三人だけの秘密
第一章は本日まとめてアップします!
「ねえねえ! あれ食べたい! チーズドッグ!」
夏空の下。
隣を歩いていた彼女が、俺を置いて一目散にチーズドッグのお店へと駆けて行く。
彼女の名前は牧野蜜柑。黒髪のサイドテールが特徴的で、大きな二重まぶたを持った女の子だ。Tシャツにミニスカートという緩めのファッションをしている、俺と同じ高校三年生。ちなみに、俺の彼女でもある。
「はいはい」
蜜柑が購入した服や化粧品が入った紙袋を両手に持ちながら、俺も彼女のあとを追う。
俺の名前は高瀬翔太郎。身長が人よりも少し高いだけの、平々凡々な高校三年生だ。
「翔太郎も食べるでしょ?」
「ああ、じゃあ食べようかな」
「おっけー。お姉さん、チーズドッグ二つ下さい!」
店員のお姉さんに向けて、蜜柑は指を二本立てる。すると店員のお姉さんは、「ありがとうございます」と笑顔を作りながらレジを打つ。
「それではチーズドッグお二つで八百円になります」
店員のお姉さんが営業スマイルを作る。
すると隣に立っていた蜜柑が、俺のことをじっと見つめていた。彼女は財布を出そうとしない。ということは、奢れということだろう。
さっきも蜜柑が欲しいと言ったTシャツを奢らされた。それなのにまた俺が、蜜柑に奢らなくてはいけないのか。チーズドッグは蜜柑が食べたいと言い出したのに。
「俺が奢るのか?」
我慢ならずにそう聞くと、さっきまで笑顔だった蜜柑の目が鋭くなった。
「嫌なの?」
低い声で、それだけを口にした。
背筋がゾクリとした。蜜柑が声を低くする時は、決まって彼女の機嫌が悪くなる時だ。
せっかくの休日デート。俺は悪い思い出にしたくない一心で、首を横に振る。
「いや、俺が奢るよ」
この場の雰囲気を悪くさせないためにも、そう言うしかなかった。
俺はおずおずと財布から千円札を取り出して、それを店員のお姉さんに渡す。
「ふふふ。ありがと」
さっきまでの低い声はどこへやら。蜜柑は甘ったるい声を紡ぐと、目を細めて笑顔を作った。
「いえいえ」
俺はその笑顔に、苦笑いを返すしかなかった。
人生で初めての彼女が出来てから一ヶ月。俺は彼女と上手くやって行ける気がしなかった。
付き合う前までは蜜柑のことを元気いっぱいで爽やかな美少女だと思っていたのに、付き合ってみたら気が強くてワガママな女の子だった。詐欺にでもあったような気分だ。
でも蜜柑とは別れない。だって俺には、別れられない理由があるから。
☆
彼女とバイバイをして、帰路に着く。まだ空はオレンジ色だが、俺と蜜柑のデートは暗くなる前に帰ることが多い。
今日も俺の彼女はワガママだった。あれ欲しいこれ欲しいと言う割に、蜜柑は自分で買おうとはしない。全て俺が買ってくれると思っているのだ。俺は彼女の機嫌を損ねたくないので、嫌々だが奢ってしまう癖もある。
結局、今日だけで蜜柑のためにいくら使っただろう。計算しようとしてみたが、五千円を超えた辺りから怖くなって考えるのをやめた。
「彼女が出来ると金が掛かるって本当だったんだな」
独り言を呟きながら、「はあ」とため息を吐く。俺はこのまま彼女の財布となり、養分となってしまうのだろうか。そんな不安を抱えたまま、俺は自分の家とは反対方向の道に逸れた。
ふふふ。蜜柑のやつめ。俺が本当に帰るとでも思っているのだろうな。これから俺には大切な用事があるんだ。
心の中でそんなことを思うと、さっきまで不安だった気持ちも薄れていく。それどころか、心臓がドキドキとしはじめた。
俺はそのドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、とある公園にやって来た。滑り台とブランコしか遊具のない、小さな公園だ。そんな小さな公園のベンチに、二人の女の子が座っていた。
「お待たせしました。林檎さん。小桃ちゃん」
目の前に立って声を掛けると、二人の女の子は俺を見るなり同時に笑顔を作った。
「あら、意外と早かったのね。お疲れ様、翔太郎くん」
「お疲れ様です。翔太郎さん」
二人は愛想良く微笑みながら、労いの言葉をかけてくれる。
俺はこの二人に会うために、今日一日彼女のワガママに耐えて来たのだ。
俺から見て右側に座るのが、牧野林檎さん。ベージュに染めているロングヘアに、くっきりとした二重まぶた。それに小ぶりのスイカくらいはありそうな大きな胸を持っている。俺の二個年上の大学二年生だ。
そして俺から見て左側に座るのが、牧野小桃ちゃん。黒髪ボブと大きな縁が特徴の丸メガネを掛けている姿からは、大人しそうな印象を受ける。こちらも林檎さんと同様に、くっきりとした二重まぶたをしている。俺の二個年下の高校一年生だ。
もうお分かりかもしれないが、『牧野』という苗字は二人が俺の恋人である蜜柑の姉妹である証だ。林檎さんが長女で、恋人である蜜柑が次女。そして末っ子となるのが小桃ちゃんだ。
どうして恋人の姉妹とこんなところで待ち合わせをしていたのか。それは──
「うわーん。蜜柑のワガママに付き合うの大変でしたよ〜」
俺は泣き真似をしながら、腕を広げて二人に抱き着く。彼女たちは嫌がる素振りひとつ見せず、俺のことを受け入れてくれる。
林檎さんは俺の頭をポンポンと撫でてくれて、小桃ちゃんは背中をさすってくれる。
姉妹の柔らかさと優しさに、デートでのストレスが消えていくようだった。
「辛かったね。またいっぱいお金使っちゃったでしょ」
「はい。色々と奢らされました」
「あはは。じゃあ今度はアタシが翔太郎くんになにか買ってあげるよ」
「ほ、ほんとですか!」
「うん。約束する」
林檎さんは女神のような微笑みで、俺の頭を撫で続けてくれる。
「私はあまりお金がないので、その分いっぱい慰めてあげますね」
「小桃ちゃん……なんて優しい子なんだ」
「うふふ。いっぱい甘えていいんですよ」
「こ、小桃ちゃん……!」
小桃ちゃんの優しさに心打たれて、俺は二人を強く抱きしめる。
俺は蜜柑とのデートで負った心の傷を癒してもらいに、林檎さんと小桃ちゃんに会いに来たのだ。二人と居るだけで、すごく癒される。
俺はたまにこうして、蜜柑の件でストレスが溜まった時には、彼女には内緒で林檎さんと小桃ちゃんに会っている。癒してもらっていると言ってもいいだろう。
これがワガママな蜜柑とも別れたくない理由である。蜜柑と別れてしまったら、林檎さんと小桃ちゃんに会う口実がなくなってしまうからな。
もちろん俺が林檎さんたちと会っていることは、蜜柑は知るよしもない。
俺が蜜柑の姉妹とも仲がいいのは、ここに居る三人だけの秘密だ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
第一章は全て本日中にアップします。
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