瞳に宿る炎
「わー! 遊園地ー!」
入場ゲートをくぐるなり、蜜柑が興奮した声を上げた。
入場ゲート付近には、お土産売り場やレストランのお店が並んでいる。さらに先を見てみると、ジェットコースターや観覧車などのアトラクションもあった。辺りには人、人、人。人の姿でいっぱいだ。
「こんなに人が沢山居るんですね。迷子になったらどうしよう」
隣に立っている小桃ちゃんは、心配そうな表情を作った。
この年で迷子の心配をするなんて、小桃ちゃんはいつも迷子になってしまうのだろうか。
「みんな最初はなにに乗りたい? フリーパスを買ったんだから全部乗りたいところだけれど」
こてんと首を傾げながら、林檎さんが三人に尋ねた。
一日中遊ぶのならアトラクションのチケットを買うよりもフリーパスを買った方がお得だと、入場ゲートに居た係員さんに言われた。だから俺たちは言われるがまま、フリーパスを買ったワケだ。
「ジェットコースター! ジェットコースターに乗りたい!」
「はいはい!」と手を挙げて、蜜柑がジェットコースターを所望する。
蜜柑って一応次女だったよな。妹である小桃ちゃんが居るのに、蜜柑が一番末っ子みたいだ。
「翔太郎くんは最初に乗りたいものある?」
林檎さんがこちらに視線を向けた。
最初に乗りたいものか。どうせフリーパスを買ったんだから、乗りたいものはあとで乗れるだろう。
「ジェットコースターでいいですよ。景気づけにちょうどいいじゃないですか」
「ふふふ。優しいのね」
林檎さんはクスクスと笑いながら、そんなことを言った。
なんでもいいと思ってジェットコースターって言ったんだけどな。優しさだと思われてしまった。
「よーし。ジェットコースターに向けて出発だー。ほら行くよ、翔太郎」
蜜柑は強引に俺の手を掴むと、引っ張るようにして歩き出した。線が細くて柔らかな手は、間違いなく蜜柑の手だった。
「はいはい。行こう行こう」
俺は蜜柑に手を引っ張られながら、無理矢理に歩く羽目になる。
今日も今日とて、手を繋いでいるというよりは、暴れん坊な犬のリードを引いている気分だ。
人目を気にせず手を繋ぐ俺と蜜柑を見て、林檎さんと小桃ちゃんは眉をピクリと動かした。
☆
ジェットコースターに乗り込んだ。
運良く一番前の席が取れたので、そこに俺と蜜柑が隣同士で座った。その後ろの席に、林檎さんと小桃ちゃんが乗っている。
「わー、ジェットコースターに乗るの久しぶりだから緊張してきちゃった」
肩を抑える安全バーを握りしめながら、蜜柑は前をじっと見つめている。俺も釣られて目の前を見ると、ピンク色のレールが空に向かって伸びていた。
「ジェットコースターって緊張するよな。なんでだろう」
「怖いものだって知ってるからじゃない? 今から高いところから落ちるって考えてると、胃の下あたりがキュンってするでしょ?」
「胃の下あたりがキュン? なんだそれ」
「え、キュンってなんない?」
「だからそのキュンってなんだよ。ならないわ」
「えー! 翔太郎ったら変わってるね。普通の人だったらキュンってするよ」
「絶対ならないだろ」
二人で適当な会話をする。最近になって、こうやって彼女と駄べるのも好きになった。
蜜柑とはもう少しで付き合って二ヶ月になるが、すでに一緒に居ても自分らしく居られる気がする。要するに蜜柑は、俺にとって気を使わなくていい存在だ。
男友達とは違う距離感。これが恋人との距離感なのかなと、最近になって気がついた。
蜜柑とくだらない話に花を咲かせていると、「ビーッ」とブザー音が鳴り響いた。そしてゆっくりと、乗っている車体が動き出す。
