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03_第一章 リモートクエスト


 ホープの歴史は約三百年前まで遡る。今でこそ人間と魔物が暮らしている地域は明確に区画分けされているが、三百年前はそのような区画の概念がなく、人里に魔物が出没することも珍しくなかった。だが当時の軍にはそれら問題を全て解消するだけの力もなく、人々は自衛の手段を必要としていた。そこで設けられたシステムが()()()()()()だ。


 クエスト方式とは、発生した課題に対して依頼者となる人物がその解決条件を提示、条件を満たした人物に報酬金額を支払うまでの手順を確立したものである。民間人はクエストを発注することで腰の重い軍に頼らずとも課題の早期解決が可能となったのだ。


 三百年前当時、クエストの大半は魔物の討伐依頼だった。ゆえにクエストを受注する者にも高い戦闘能力が求められた。魔物に苦しんでいる人々にとって命懸けで魔物を討伐する彼らは救世主に思えただろう。そのことからクエストを生業とする人間をいつしか――


希望(ホープ)』と呼ぶようになったという。


(そして私を救ってくれたあの人は……私にとって確かに希望そのものだった)


 元チームメイトの三人が去り、一人残された病室でエステルは思案する。故郷の村を蹂躙した赤目の男。その男から自分を命懸けで助けてくれた青年。ホープの仕事で偶然村に立ち寄っていたということだが、彼のおかげで自分はこうして生き長らえている。


(だけどあの人はもう……)


 青年と赤目の男。その決着をエステルは知らない。だが少なくとも青年との再会はまだ果たせていなかった。村から一緒に脱出した青年の仲間とも未だに交流あるが、彼らもまた状況は同じである。普通に考えれば青年は赤目の男に殺されてしまったのだろう。


(あの人は私の憧れだった。あの人は目指すべきホープの姿だった。あの人のように誰かを救えるホープになりたかった。でもそれはきっと……間違っていたんだろうな)


 ホープの仕事はあくまでクエストを達成することだ。自分はホープに勝手な幻想を抱いて、チームメイトを身勝手に振り回していたのかも知れない。だからこそ彼らもチームの追放という厳しい処分を下したのだろう


(怪物にやられて動かなくなったこの足は……私に与えられた罰みたいなものか)


 エステルはそう自嘲気味に笑った。


 ネリーの話によると、巨大な芋虫の怪物はどういうわけか忽然と姿を消したらしい。近隣の住民からの目撃証言もなく怪物による犠牲者は今のところ出ていないようだ。つまり自分は存在すらしない犠牲者のために正義を振りかざし暴走したことになる。その結果がこのざまだ。笑い話にしても出来が悪い。


(ルーサーの指摘通り……私はホープという仕事には向いてなかったんだな)


 エステルはそう力なく嘆息した。


(別の人生……か)


 ルーサーの忠告。別の人生を探せという言葉。エステルは今年二十歳を迎えたばかりだ。人生をやり直すことは十分に可能だろう。


(だがそんなこと考えたこともなかったからな。力だけが取り柄の私に一体何が……)


 エステルはここで肌寒さに身震いする。ふと視線を横に向けると開かれた窓から冷たい風が吹き込んでいた。距離的にベッドから移動せずとも手を伸ばせば窓を閉めることができる。エステルは嘆息すると動かない足をベッド脇に下して窓に手を伸ばした。そして彼女の指先が窓枠に触れた、その直後――


「ビゴォオオオオオオオオオン!」


 何者かが奇声を上げて窓の外に降ってきた。


「んきゃああああああああああ!?」


 エステルは体を仰け反らせてベッドから転げ落ちた。病室の冷たい床に顔面を打ち付けてエステルの瞳に涙が浮かぶ。「ふははは!」と病室に鳴り響く朗らかな笑い声。エステルは床に這いつくばりながらもベッドから顔を覗かせて窓の外を見やった。窓の外には足首にゴムひもを括りつけて宙ぶらりんとなった大柄な中年男性がいた。


「にゃにゃ……にゃんだお前は!?」


 狼狽から舌が上手く回らない。思わず猫化したエステルに中年男性が無意味な哄笑をピタリと止めて上下逆さまのまま胸を張った。


「にゃんだとは哲学的な問いだにゃ。難しくてそれはにゃんとも言えないのにゃ」


「哲学じゃない! それとそっちまで猫化して答えなくていいから!」


「何者であるか否か。それは相対的に変化する。君が感じたその印象こそが私だ」


「だとしたら変態だ!」


「それもまた一つの答えだ。だが私としては別回答を希望する」


 会話のようで会話になっていない。エステルはどうにか動揺を静めるとベッド脇にあるナースコールのボタンを押そうとした。だがそこでふとエステルは気付く。窓の外で宙ぶらりんとなった中年男性。その服装が青を基調とした軍服であった。


「ぐ……軍人?」


「ウォルト・ウッドマン。階級は大佐だ。どうぞよろしく」


 上下逆さまのまま中年男性が一礼する。確かに中年男性が着ている軍服の階級章は、その言葉通りに大佐を示していた。困惑するエステルに中年男性が物知り顔で頷く。


「疑問に感じているようだね。どうして軍人である私が病室を訪ねてきたのかを」


「どちらかと言えば、貴方が上下逆さまであることが現段階における最大の疑問です」


「まあその他諸々の疑問を含めて、移動しながら説明しようではないか」


「い……移動?」


 エステルのポツリとした呟きに中年男性がギラリと瞳を輝かせた。


「エステル・ハート君。実は君にうってつけの仕事があるのだが話を聞いてみないか?」



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