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麦茶のお返し

 現代文の授業は睡魔との戦いだ。

 黒板の前に立つ中年男性教師が、よくわからない現代文を読み上げる。昼休み明けということもあり、机の上に突っ伏している生徒の姿もチラホラと見かける。前のほうの席では、蜜柑も教科書を枕にして寝息を立てていた。


 眠ったら負けだ。俺は欠伸を噛み殺し、眠らないようにとポケットからスマホを取り出す。すると誰かから、ナインにメッセージが入っていた。ナインとは、無料でメッセージのやり取りや電話をすることが出来るコミュニケーションアプリだ。


 ナインを開いてみると、俺にメッセージを送って来たのは小桃ちゃんであることが分かった。


 小桃『先ほどはお茶を奢ってもらってしまってありがとうございました! 大切に飲ませていただきますね』


 文面では元気に『!』を付けているが、小桃ちゃんはリアルではとても大人しい女の子だ。でもメッセージのやり取りではいつも『!』を付けているので、リアルでも元気そうなイメージを持ってしまう。

 ただ麦茶を買ってあげただけなのに律儀にメッセージを送ってくれる小桃ちゃんが可愛くて、ニヤけそうになりながら文字を打ち込んで返信する。


 翔太郎『全然大丈夫だよ』


 素っ気ない返事だっただろうか。なんて送ったあとで後悔する。今からでもなにか付け足そうか……でもなんて付け足せばいいのだろうか……なんて考えていると、送ったメッセージに既読の文字がついた。既読の文字がつくと、相手が俺のメッセージを読んだという証だ。


 小桃『わ、まさか授業中にナインが帰ってくるなんて思ってなかったです笑』


 文面の最後に『笑』を付けてくれるあたり、小桃ちゃんが笑っている顔が想像できる。

 その送られて来た文面を見て、こちらもニヤけそうになる。授業中にスマホをいじっているのは、小桃ちゃんも同じじゃないか。


 翔太郎『それはこっちのセリフだよ。小桃ちゃんも授業中にスマホをいじるのはよくないよ』


 俺は小桃ちゃんみたいに、メッセージに『!』や『笑』は付けない。文面だけみると無愛想に見えそうだが、メッセージに感情を持たせるのが恥ずかしくて付けられないのだ。

 自分の無愛想な文面を見ていると、すぐに既読がついた。


 小桃『こちらは先生が居ない自習時間なので問題ないですよ! 翔太郎さんの方こそ授業中なんじゃないですか?』


 翔太郎『バレたか。俺は現代文の授業中だ』


 小桃『ダメじゃないですか! 普通に授業受けないと!』


 翔太郎『だって現代文って暇なんだもんなー』


 テンポよくメッセージを送り合う。教師が現代文を音読する声を完全にシャットアウトして、俺は小桃ちゃんとのメッセージのやり取りに夢中になる。


 小桃『私も暇です笑』


 翔太郎『じゃあもうちょっとナインしてようか』


 小桃『そうですね!』


 よし。これで退屈な授業の暇つぶしが決まった。今日の現代文の授業は楽しい時間になりそうだ。

 さっきまでは眠たかったのに、今はどこかワクワクしている。小桃ちゃんと暇つぶしナインが出来るなんて、麦茶を奢った甲斐があったな。

 さて、なんの会話をしようか。話題を考えていると、小桃ちゃんが続けてメッセージを送ってきた。


 小桃『あの、麦茶のお礼がしたいです』


 翔太郎『麦茶のお礼?』


 小桃『はい。何か欲しいものだったり、して欲しいこととかあったりします?』


 翔太郎『え、いいよいいよ。飲み物奢っただけだし、お礼をされるようなことはしてないよ』


 たった百六十円くらいの麦茶を買っただけで、後輩の女の子からお礼をしてもらうだなんてバチが当たりそうだ。

 しかし小桃ちゃんは、なかなか折れてくれなかった。


 小桃『それでもです! 私がお礼したいだけなので、翔太郎さんは素直にお礼されてください笑』


 あの大人しい小桃ちゃんが、年上に命令するような口調を使うようになったのか……と思うと、そのギャップに体がゾクリとした。

 小桃ちゃんはメッセージ上では、ちょっとだけワガママな女の子になるのかもしれない。蜜柑のワガママ具合には到底及ばないが……。


 翔太郎『そこまで言うなら分かったよ。でも欲しいものとかやって欲しいこととかは特にないかな』


 あまり欲がない方なので、欲しいものもやって欲しいことも思い浮かばない。

 そのメッセージに既読がつくと、三十秒ほど画面が固まった。小桃ちゃんは俺になんて返事を送ったらいいのか迷っているようだ。

 今考えてみると、男なら『〇〇をして欲しい』ときっぱり言い切ったほうがカッコよかっただろうか。もしかしたら小桃ちゃんを困らせてしまっているだろうか──そう心配になっていると、ようやくメッセージが返ってきた。


 小桃『翔太郎さんって甘いものとか好きですか?』


 翔太郎『甘いものか。嫌いではないな』


 小桃『それならドーナツ食べに行きましょうよ! 駅前に気になるドーナツ屋さんがあるんです』


 ドーナツか。ドーナツなんて久しく食べていないな。なんて思うかたわらで、もしかしてこれはデートに誘われているのではないのだろうかと、恋人の妹相手に淡い期待を抱いてしまう。


 翔太郎『いいけど、もしかして二人で行くのか?』


 小桃『はい! もしも二人が嫌だったら、蜜柑お姉ちゃんを誘ってもらっても大丈夫ですけど……』


 翔太郎『いや、二人で行こう』


 即答だった。蜜柑を誘うとなると、また俺が奢る羽目になりそうだからな。

 それに今日は蜜柑のワガママを沢山聞いて疲れているので、小桃ちゃんに癒されたい気分だった。


 小桃『そう言うと思いました笑 じゃあ蜜柑お姉ちゃんには内緒で行きましょう笑』


 翔太郎『ああ、絶対に内緒で。今日行くのか?』


 小桃『私はいつでも大丈夫です!』


 翔太郎『よし。じゃあ今日の放課後に行こう。今日は蜜柑のワガママを聞いたから疲れてるんだ。甘いものを食べて癒されるよ』


 まあ本当のところを言うと、小桃ちゃんを見て癒されたいのだが。それを言うと気持ち悪いと思われてしまいかねないので、甘いものに釣られたという体にしておく。


 小桃『分かりました! それじゃあ今日の放課後に駅待ち合わせで』


 翔太郎『おっけー。蜜柑にバレないように、家の近くまで送ってから行くわ』


 小桃『はい! 先に駅に行って待ってますね』


 そのメッセージのあとに可愛らしいウサギのスタンプを貼り付けて、小桃ちゃんはナインでのやり取りを締めた。

 楽しかったナインでのやり取りが終わってしまったが、大きな収穫があった。どうやら今日は、小桃ちゃんと放課後デートが出来るらしい。久しぶりに小桃ちゃんと遊べるのか……。

 スマホを閉じてポケットの中にしまうと、俺は机の下でガッツポーズを作った。


 前の方の席に座る蜜柑は、未だに寝息を立てていた。

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