「うわー、動き出しちゃったよー。どうしよう翔太郎〜」
安全バーのせいで上半身を動かせないので、蜜柑は足をバタバタとさせている。テンションが上がっているらしい。
「もうこうなったら覚悟決めるしかないな」
「落ちるまでに覚悟決められないよ。うー、心臓がドキドキする」
自分から乗りたいと言ったのに、蜜柑は落ち着きなくソワソワとしている。
「翔太郎、乗り物が落ちるまでにわたしの心臓を落ち着かせて」
「そんな無茶な」
「無茶じゃない! 頑張って!」
出ました。蜜柑のワガママ。
車体が頂上に到着するまで、残り三十秒もないだろう。その間に人の緊張をほぐすことが出来るのか。そう考えてみて、一つだけ方法を思いついた。
「あー、じゃあ手でも繋いでみるか」
そう言って手を差し出すと、蜜柑は目をパチクリとさせた。
ジェットコースターで手を繋ごうだなんて、やっぱり気持ち悪かっただろうか。ここは「冗談だよ」と言ってなかったことにしよう。そう思って手を引っ込めようとすると、蜜柑が顔をくしゃりとさせて笑った。
「それ最高!」
満面の笑顔を浮かべながら、蜜柑は俺の手を握った。ここ一週間で何度も握った蜜柑の手。互いの熱が混じりあって、心が落ち着いてくる。
蜜柑はただのワガママな子だと思ったけれど、こういうノリの良さもあるんだよな。正直この性格に、救われることも多々ある。
「落ちるよ、翔太郎」
蜜柑のことを考えていると、彼女はそんなことを口にした。「え、」と俺が言葉を吐いた直後、胃の底がフワリとした。そしてそのまま、車体は急降下する。
「きゃー!」と悲鳴にも似た声とともに、車体は上下左右に揺れながらレールに沿って走る。何度も何度も揺らされても、俺と蜜柑の手は最後まで離れなかった。
最後は急激に速度を落とし、乗っている車体はゴールに到着した。久しぶりに乗ったジェットコースターは、なかなかに楽しいものだった。
隣を見てみると、蜜柑の髪の毛は寝起きのようにぐしゃぐしゃになっていた。
「おまっ……髪の毛ぐしゃぐしゃだぞ」
見たことないくらい蜜柑の髪はぐしゃぐしゃになっていたので、思わず吹き出してしまった。その言葉を受けて蜜柑は髪を手で直しながら、こちらに視線を向ける。そして「ぷふっ」と、蜜柑も吹き出すようにして笑った。
「翔太郎も人のこと言えないから」
そう言われてみて、俺は慌てて自分の髪を触ってみる。すると静電気を当てられたかのように、俺の髪の毛もぐしゃぐしゃになっていた。
二人で笑い合うと、蜜柑は繋がる手にぎゅっと力を込めた。
「ねえ翔太郎。もう一回これ乗りたい!」
「えっ。ジェットコースターってそんなに何回も乗るものか?」
「乗るものだよ!」
「えー、だってまだ一つ目だぞ? あ、そうだ。またあとで乗りに来るのはどうだ?」
「わたしは今乗りたいのー。ねえ、お願い翔太郎〜」
またまた始まった蜜柑のワガママ。ほんとコイツは、とことんワガママだな。でもまあ、それがコイツの可愛いところでもあるんだけどさ。
「しょうがねえな。あと一回だけだぞ?」
正直に言うと、もうジェットコースターはお腹いっぱいだった。でもそれ以上に、俺には見たいものがあった。
「えっ、ほんとにいいの? やったー! 翔太郎大好き!」
蜜柑は足をバタバタとさせてから、愛嬌のある笑顔を浮かべた。俺はこの笑顔を見たかったのだ。
蜜柑の笑顔を見るために乗った二周目のジェットコースターでも、俺と蜜柑の手は繋がったままだった。
だがこの時の俺は気が付かなかった。手を繋ぐ俺と蜜柑を見て、林檎さんと小桃ちゃんが瞳に炎を宿していることを。




