嵐の前の
あっという間に平日が過ぎ去り、日曜日になった。今日は待ちに待った、牧野三姉妹との遊園地デートの日だ。
鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。白色のTシャツにグレーのスラックスというカジュアルな服装だが、蜜柑にいつもよりも気合いが入っていると思われないためだ。でも自分なりにオシャレだと思うから、今日はこの服装で遊びに行こう。
改めて自分の顔を見てみる。自分ではあまりカッコイイとは思えないが、蜜柑はこの顔を好きになって告白してくれたんだよな。
俺はその顔を見ながら、両方の頬を叩く。
「頑張ろう」
昨日まではなんとも思わなかったが、今日になって女子三人とデートに行くと考えたら緊張してきた。
でも楽しみなのも事実。スマホで時刻を確認すると、ぼちぼち家を出なくては行けない時間帯だった。
「よし、行くか」
待ち合わせ場所は遊園地の入場ゲートになっている。現地待ち合わせなので、それまでに心の準備をしておこうと思いながら家を出た。
☆
遊園地の入場ゲートに到着した。
日曜日ということもあり、辺りには子供連れの家族や学生の姿が見受けられた。
ここの遊園地は地元では有名なので、いつでも人で賑わっている。
「ちょっと早めに着いちゃったかな」
スマホで時刻を確認してみると、待ち合わせの時間まで十五分ほどあった。でもまあ、早く着いておいて悪いことはないだろう。遅れるよりはいいからな。
あと十五分。ここに突っ立って待つしかないか。手持ち無沙汰にはなるが、我慢するしかない。スマホでもいじって待とう。そう思ってスマホを取り出した刹那、俺の視界が一瞬で暗くなった。
「だ〜れだ♡」
ささやくような甘い声が耳元をくすぐった。目元もほんのりと温かく、手で目を覆われているのだとすぐに分かった。それに密着されているからか、背中に大きくて柔らかなものが押し当てられている気がする。
「えっと……林檎さんですかね」
甘い声と大きなおっぱいから推測するに、林檎さんしか候補が居なかった。蜜柑と小桃ちゃんは、残念ながらまだ成長途中にあるからな。どこがとは言わないが。
すると目元にあった手が離れ、背中に密着していた人は俺の前へと回り込んだ。
ベージュ色に染めた髪は胸元まである、今日も美人な林檎さんだった。彼女は水色のチュニックに白色のロングスカートを着ている。チュニックにスカートという組み合わせは、前に会った時にも見た気がする。その組み合わせがお気に入りなのだろうか。
「分かっちゃったか。さすがは翔太郎くんだね」
「さすがに分かりますよ。蜜柑と小桃ちゃんは「だーれだ」ってする性格でもないと思うんで」
「えー、それってアタシのこと子供だって言ってる?」
「それは言ってないです! なんというか、無邪気というか……」
「あっはは。同じような意味じゃない?」
「そう言われてみればたしかに……」
林檎さんの無邪気な可愛さをなんて言葉にしたらいいかと悩んでいると、彼女は俺に近づいて来た。かと思えば、林檎さんは目を細めながら俺の顔を覗き込んだ。
「久しぶりだね、翔太郎くん」
俺が困っているのを察してか、林檎さんはちょっと遅めの挨拶を口にした。いきなり林檎さんに顔を覗き込まれてドキリとしながらも、俺は「ど、どうも」とギリギリの返事をした。
林檎さんは歯を見せてイタズラっぽく笑う。その笑顔を見て、俺も自然と笑顔になった。
「あの、翔太郎さん」
林檎さんと笑顔を見せ合っていると、後ろから声を掛けられた。振り向いてみると、そこには小桃ちゃんが立っていた。小桃ちゃんは白色のブラウスに、ブラウンのパンツを着ている。小桃ちゃんの私服姿は久しぶりに見る。
「小桃ちゃん。久しぶりだね」
学校ではなかなか会う機会がなかったので、小桃ちゃんとは三週間ぶりくらいに会ったのだろうか。
