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ここが幸せの絶頂だった

 ☆☆☆


 これは一ヶ月前の出来事。俺の幸せの絶頂はここだった。


「翔太郎くん。あのね……」


 俺たち以外には誰もいない空き教室にて。

 目の前に立つ牧野さんは袖をぎゅっと掴みながら、俺の顔を見上げる。その顔は沸騰しているかのように真っ赤だった。


「翔太郎くんのことが好き。だからわたしと付き合って欲しいの」


 意を決して言い切ると、牧野さんは俺の目をじっと見つめる。俺からの返事を待っているようだ。

 牧野蜜柑(まきのみかん)。それが彼女のフルネームだ。黒髪をサイドテールにまとめた女の子で、綺麗な二重まぶたを持っている。彼女が着ている茶色のセーラー服は、俺と同じ高校に通っている証だ。ちなみに俺のクラスメイトでもある彼女は、他の男子から『美少女』と噂されている。

 元気いっぱいな美少女。それが彼女に抱くイメージだった。

 そんな牧野さんから空き教室に呼び出された時には何事かと思ったが、まさかこんな展開になるなんて予想だにしていなかった。俺は生唾を飲み込んで、興奮で震えだしそうな手を強く握る。


「な、なんで俺なの? 牧野さんとはあんまり喋ったこともないよね?」


 牧野さんはあまり男子と会話するタイプではなく、いつも女子グループの輪の中にいる。それに加えて俺も女子とは積極的に話すタイプでもなかったため、牧野さんとの接点はないに等しかった。

 そんな牧野さんに告白されて困惑する俺を前に、彼女はさらに頬を赤らめた。


「翔太郎くんを好きになったのはね……その……」


 指先をもてあそびモジモジとすると、牧野さんは控えめな動きで俺の顔を指さした。


「顔……かな」


「顔」


 その意外すぎる告白理由に、俺は思わず自分の顔を触る。

 顔。顔か。まさか人生で初めて告白されたのが、顔が決め手になるなんて思ってもみなかった。さらに困惑した俺を前に、牧野さんは慌てた様子で一歩前に踏み出す。


「そ、そのね。翔太郎くんって塩顔のイケメンというか……すごくさっぱりしてる顔してて、高校に入学した時から可愛いなって思ってたの」


「そ、そうなんだ」


「しかも可愛い顔してるのに、身長は高いじゃん?」


「まあ高い方ではあるかな」


「その身長と可愛い顔のギャップも好きなの。それに髪型もかっこいい。高校生の男子なら髪をセットしたりするのに、翔太郎くんは自然なままというか、気取ってないというか……」


「セットするの面倒だからね」


「でしょ!? その面倒くさがりな部分も顔に出てて、わたしは好きだなーって思っちゃった」


 俺の好きなところをプレゼンし終えると、牧野さんは途端に頬を緩めて「えへへ」と笑った。その笑顔が可愛くて、心臓がドキリと跳ねる。

 牧野さんとは高校三年間同じクラスだったのだが、彼女の笑顔は可愛いなといつも思っていた。しかし彼女の笑顔を真正面から食らうと、心臓が驚いてしまうくらいの破壊力があるということには初めて気付かされた。


「じゃあほんとに顔が好きで告白してくれたんだね」


「うん!」


 自信満々といった様子で、牧野さんは強く首を縦に振った。

 ここまで俺の顔を好きだと言ってくれるのは、きっと後にも先にも牧野さんだけだろう。しかもこんな美少女が顔を褒めてくれるんだ。嬉しくないワケがない。

 俺は肺に深く空気を送り込み、一気に吐き出してから笑顔を作る。


「こんな俺でよければ付き合ってみようか」


 俺の言葉を聞いた途端に、牧野さんの瞳が大きく見開かれた。黒色の瞳の奥がキラキラと光沢を放っている。


「ほ、ほんとにいいの?」


「もちろん。今日から恋人同士だな」


 恋人。そう口にしてみて、なんだかくすぐったい気持ちになった。

 牧野さんは全身をふるふると震わせると、勢いよく俺に抱き着いてきた。いきなりのことで戸惑ったが、牧野さんを受け入れる。


「嬉しい。すごく嬉しい。本当にわたしなんかでいいの?」


「ああ。牧野さんじゃなきゃダメだ」


 なんてクサイセリフを口にしてみて、自分の頬が熱くなっていくのを感じる。

 牧野さんは抱き着いたまま、俺の顔を見上げる。その表情はとても幸せそうだった。


「蜜柑」


「え?」


「苗字じゃなくて、名前で呼んで欲しい」


 牧野さんは眉尻を下げると、そんな可愛らしいお願いをしてきた。

 そうか。恋人同士になっても苗字で呼ぶのはおかしいよな。でも約二年の間、ずっと彼女のことは『牧野さん』と呼んでいたので、今更名前で呼ぶことに恥じらいを感じてしまう。


「もしかして名前呼びはイヤ?」


 俺の表情を察してか、牧野さんは不安そうな顔でこちらを見つめる。

 いかんいかん。俺を好きだと言ってくれた愛しの彼女にこんな顔をさせては、バチが当たってしまうだろう。俺は意を決して、ゆっくりと口を開く。


「蜜柑」


 名前を読んだだけなのに、体に熱が広がっていく。この熱が抱き着いている牧野さんにも伝染するのではないかと思うと、恥ずかしくてしょうがない。

 しかし牧野さ──蜜柑は微笑んでくれる。


「はい。蜜柑です」


 蜜柑はふざけた口調でそう言うと、照れくさそうに「ふふ」と笑った。その笑顔に心を射抜かれる。

 蜜柑。その名前を心の中で何度も呼ぶ。蜜柑。それが俺に初めて出来た恋人の名前だ。


「じゃあ俺のことも翔太郎って呼んでくれ。いつも『くん』を付けて呼んでただろ」


「うん。分かった。今日からよろしくね、翔太郎」


 初めて女の子から呼び捨てで呼ばれた。その嬉しさと気恥しさから、俺は思わず蜜柑のことを抱きしめ返していた。

 ぎゅっと力強く抱きしめると、蜜柑は「苦しい〜」と笑った。そんな彼女が愛おしくて愛おしくてたまらない。


「俺の方こそよろしくな。絶対に大切にするから」


 この日から俺には牧野蜜柑という大切な恋人が出来た。元気いっぱいな彼女を、俺と付き合うことでもっと元気にさせようだなんて思っていた頃の出来事だ。


 しかし今思えばこの日が俺の幸せの絶頂であり、天国とも地獄とも思える日々の始まりだったのだ。


 ☆☆☆

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