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モヤモヤクッキー

 エアコンが効いている学校内とは違って、太陽の照りつける外は暑い。ぼちぼち夕方になる時刻にも関わらず、汗が吹き出してしまいそうだ。


「あー、暑いー。このままじゃ家に帰るまでに死んじゃうよ。翔太郎ー、なんとかしてー」


 隣を歩く蜜柑は自分の顔を手でパタパタと仰ぎながら、夏の暑さに文句を垂れている。

 蜜柑の肩にはスクールバッグが掛かっていて、可愛らしい牛のマスコットがぶらさがっている。


「こればかりはしょうがないだろ。夏は大体が暑い」


「そんなごもっともなこと言わなくてもいいじゃん。それくらいは分かってるよ」


 蜜柑はむっと唇を尖らせた。

 どうして俺は今、怒られたのだろうか。納得が行かずに俺も唇を尖らせると、蜜柑は「はあ」とため息をついた。


「きっとこのスクールバッグが重いんだよね。これがなかったらいくらか暑さもマシな気がするもん」


「スクールバッグがなくちゃ教科書とか持ち歩くのに不便だろ」


「それはそうだけど。わたしが言いたいのはそういうことじゃなくてぇ」


 蜜柑はそう言うと、俺に愛嬌のある笑顔を見せた。可愛さを凝縮したような笑顔に、不覚にもドキリとさせられる。

 でも彼女の言いたいことが分からない。しかしここで彼女の言いたいことを当てなければ、蜜柑の機嫌が悪くなりかねない。だから一刻も早く、彼女の言いたいことを察せなければならないのだが……。


「ごめん……何が言いたいんだ?」


 ギブアップだ。もうこうなったら聞くしかなかった。時間を掛ければ掛けるほど、沼にハマっていくような気がしたから。

 ギブアップをした俺に、蜜柑は呆れたような目を送ってくる。


「わたしの彼氏はそんなことも分からないのか〜。ショックだな〜」


「……ごめん」


 反論する言葉が浮かばず、俺は謝罪の言葉を口にする。そんな情けない俺を見て、蜜柑は目を細めて笑顔を作った。その笑顔が怖くて、思わず身構えてしまう。


「だからね、わたしが言いたいのは──」


 蜜柑は笑顔を崩さずに、肩に掛かっていたスクールバッグを俺に向けて差し出した。


「バッグ、持ってくれないかなって」


 持ってくれるよね、と首を傾げる蜜柑。

 何を考えているのかと思えば……どうして俺が彼女のスクールバッグを持たなければならないのか。これではちょっとしたいじめのような気がするが──蜜柑は本気で言っているのだろうな。

 普段ならば嫌で嫌でしょうがないだろう頼みごと。だが今日は、蜜柑を家の近くまで送ったあとに癒しが待っている。


「あ、ああ。そういうことなら別にいいよ」


 だから俺は首を縦に振った。小桃ちゃんという癒しの時間が待っていなかったら、俺は悔しくて家で泣いていただろう。小桃ちゃんとデートの約束をしていて本当によかった。

 俺は素直に蜜柑からスクールバッグを受け取り、自分の肩に掛ける。蜜柑のスクールバッグは俺のよりは軽かった。恐らくは学校に勉強道具を置いてきているのだろう。


「なんか今日はやけに素直だね」


 蜜柑はこちらの目をじっと見る。その視線に心臓が跳ねた。俺は思わず蜜柑から目を逸らしてしまう。


「そ、そうか? 別に彼氏として普通のことをしたまでだけど」


 暑さからではなく、緊張から変な汗が出てくる。

 こういう時、蜜柑はやけに鋭いんだよな。前にも蜜柑の姉妹とナインを交換した時には、それが気付かれたこともあった。「彼女の姉妹なんだから連絡先を交換するのが普通だろ?」と言って難を逃れたが、あれは危ない事件だった。危うく蜜柑の姉妹とも仲がいいのが、バレてしまうところだったからな。


「ふうん。そっか。成長したんだね」


 上から目線なのが気になるが、蜜柑は納得してくれた。蜜柑はやけに鋭いが、言いくるめるのが簡単だ。ワガママな彼女のそんなチョロさに、俺は何度も助けられている。


 ☆


 十分ほど歩いて、蜜柑の家の近くまでやって来た。右に行けば蜜柑の家への道。左に行けば俺の家への道。ここがいつもの蜜柑との分かれ道だ。


「バッグありがとう。すごく助かった」


「ああ、それならよかったよ」


 俺の肩に掛けていた蜜柑のスクールバッグを渡すと、彼女は笑顔を浮かべながら受け取った。その笑顔が可愛くて、またもドキリとさせられる。


「じゃあ、俺はここで」


 きっと今頃、小桃ちゃんは駅で待っていることだろう。だから早く行ってあげないとな。そんなことを思いながら、俺は蜜柑に手を振って歩き出そうとすると。


「あ、ちょっと待って」


 蜜柑に呼び止められて足を止める。

 スクールバッグの中をゴソゴソと漁ると、蜜柑は可愛くラッピングされた小さな袋を取り出した。蜜柑はその小袋を両手で持ち、頬を桃色に染めた。


「これ、昨日頑張って作ったんだ。翔太郎にはいつもお世話になってるから、プレゼントしたくて」


 蜜柑は困ったように眉を八の字にしながら、俺にその袋を手渡した。受け取って見てみると、小袋の中には白と黒のクッキーが五つ入っていた。


「え、もしかして手作りのクッキーか?」


「うん。初めて作ったから美味しいか分からないけど、よかったら食べてみて」


 照れ隠しなのか、蜜柑は真っ白な歯を見せて笑った。

 蜜柑が手作りのクッキーを作ってくれたのは、これが初めてだ。それどころか、蜜柑から何かをプレゼントされるのもこれが初めてかもしれない。蜜柑からは一生なにもプレゼントされることはないと思っていたので、心のどこかがジンと熱くなるのを感じた。


「ま、まじか! すごく嬉しい! 本当にありがとう!」


 嬉しさから興奮したような声を発すると、蜜柑は満足そうに頷いた。


「うん! 大事に食べてよね」


 蜜柑は浮ついた足取りで、俺から距離を取った。そして笑顔のまま、俺に手を振る。


「また明日ね。翔太郎」


 蜜柑はそれだけを言うと、こちらの返事も待たずに小走りで去って行った。その去り際の蜜柑の笑顔がやっぱり可愛くて、俺は自分の胸を抑えた。心臓は力強く鼓動を繰り返している。


「アイツ、ワガママなだけじゃないのかよ……」


 誰もいない道の真ん中で、俺は独りごちる。

 これから小桃ちゃんに会いに行くのに、蜜柑のあんな可愛いところを見せられたら……。


「なんか……気持ちよく小桃ちゃんと遊べないよなあ……」


 俺はモヤモヤとした気分のまま、来た道を引き返す。蜜柑から貰った小袋は、隠すようにスクールバッグの中へと押し込んだ。

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