小桃ちゃんは大きな縁のメガネをくいっと指で持ち上げると、首を横に傾けて笑顔を作った。
「はい。久しぶりですね、翔太郎さん。翔太郎さんに会えること、すごく楽しみにしてました」
「ああ、俺も小桃ちゃんと林檎さんに会えるのすごく楽しみだったよ」
「ほんとうですか? 嬉しいです」
小桃ちゃんは本当に嬉しそうに、控えめにクスクスと笑った。
林檎さんと小桃ちゃんは相変わらず可愛い。俺の癒しだ。
ところで、まだワガママ娘の姿が見えないが。
「あれ、蜜柑はどうしたんですか?」
俺が尋ねると、林檎さんが近くにあった小さな小屋のような建物を指さした。
「蜜柑はお手洗いでおめかし中かな」
「あ、そうですか」
なんだ、蜜柑はお手洗い中だったのか。これは失礼なことを聞いたな。
小桃ちゃんは林檎さんの元に歩み寄ると、二人は俺と向かい合うようにして立った。
大人な魅力のある林檎さんと、大人しくて年下らしい小桃ちゃん。今からこの二人と遊園地で遊べると思っただけでも、テンションが上がってくる。
「翔太郎くんはここの遊園地はじめて?」
「そうですね。はじめて来ました」
「珍しいですね。ここら辺に住んでる人は一回は来たことがあるのかと思ってました」
「あー、たしかにそうですよね。でも俺、小さい頃は遊園地よりも動物園とか水族館が好きだったので」
「あれ、もしかして今日も動物園とか行きたかった?」
「そんなことはないです。小さい頃の話なので。今はどっちでも楽しめると思います。遊園地自体が久しぶりなので」
「いいですね。実は私たちも遊園地久しぶりなので」
林檎さんと小桃ちゃんとなら、こうして喋っているだけでも楽しい。それなのに今から、みんなで遊園地で遊べるのか。まるで天国に居るかのような気分だ。
「ごめーん! お待たせ!」
三人で丸くなりながら雑談で盛り上がっていると、聞き覚えしかない女の子の声が聞こえてきた。三人一斉にその声の方を振り向くと、予想通り蜜柑がこちらに駆けて来るところだった。蜜柑は黄緑色のチェックのワンピースに身を包んでいる。本当に蜜柑はワンピースが好きだな。
蜜柑は俺たちの元に駆け寄ると、走ったことで乱れた前髪を指でとかした。
「お待たせ翔太郎。学校ぶりだね」
両手を腰の前で組むと、蜜柑は照れ笑いを浮かべた。学校の時とは違う、休日の蜜柑の雰囲気にドキリとさせられる。
あれ、コイツってこんなに可愛かったっか? 蜜柑は普通にしている分には、美少女以外のなにものでもないんだけどな。
「全然待ってないから大丈夫。しかもまだ待ち合わせ時間の前だし」
「そうだよね。みんなで翔太郎よりも早く来ようって気合い入れて来たんだから」
「残念だったな。俺の方が早かったらしい」
「むぅ。そう言われるとなんか悔しい。翔太郎のくせに生意気」
「俺のくせにってなんだよ」
平常運転な会話をして、蜜柑と笑い合う。あの大喧嘩をしてから、俺は本心から蜜柑と笑い合えるようになった気がする。喧嘩がきっかけで仲良くなることもあるんだなと、少し勉強になった。
「ここでお話ししてるのも素敵だけれど、どうせなら遊園地で遊びましょ? せっかく遊園地に来たんだから」
林檎さんは口元に手を当てて、「ふふふ」と上品に笑った。
たしかに林檎さんの言う通りだ。今日は駄べりに来たんじゃなくて、遊園地に遊びに来たのだった。危うく本来の目的を忘れるところだった。
「そうですね。中に入りますか」
俺がそう言うと、蜜柑と小桃ちゃんもこくりと頷いた。
「それじゃあ行きましょうか。久しぶりの遊園地楽しみましょーう」
林檎さんは「おー」と一人で拳を掲げると、入場ゲートに向かって歩き出した。そんな林檎さんのあとに着いて行く形で、俺と蜜柑と小桃ちゃんも歩き出す。
この時の俺は、絶対に楽しい一日になると思っていた。まさかこの入場ゲートをくぐった先に、波乱が待ち受けていることなど知らずに。




