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きっかけはウィンク

 昼休みになると、クラスメイトたちは仲のいい友達と机をくっつけて昼食を共にする。

 俺も一ヶ月前までは健を含めた男友達と昼休みを過ごしていたが、蜜柑と付き合い初めてからは彼女と二人で机をくっつけている。

 そして今日も、俺は蜜柑と机をくっつけて昼食を取っていた。


「そう言えば数学の課題ありがとうね。すごく助かっちゃった」


 ピンク色のお弁当箱を手に持ち、蜜柑は唇で箸を挟みながら笑顔を作った。

 こうやって真正面から笑顔を見せられると、やっぱり蜜柑は可愛いなと思う。ほんと、性格さえよかったら最高の彼女なのに。


「ああ。別にいいけど。先生にバレなかったか?」


「全然。翔太郎がわたしの文字に寄せて書いてくれたからバレなかった」


「そっか。それならよかった」


 もしも代わりに課題をやっているのがバレたら、蜜柑だけでなく俺までも先生に怒られるからな。バレなくてよかった。そんなことを考えながら、俺はお弁当箱から唐揚げをつまんで口に放り込んだ。

 俺と蜜柑の弁当はそれぞれ家から持って来たものだ。恋人同士になっても、お互いに親が作ったお弁当を食べている。俺も蜜柑も料理が出来ないというのが、その理由のひとつだ。決して仲が悪いというワケではない。多分。


「あ、そうだ」


 蜜柑は思い出したように声を漏らすと、箸の先で俺のことを指さした。


「お弁当食べ終わったら自販機行きたい」


「なにか飲み物でも買うのか?」


「うん。今飲んでる飲み物なくなりそうなの」


「ほら」と言って、蜜柑は机に乗っているペットボトルを指さす。真っ赤なラベルが巻いてあるペットボトルの中には、あとひと口分のコーラしか入っていなかった。


「そっか。じゃあ着いて行くよ」


「やったー。ありがとう翔太郎」


 蜜柑は嬉しそうに微笑むと、ブロッコリーを箸でつまんで口に運んだ。

 笑顔でもむもむと咀嚼する蜜柑を見て、飼い主に恵まれたハムスターみたいだと思った。


 ☆


 ウチの学校は、一階に売店や自動販売機が置いてある。そして俺たち三年生の教室があるフロアは四階。自動販売機に辿り着くまでの道のりは、ちょっとだけ遠い。その道のりを蜜柑と一緒に歩く。


「それでさー。せっかく受験勉強してたのに、ママったらもっと勉強しろって言うんだよ? こっちは二時間も勉強して疲れてるって言うのに、それじゃあ大学は受からないって。わたしの学力もよく知らないでよく言うよって感じ〜」


 隣を歩く蜜柑は肩に乗せたサイドテールを揺らしながら、昨日の愚痴をペラペラと話す。蜜柑が次々と吐き出す愚痴を、俺は適当に相槌を打ちながら聞き流す。

 蜜柑は愚痴を話すのが好きなのか、こうやってよく聞かされる。聞いている方は苦痛に思う愚痴だが、ワガママを言われるよりかは何倍もマシだった。


 その後も一階に下りるまでの間、蜜柑は愚痴を話し続けた。俺は今日の午後の授業のことを考えたりしながら、蜜柑の愚痴になんとか耐える。

 自動販売機に到着して、拷問のような蜜柑の愚痴大会がようやく終わった。


「うーん。なににしようかなー」


 自動販売機の前に立ち、蜜柑は飲み物を吟味している。蜜柑の買い物はいつも長く、こちらが疲れてしまうほどだ。


「どうせまたジュースだろ」


「そうなんだけどね〜。また炭酸を飲むか、安定のリンゴジュースを飲むかで迷ってる」


「今の気分はどっちなんだ?」


「今は炭酸かな。スッキリしたい気分」


「なら炭酸でいいだろ」


「でもまたあとで気分が変わるかもしれないもんな〜」


 うーんと唸りながら、蜜柑は顎に手を当てて自動販売機とにらめっこする。


「じゃあサイダーにする!」


 三十秒ほど悩んでようやく、蜜柑はサイダーを指さした。四ツ矢サイダーという、有名な炭酸水だ。

 しかし購入する飲み物を選んだのに、蜜柑は財布を出そうとしない。それどころか蜜柑は、俺の顔をじーっと見ている。


「まさか……俺に買えって言ってるのか?」


 まさかな……自分で自動販売機に誘っておいて、愚痴まで付き合わせて……その上で俺に飲み物を奢れだなんて、言うはずがないよな。俺が奢ってもらってもいいくらいだし──そう思っていたのだが。


