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火に油を注ぐ

 クッキーが美味しかったことを伝えると、蜜柑は嬉しそうに「よかった」と口にした。どうやら気が向いたら、また作って来てくれるらしい。


 そんなこんなで、昼休みになった。蜜柑と机をくっつけて他愛もない話をしていると、いつの間にか昼食を食べ終えてしまった。空になった弁当箱をスクールバッグにしまい、残りの昼休みを蜜柑とだべりながら過ごす。


「ねえねえ、今週末もデートするでしょ?」


 当たり前のような口ぶりで、蜜柑は首を傾げた。

 毎週の土曜日か日曜日には、絶対に蜜柑とデートをしている。週末に蜜柑とデートに行くことが、俺たちの恒例行事になりつつあるのだ。


「ああ、そうだな」


 特に用事が入っているワケではなかったので、俺は頷いてみせた。

 教室の中でデートの約束をするのはどこか照れくさい気持ちになるが、彼氏彼女なんてこんなものなのではないだろうか。それに俺たちの会話なんて誰も聞いてないだろうし。


「じゃあさじゃあさ、今週は遊園地に行きたいな」


「遊園地? どうしてまた急に」


 いつもの蜜柑とのデートはどこかに買い物に行くくらいだったので、急に恋人らしい案が出て来て身構えてしまう。


「うーん、特に理由はないんだけどね、その、」


 蜜柑は言葉を詰まらせながら、頬を桃色に染めた。どうしてそこで照れるのか、俺は全く理解することが出来ない。こういう時は察してやるのが彼氏らしいのだろうが、残念ながら俺はそういった特殊能力は持ち合わせていない。

 蜜柑はモジモジとした挙句に、眉を八の字にして困ったような顔を浮かべた。


「まだ翔太郎とは恋人らしいことが出来てないなって思って」


 照れ混じりの蜜柑のセリフに、不覚にもドキリとさせられる。

 たしかに俺と蜜柑は付き合って一ヶ月が経つのに、まだ恋人らしいことをしていなかった。キスはもちろんのこと、まだ手を繋いだことだってない。普段のデートは、本当に買い物をするだけで終わってしまっていた。

 蜜柑と恋人らしいことが出来ていないのを、俺も気がかりに思っていた。俺は本当に蜜柑と付き合っているのだろうか。これではただの友達なのではないかと、ちょっとだけ不安にもなっていた。


「そっか、それで遊園地か」


 たしかに彼女と二人きりで遊園地なんて、すごく恋人らしいことじゃないか。蜜柑と付き合い始めて約一ヶ月。ようやく遊園地デートだ。


「わかった。遊園地に行こうか」


 特に断る理由もないので首を縦に振ると、蜜柑は途端にぱっと顔色を明るくさせた。


「やったー! ありがとう翔太郎! 遊園地楽しみだー」


 笑顔のまま、蜜柑は一人ではしゃいでいる。遊園地デートが決まっただけで、こんなに喜んでくれるのか。蜜柑はお金がかかるワガママなだけで、本当はとてもいい子なのではなかろうか──うん? お金?


「あ、悪い」


 俺が声を掛けると、蜜柑はキョトンとした顔を作った。今まではしゃいでいた蜜柑に言うのは心が痛いが、お金のことを思い出してしまってはしょうがない。


「俺、今月はお金ないから遊園地行けないや」


 今、自分が金欠状態にあることをすっかり忘れていた。遊園地はお金がかかるだろうから、今月はキツいかもしれない。そう思って断ると、蜜柑の顔から笑顔が消えた。

 やばい。これ、怒ってるやつだ。蜜柑からの冷たい眼差しに、背筋が凍る。


「え、どうして? わたしと遊園地行きたくないの?」


 真顔でそんなことを言われて、俺は自分の眉間に皺が寄ったのが分かった。しかしそれを元に戻そうとはせず、俺は首を横に振る。


「そんなことは言ってないだろ。ただ今月は無理だから、来週に行こう」


 来週になれば月が変わる。そうなれば親からお小遣いを貰えるし、遊園地にも行くことが出来る。そっちの方が楽しく遊べるのではないかと、俺は思ったのだが。


「わたしは今週行きたい。今、遊園地に行きたい気分なの」


「だからさ、金がないんだって。金欠で遊園地に行く余裕がないんだよ」


「ママかパパからお小遣い貰えばいいじゃん。彼女と遊園地に行くって言えばちょっとくらいお小遣いくれるって」


「ウチにはそういうシステムはないんだよ。小遣いは月の初めに一万五千円だけ。あとは必要な時に食費と飲み物代しか貰えないんだよ」


「じゃあご飯代として貰えば? それならお金貰えるんでしょ?」


 また蜜柑のワガママが始まった。蜜柑がこうなってしまった以上は、俺が引かなければ終わらない。でも今回に限っては、俺は引くことは出来ない。だって、蜜柑にワガママを言われたからってお金は増えないから。


「そんな親を騙すような真似はできないよ。それにご飯代って言っても貰えるのは多くて千円までだ。千円なんかじゃ遊園地に行けないだろ」


「じゃあ何かを売ればいいんだよ! 翔太郎、漫画とかいっぱい持ってるじゃん!」


「漫画は大切なものだから売れないよ。それに漫画を売ったって大した額にはならないし」


 段々と声が大きくなっていく蜜柑を前に、俺は冷静に対処して行く。ここで怒りに身を任せても、いいことなんてひとつもない。そう思っていたのに。


「わたしよりも漫画の方が大事なの?」


 その蜜柑のひと言にピキっときた。

 俺は別に沢山漫画を買っているワケではない。漫画に使ったお金よりも、蜜柑のために使ったお金の方が多いと思う。それに俺が今月金欠なのは、蜜柑に色々なものを買ってやったからだ。そのことを忘れてなのか、遊園地に行きたいとワガママを言う蜜柑にちょっとした怒りを感じてしまった。


「今月、蜜柑のためにいくら使ったと思ってるんだよ」


 まさかこのひと言のせいで戦いの火蓋が切って落とされることになるなんて、数秒前の俺は思いもしなかっただろう。

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