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04_第一章 リモートクエスト


 病室に突然現れた軍人。ウォルト・ウッドマン大佐。部下により屋上へと回収された――屋上からバンジーしてきたらしい――彼は、あれよあれよとエステルの退院手続きを強引に進めた。このような真似ができることからも彼が本物の軍人であることは間違いない。エステルはそれを理解しながらも彼に胡散臭さを感じずにはいられなかった。


 呆気なく病院を退院することとなりエステルは簡易なカーディガンとスウェットパンツに着替えて病院を出た。一ヶ月ぶりとなる街を電動車椅子で移動するエステル。その彼女のすぐ隣には、どこか上機嫌な様子で歩いているウッドマン大佐がいる。


「その車椅子の乗り心地は如何かね?」


 整えられた金色の髪に豪快な金色の髭。一見してダンディな風貌のウッドマン大佐が子供のような笑顔でエステルにそう尋ねる。大佐の質問に「はあ」と曖昧に返事するエステル。彼女の気のない返事には構わず、ウッドマン大佐が誇らしげに言葉を続けた。


「君のために用意した特別製だ。最新の人間工学に基づいた設計により長時間使用しても腰への負担が限りなく少ない。病院で使用していた市販品よりも快適だろう?」


「まあ……そうかも知れません」


「病院でも少し説明したが、左の肘掛けにあるスティックで前後左右の移動、さらに右の肘掛けにある英字の刻印された複数のボタンで車椅子に搭載された各種機能を扱うことができる。詳しい操作方法はこの説明書に記載されているから後で読んでおくといい」


 ウッドマン大佐がエステルに冊子を手渡す。移動手段に過ぎない車椅子。そこに搭載された各種機能が何なのかエステルにはとんと想像つかなかった。エステルはまた「はあ」と曖昧に返事して冊子を一旦ポケットにしまう。


「あの……先程のバンジージャンプの意図は何だったのですか?」


 エステルは何気なくウッドマン大佐にそう質問した。エステルの疑問を受けてウッドマン大佐が何やら思慮深げに眉間にしわを寄せる。


「私は第一印象を重要視している。ゆえにインパクトある登場を大事にしたわけだ」


「第一印象を重要視しての行動であれば、今後は改めたほうがいいかも知れません」


 エステルはとりあえず指摘しておく。彼女の真摯な助言にウンウンと頷くだけのウッドマン大佐。まるで理解していないだろうその彼にエステルは次の問いを口にする。


「仕事を紹介して頂けるということですが……それはどのような仕事ですか?」


「仕事の詳細は目的地に着いた後で話す。だが君にぴったりの仕事だ」


「私に?」


「この仕事には君のホープとして培われた実戦経験が必要不可欠なのだよ」


 当たり前だがこちらの素性は調査済みであるようだ。エステルはふと視線を下げる。感覚が失われた自身の両脚。それをじっと見つめながらエステルは頭を振った。


「ホープとしての実戦経験が必要であれば、残念ながら私が役立てることはありません。私の足はもはや完治しない。ホープももう引退するつもりです」


「……クエスト中の怪我によるものだな」


 ウッドマン大佐が表情を神妙にさせる。


「クエストの報告書は読ませてもらったよ。脊髄が圧迫されたことによる半身不随。痛ましい限りだが、その点においては問題ない。この仕事は座っているだけで済むからな」


「座っているだけ?」


「だから安心してくれていい。この仕事に必要なのはホープの知識と両手ぐらいだ」


「……よく意味が分かりません?」


「口では説明しづらくてね。先も話したが詳細は目的地に着いてからさせてもらう」


 エステルは怪訝に感じながらも「分かりました」と頷いて僅かに眉をひそめる。


「しかし念のため断っておきますが、仕事を受けるかどうかはまだ決めていません。折角お声がけいただいて申し訳ありませんが、その内容次第では断ることもあると思います」


「もちろんそれで構わない。もっとも彼女が何というかは分からんがね」


「……彼女?」


 エステルは首を傾げる。ウッドマン大佐がエステルを一瞥してニヤリと笑う。


「そう、彼女だ。もとより私は彼女の指示により動いている。君に紹介する仕事は彼女が立案したものでね、君に声を掛けたのも彼女が求める人材の条件に適していたからだ」


「……その彼女とは何者なのですか?」


 軍の高官であるウッドマン大佐。その彼に指示できる人物となればただの一般人ではないだろう。エステルの疑問にウッドマン大佐が眉間にしわを寄せる。


「一言で言うなら発明家だよ。彼女が軍の管理下に置かれたのは十年前。その間に彼女は数多くの発明品を世に生み出してきた。時に君は携帯端末を所持しているかね?」


「携帯端末――スマートフォンのことですか? ええ、仕事で必要となるので」


 エステルはポケットから自身のスマートフォン、俗に言うスマホを取り出した。液晶モニタが取り付けられた通信機器。五年前に突如発表されて爆発的に世間に広まった家電製品だ。エステルのスマホを見やりウッドマン大佐が渋い表情でポツリと言う。


「後で端末IDを交換しようか」


「それは……ご遠慮しておきます」


「その携帯端末もまた彼女の助言により生みだされたモノのひとつだ」


 エステルはぎょっとする。すでに人口の半数は所持しているとされるスマホ。その開発者となれば只者ではない。ウッドマン大佐が「それだけではない」とさらに続ける。


「多くの公共施設に設置されているタブレット端末も彼女の助力により実現したものだ。それら電子機器のみならず通信プロトコルやソフトウェア開発なども彼女から提供された技術が基盤となっている。彼女なくして近年の急激な技術成長はあり得なかっただろう」


「そんなにすごい人が……?」


「すごい? この程度は彼女にとって遊びの範疇だ。軍が何度も頭を下げてようやく提供された技術ではあるがね。彼女の興味は技術探究にだけある。自身の技術を他人に分け与えるような行為に彼女は価値を見出していない」


 ここでふと思いついたようにウッドマン大佐がエステルの車椅子を指差す。


「因みに君の車椅子も彼女の作品だ」


「この車椅子が?」


「ものぐさな彼女だが、その車椅子は三日と掛からずに仕上げてきた。仕事でも利用するからということだが、どうやら今回の仕事は彼女も相当やる気になっているらしい」


 車椅子を仕事でどう利用するのか。とんと想像もつかないが仕事の詳細は目的地で説明される約束となっている。とりあえずその疑問は脇に置いておくのが良いだろう。


「……その方の名前は?」


 エステルの躊躇いがちな疑問。ウッドマン大佐が淀みなく答える。


「リタ・ジーベル。そして私たちは今、その彼女の家に向かっている……いや――」


 ウッドマン大佐が頭を振り言葉を言い直す。


「家ではないな。私たちが向かっているその場所は――彼女を閉じ込めている牢獄だ」


 ウッドマン大佐の意味深なその言葉にエステルは質問も忘れて押し黙った。


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