「うん! 奢って♡」


 蜜柑は愛嬌のある笑顔で、こてりと首を傾げた。

 その笑顔を見て、心がザワザワとした。今日こそは、蜜柑の財布になってたまるか。


「なんで俺が奢るんだよ。もう今月お金ピンチだから自分で買ってくれ」


 言えた。ようやく言えた。やんわりと断るのではなく、きちんと「自分で買え」と言うことができた。俺は心の中でガッツポーズをしながら、今日の勝利を確信する。


「いいじゃん百円くらい」


 しかし蜜柑は折れなかった。でもこんなことで負ける俺ではない。


「百円も金だ。今の俺からすれば百円だけでも大金なんだよ」


 ここまで言えば、さすがの蜜柑でも分かってくれるはず──という俺の甘い考えは、蜜柑が真顔になったことで消え去った。


「わたしの友達は彼氏さんに色々なものを奢ってもらってるよ。ネックレスとかブレスレットとか。いっぱい高いもの買ってもらってるのに、わたしの彼氏は飲み物一本も奢ってくれないの?」


 さっきまでの高い声ではなく、機嫌が悪い時の低い声だ。その声がトラウマになっているからなのか、額にじわりと冷や汗のようなものを感じた。

 今まで色々なものを買ってあげたのに、蜜柑はそれを忘れているのだろうか。

 しかし彼女の言い分も心に刺さった。たかが百円程度でごねている俺はもしかすると、彼氏として心が小さいのではなかろうか。


「分かったよ。奢るよ」


 蜜柑の機嫌の悪さと口車に乗せられて、今日も俺は彼女の財布になることを決めた。

 ポケットから財布を取り出して、五百円玉を自動販売機に入れる。


「やったー! ありがとう翔太郎。大好き」


 さっきまでの機嫌の悪さが嘘のように、蜜柑は満面の笑顔を作りながらサイダーのボタンを押した。

 ガタン。と音を立ててペットボトルが出てくる。また余計な出費が出てしまった。今度こそ節制に回らなくてはいけないな……。


「あ、蜜柑お姉ちゃん」


 後ろから声を掛けられ、蜜柑が振り返る。蜜柑に釣られるようにして、俺も後ろを振り向く。するとそこには、見知った顔があった。


「あ、小桃!」


 蜜柑はその子の名前を呼びながら、わっと腕を広げて抱きついた。

 蜜柑に抱き着かれているのは、牧野小桃(まきのこもも)ちゃん。高校一年生の蜜柑の妹だ。

 大きな縁のメガネをかけていて、大人しそうな黒髪ボブが特徴の女の子。蜜柑と似て目が大きく、間違いない美少女だ。


「小桃ちゃん、久しぶりだね」


 蜜柑が抱き着くのをやめると、小桃ちゃんはこちらにお辞儀をした。


「お久しぶりです。翔太郎さん」


 小桃ちゃんは顔を上げると、頬を桃色にさせて微笑んだ。真面目そうなメガネっ娘……うん。やはり小桃ちゃんは何度見ても目の保養になる。


「小桃、こんなところでなにしてるの?」


「飲み物を買いに来たの」


「あ、そうなんだ。わたしたちと同じだね」


「蜜柑お姉ちゃんたちも?」


「そうそう飲み物を買いに来たの」


 蜜柑と小桃ちゃんが言葉を交わす。二人の姿は誰がどう見ても、美少女姉妹として認識するだろう。


「あ、そう言うことなら俺が奢ってあげるよ。小桃ちゃん、なにが飲みたい?」


 財布を手に持って、俺は小桃ちゃんに尋ねる。節制のことなど、小桃ちゃんの顔を見て忘れ去った。


「え、いいですよ。自分で買うので」


「いいっていいって。蜜柑にも奢ったからさ、好きなの選んでよ」


 俺はそう言って、二百円を自動販売機に入れる。すると観念したのか、小桃ちゃんがおずおずといった様子で自動販売機の前に立った。

 小桃ちゃんはこちらに上目遣いを向けた。視線が交わり、ドキリとする。


「本当にいいんですか?」


「ああ。もちろん」


 俺が頷いてみせると、小桃ちゃんは「それなら」と麦茶を買った。取り出し口からペットボトルを取り出して、小桃ちゃんは笑顔を作った。やっぱり小桃ちゃんの笑顔は可愛い。


「ありがとうございます。大切に飲みますね」


 小桃ちゃんはぺこりとお辞儀をすると、大事そうにペットボトルを抱えながら歩いて去って行った。その去り際に、小桃ちゃんが俺に向かってパチクリとウィンクをした。そのことに蜜柑は気づいていないようだ。


「翔太郎。わたしには奢るのためらってたのに、小桃にはすんなり奢ったよね」


 蜜柑はそんなことを言うと、俺にジト目を向けてくる。俺は彼女の顔を直視することが出来ず、小さくなっていく小桃ちゃんの背中を見続ける。


「大切な彼女の妹だからな」


 そう言い訳をして、俺は教室に戻ろうと歩き出す。その後ろを、蜜柑が「待ってよ」と言いながら追いかけてきた。


 教室に戻るまでの道中で、ポケットに入っていたスマホがメッセージの受信を知らせた。

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