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00_プロローグ

 長期間にも及んだ高難易度クエスト。それを終えて息抜きがてらに簡単なクエストを受けた。それはとある調査隊の護衛であり大した危険もなく数日で終了する予定であった。簡単なクエストとはいえ仕事である以上手は抜かない。必要な準備をして現場へと赴いた。だが結論だけを言えば、その準備は到底足りるものではなかった。


「……何だコイツは?」


 彼女は呆然と目の前にいる怪物を見上げていた。人里離れた森の中。周囲に乱立した背の高い樹々。その枝葉をも遥かに超えた巨大な怪物がこちらを見下ろしている。


 怪物を一言で表すなら巨大な芋虫だ。全長五十メートル強。節くれた細長い胴体に、その胴体から生えた数百本のノコギリ状の脚。胴体の先端には大きな口が開いており、その口の周りには分厚い牙が並んでいた。眼球は見当たらない。だが彼女は確かにその怪物から突き刺すような視線を感じていた。


「こいつも……魔物なのか?」


 魔物。それは動物が変異して狂暴化した存在だ。あの怪物が自然界の動物でないのならそう考えるのが妥当だろう。彼女は一度そう結論付けるもどこか腑に落ちずにいた。この怪物はこれまで遭遇した魔物とは違う。根拠のない直感が彼女にそう警告する。


「――!」


 頭を振り上げていた怪物が大きな口を開けて彼女へと突進する。彼女は舌を鳴らすと迫りきた怪物の頭を跳び越えた。五メートルほどの跳躍。人間離れした動きだが基礎魔術を得意とする彼女には容易なことだ。黒いポニーテールを揺らしながら空中で体勢を整えて、彼女は肉厚の剣を怪物の胴体に叩きつけた。


 ガキンと怪物の胴体に剣が弾かれる。彼女はぎょっとしながらも怪物の頭部を蹴りつけて後方に跳ねた。剣を握りしめた両手。その手が軽く痺れている。まるで金属に剣を叩きつけたような感覚だ。またも頭をもたげる怪物に彼女は黒い瞳を尖らせた。


「撤退するぞ」


 ここで彼女に淡々とした声が掛けられる。彼女は怪物に意識を向けたまま眼球を動かした。彼女から少し離れた位置にいた長身の男が切れ長の瞳で彼女を見据えている。


「俺たちの受けたクエストは調査隊の安全確保だ。すでにニコラスとネリーが調査隊を安全な場所へと避難させている。俺たちがこの怪物と戦う理由はない」


「しかしルーサー。こいつを野放しにすれば周辺住民に危害が及ぶ可能性がある」


 鋭い瞳をした男に彼女はそう反論する。彼女の反論に男の瞳が静かに細められていく。


「この怪物が集落を襲撃しているのなら被害者が仲介所に怪物討伐のクエストを登録するはずだ。仮に俺たちが動くとすればそのクエストを受注して相応の準備を整えてからだ」


「何を悠長なことを……被害が出てからでは遅いだろ。ここで仕留めておくべきだ」


「……いい加減に聞き分けろ」


 男の無表情に僅かな苛立ちが覗く。


「俺たちの仕事は慈善事業ではない。クエストと無関係なことはするな」


「……だが」


「チームの指揮官は誰だ? これは命令だ」


 取り付く島もない男の言葉に彼女は声を詰まらせる。二人が会話している間、大人しく待機している怪物。これまでの行動から察するに、怪物は威嚇こそするも本格的な攻撃をするつもりはないようだ。気性の荒い魔物にはあまり見られない行動と言えた。


 怪物は現段階で人を襲う意図がない。だとすればここで無理して戦う必要はないのかも知れない。そもそも指摘されたように慈善事業ではないのだ。クエストと無関係の魔物退治など自己満足でしかないだろう。


「注意を払いつつこの場を離れる。行くぞ」


 男が怪物を睨みつけながらジリジリと後退する。撤退行動する男を横目に見ながら彼女は奥歯を噛む。そして左足を後退させつつ――


 体を半身にして剣を構えた。


「すまない、ルーサー」


 彼女はそう呟いて全力で駆ける。


 背後から男の声が聞こえる。明確な命令違反。だが彼女は止まらない。存在しない怪物の視線が突き刺さる。彼女はその視線を意識しながら基礎魔術の出力を高めていく。


(私たちは()()()なんだ! だから私は――誰かの希望となれる行動をしたい!)


 彼女は胸中でそう叫びながら怪物を睨み据えた。怪物がもたげていた頭部を振り下ろす。彼女は体を捻じりながら右足を振り上げて、振り下ろされた怪物の頭部を蹴り上げた。


 五十メートルもの巨体を誇る怪物。その頭部が上空へと跳ね上がる。基礎魔術により極限まで高められた膂力。彼女は間髪入れず地面を砕きながら跳躍した。怪物の頭部まで跳ね上がり剣を構える。刃を弾くほどの怪物の硬い体。だが彼女は躊躇なく剣を振るった。怪物の硬い胴体に剣が打ち込まれて――


 怪物の頭部をあっけなく両断した。


 剣を振り抜いたまま彼女は安堵する。これで被害を未然に防ぐことができた。指揮官の命令に背いた以上罰則は免れないだろう。だがそれで構わない。それを覚悟した上での行動だ。ゆっくりと流れていく時間。浮遊感に包まれながら彼女はふと気付く。頭部を切断された怪物。その断面。そこから――


 不気味な機械が覗いていた。


「――な!?」


 ここで彼女に衝撃が叩きこまれる。頭部のない怪物が体を振るい彼女をはたき落としたのだ。彼女は落下しながらも懸命に魔術での防御を試みた。だが集中力が乱れる。不意打ちによるダメージ。そして怪物の断面から覗いた奇妙な何か。それらの動揺が魔術の集中を阻害する。彼女は中途半端な魔術を展開して背中から地面に落下した。


 バキン――


 何かが致命的に壊れる音。それを彼女は確かに聞いた。急速に薄れていく意識。強制的に閉じられる瞳。視界が暗闇に塗りつぶされていく中、彼女は自分を呼ぶ声を聞いた。


「――エステル!」


 その声を最後にして彼女は――


 エステル・ハートは――


 その意識を深い闇に沈めた。



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