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ドーナツは桃の香り

 ピンク色をベースとした店内には、丸テーブルが並べられている。俺たちはその一角に座り、メニューを広げた。

 店内には女性客の姿が多く、俺の他に男性の姿は見当たらない。お客さんも店員さんも、女性ばかりだ。

 なんだか場違い感がハンパないが、俺はあまり気にしないことにしてメニューを広げた。メニューには色鮮やかなドーナツの写真が載せられてある。ここのドーナツ屋さんは、メニューから食べたいドーナツを選ぶようだ。


 俺と小桃ちゃんは適当にドーナツと飲み物を選び、店員さんに注文した。手を繋いでいた時には会話がなかったが、こうやって落ち着くと自然と会話が生まれるものだ。小桃ちゃんとの会話を楽しんでいると、早くも店員さんがやって来た。


「お待たせしました。まずはイチゴドーナツセットとココアのお客さま〜」


「あ、私です」


 小桃ちゃんが顔の横で控えめに手を挙げる。店員さんは笑顔で頷くと、小桃ちゃんの前にピンク色のドーナツが二つ乗ったお皿と、ココアの入ったマグカップを置いた。


「続いてシナモンとチョコのドーナツセットとアイスコーヒーになりますね」


「はーい」


 返事をした俺の目の前に、店員はドーナツが二つ乗ったお皿とアイスコーヒーのグラスを置いた。俺が頼んだのは、シナモンのドーナツとチョコのドーナツだ。

 二人分のドーナツが届き、店員は伝票を置いて去って行った。


「じゃ、食べようか」


「そうですね。食べましょう」


 俺と小桃ちゃんは二人同時に手を合わせて、「いただきます」と声を合わせる。

 俺はシナモンのドーナツから、小桃ちゃんはイチゴのドーナツから口をつける。

 シナモン独特の甘い風味が、口全体に広がった。


「ん、美味いな」


「美味しいですね」


 二人でそんな感想を言い合い、笑顔を見せ合う。やっぱり美味しいものを食べると、自然と笑顔になってしまう。これが人間の性というやつか。


「それにしても小桃ちゃん。よくこんなところ見つけたね」


 こんなドーナツ屋さんが学校の近くにあるなんて、知りもしなかった。やはり女の子はスイーツのお店に敏感なのだろうかと思って聞いてみると、小桃ちゃんは口元を手で隠した。彼女の頬はハムスターのように膨らんでおり、どうやら口にドーナツを含みすぎてしまったらしい。


「口の中にドーナツ入れすぎちゃったか」


 そう尋ねてみると、小桃ちゃんはコクコクと頷いた。

 なんか意外だな。小桃ちゃんは大人しい性格をしているので、小さな口でゆっくりと食事をするのかと思っていた。しかし彼女が手に持っているドーナツは、もう半分しか残っていなかった。手のひらサイズはあるドーナツを一気に半分も食べてしまうなんて……その食いしん坊さに、ちょっとしたギャップを感じて萌えてしまう。

 ココアでドーナツを胃の中へと流し込むと、小桃ちゃんは頬を赤く染めながら照れくさそうにはにかむ。


「すいません。あまりにも美味しかったものですから……ひと口で沢山食べちゃいました」


「あはは。食いっぷりがよくて見てて気持ちいいよ」


「で、でも……女子なのに変じゃないですか? こんなに食いしん坊なんですよ?」


「とんでもない! むしろ可愛いって思っちゃったよ」


 内心で思っていたことを口にすると、小桃ちゃんは驚いたような顔をしてこちらを向いた。彼女の頬が先ほどよりも赤く染まったのを見て、なんだかこちらまで照れくさく感じる。

 蜜柑にも面と向かって「可愛い」とは言わないのに、どうして小桃ちゃんには軽々と言ってしまうのだろうか。それは多分、小桃ちゃんが可愛すぎるからだよな。


「そ、それなら……このままいつも通りに食べますね」


 小桃ちゃんはそう言うと、大きな口を開けてドーナツを頬張った。もむもむと咀嚼をする小桃ちゃんは幸せそうな顔をしている。ほんと、美味しそうに食べる子だな。こんな子と結婚したら毎日の食事が楽しそうだ……あ、いかんいかん。彼女が居るのにも関わらず、蜜柑の妹との将来を想像してしまった。これじゃあ浮気者になってしまうな。反省反省。


