僕はリーマ先生に話しかけられた。
「すまないアイビーくん。ソラくん借りますよ」
「分かりました」
「アイビー、先に帰ってていいよ!」
「ああ、分かった。じゃあな、また明日」
その後、僕は先生に連れられて面談室までやって来た。…僕、何かやらかした?
「ソラくん、単刀直入に聞きますが…記憶喪失になったのですか?」
「あ、実はそうなんです」
「そうですか…大変だったでしょう。何か困ったことがあれば、いつでもわたくしに相談してくださいね」
「ありがとうございます。そういえば…アイビーから聞いたのですが、僕は元々学年1位だったんですよね?」
「ええ、そうです。とても優秀でしたよ、魔法学においても。」
「僕、記憶喪失で内容を殆ど覚えていなくて。一応、3日間勉強はしたのですが…お勧めの本があれば教えていただきたいです」
「なるほど…なら、わたくしが直接お教えしましょう。」
「え、良いんですか!?」
これは大チャンスだ。攻略対象、しかも1番攻略しにくい先生と近づくことができる。
「ええ、今の時期はまだ忙しくないですし、構いませんよ」
「嬉しいです!ありがとうございます…!」
「ふふ、勉強熱心なのは良いことですね」
リーマ先生は優雅に微笑む。
「あと、生徒会のことも説明しましょうか。ソラくんは今年、生徒会副会長になるでしょうし」
「え、僕が副会長ですか…?」
「ええ、ソラくんは第2王子ですし、そうなると思いますよ」
「僕、記憶喪失なんですけど…」
「大丈夫ですよ。わたくしたちがサポートします。わたくしは生徒会副顧問ですから、なんでも聞いてくださいね」
アイビーが言っていた通り、リーマ先生は副顧問みたいだ。にしても、僕が生徒会副会長なんて不安しかない。
「ありがとうございます、リーマ先生。頼りにしてます」
「ふふ、嬉しいですね。では、明日から特別補習をしましょう」
できるだけ先生と仲良くなれるように頑張ろう。
「使い魔の説明もしなければいけませんね。詳しくはまた明日、お話します」
「分かりました!よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ソラくん」
ついに学園生活が始まってしまった。ここからが本番だ…
先生に別れを告げ、校舎を歩く。ここ、コルチカム学園はとても広大で、道を覚えるだけでも大変だ。
今日は初めての登校だし、色々なところを見て回ろう。迎えの馬車が来るまで、まだ時間はある。
…ここは中庭かな。大きな桜の木が印象的で、見ているだけで春という季節を存分に味わえる空間だ。
「レグルス様、入学式の挨拶お疲れ様でした」
向こうで、桃色の瞳の少女がお兄様と話している。2人とも僕には気付いていないようだ。
「ああ、ありがとう」
彼女はヒロインだよね?たしか、男爵令嬢だといちごが言っていたはず。
それにしても、ヒロインとお兄様はすごく仲が良さそうだ。まあ、ゲーム開始から1年経っているはずだし、ある程度攻略されていてもおかしくないのか…
一瞬ヒロインの視線がこちらに向いたような気がした。ここに居たら邪魔になるかもしれない。僕はすぐにその場を立ち去った。
一体お兄様はどちらに傾いているのだろうか?
この前はお姉様と2人で出掛けてた…まあ、2人で出掛けるくらい兄妹ならするか。
じゃあ、王子が男爵令嬢と2人きりで喋るのは?…学園では一応みんな平等なんだっけ。だったら普通のことなのかもしれない。
あーもう訳が分からない。僕とヒロインたちの関係性もいまいち掴めないし。
しかし、ここで考えるのを諦めてはならない。僕は元の世界へ帰らなきゃいけないんだ。
「でも、考えてもなんにも分からないや」
…そういえば、もう1つ、僕が元の世界へ帰るのに重要なことがあった。当たり前すぎて、ずっと気が付かなかったけど。
僕は、この世界で恋に落ちてはいけない。