 でもやっぱり……目の前でニコニコとしながらドーナツを食べている小桃ちゃんを見ていると、心の奥底から幸せな気持ちになれるのだった。


 ☆


「今日はすいません。私が奢るつもりだったのに、翔太郎さんに奢らせちゃって」


 ドーナツ屋さんから出て家へと帰る途中。隣を歩く小桃ちゃんは、申し訳なさそうな瞳をこちらへと向ける。空は真っ暗だが、街灯のおかげで小桃ちゃんの顔がよく見える。


「ああ、全然大丈夫だよ。あんな美味しそうにドーナツを食べるんだもん、奢りたくなっちゃうよ」


 小桃ちゃんは麦茶のお礼としてドーナツを奢ってくれるはずだったのだが、彼女の食いっぷりを見ていると俺の方が奢ってあげたくてしょうがない気持ちになってしまった。

 俺が奢ると決まってからは、小桃ちゃんは二つもドーナツをおかわりしていた。今月は金欠だったのだが、小桃ちゃんのためならと身銭を切ることにしたのだ。


「翔太郎さんに食いしん坊なのがバレるとは思わなかったです……もっとお淑やかに食べるはずだったんですけど……」


「甘いものには勝てなかったか」


「おっしゃる通りです……」


 熱暴走しているのかと心配になるくらい、小桃ちゃんは顔を赤くしている。

 よく食べることは恥ずかしいことじゃないし、そんなに恥ずかしがらなくても……と思うけれど、女の子の場合は違うのだろう。俺はあまり女心が理解できない。


「でも嬉しいよ」


 俺がそう言うと、小桃ちゃんはキョトンとした表情でこちらを見上げた。


「小桃ちゃんの新しい一面が見れたし、今日でもっと小桃ちゃんのことが好きになった」


 自分の本心をそのまま口にすると、小桃ちゃんは途端に目をパチクリとさせた。彼女の顔が赤すぎて、頭の上から煙が出ているようにも見えてしまう。


「そ、それって……」


 小桃ちゃんは俺に何かを尋ねようとしたのだが、その口をそっと閉じた。かと思えば、彼女は突然俺の前に立って笑顔を作る。


「今日はここまでで大丈夫です」


 彼女が立ち止まったので、俺も足を止める。


「でもまだ小桃ちゃんの家までそこそこ距離あるよ?」


「大丈夫です。一人で帰れます。それに家の近くまで来ちゃったら、蜜柑お姉ちゃんに見つかっちゃうかもですよ?」


 ああ、そっか。今、小桃ちゃんの家には蜜柑が居ることだろう。そこでもしも蜜柑が外に出ていたりしたら、確実に見つかってしまう。小桃ちゃんの言う通り、ここら辺で彼女とはサヨナラした方がよさそうだ。


「そっか。そうだよな。それじゃあここでバイバイにしようか」


 俺がそう言うと、小桃ちゃんは笑顔でこくこくと頷いた。


「今日は素敵なドーナツ屋さんを教えてくれてありがとう」


「こちらこそ、ドーナツをご馳走してくれてありがとうございました」


「また一緒に遊ぼうね」


「はい。今度こそ私に奢らせてくださいね」


 お互いに笑顔を向け合う。ああ、幸せだ。小桃ちゃんとこうやって笑顔を向け合っているだけで、幸せな気持ちになれる。でもここでウダウダと別れを惜しむのも、なんか女々しいよな。


「じゃ、また学校で。元気でね」


「はい。翔太郎さんこそお元気で」


 最後にそんな言葉を交わすと、小桃ちゃんはこちらに手を振りながら去って行った。

 どんどんと小さくなる彼女の背中を見つめながら、最後まで小桃ちゃんの顔は赤かったなあと考える。


 よく食べて、よく笑って、よく照れる。きっと小桃ちゃんは自分の欲求に素直な子なのかと思うと、彼女のことをさらに好きになってしまった。

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