結んでくれた、ピンクのハンカチ。
ハプニングは、思いもよらぬ行動から生まれることがある。少しの気のゆるみが、とんでもない大事故を引き起こすこともある。
「痛って……」
「ごめんね、奏太……」
擦り傷を負った右腕をかばっている奏太と、それを申し訳なさそうに見つめている安純。彼女が奏太に付き添っているのには、深い訳がある。
安純は図書委員であり、定期的に図書館と倉庫の間を、学校図書を持ってシャトルランしなければならない。走らなくても大丈夫だが、積み重なった本の重みは想像以上。下手をすると米袋相当になることもある。
「保健室、行こうよ……」
「いや、これくらいなら大丈夫だろ。一応水洗いして泥落としてきたし」
アクシデントが発生したのは、つい先ほどのこと。たまたま通りかかった奏太に、安純がふらついて激突してしまったのである。
「……大丈夫なの?」
「これくらいで文句たらたら垂れるのは、みっともない奴だけだよ」
手をつこうとしたが間に合わず、右腕に擦り傷ができてしまった次第である。
応急処置も終わりこの場を立ち去ろうとした奏太の左腕を、安純の両手が止めた。
「……待って。奏太は絆創膏持ってる?」
「普段から持ち歩くなんて、どんだけケガしやすいんだよ」
よほどの虚弱体質の人間か、保健教師くらいであろう。常に治療セットを持ち合わせているのは。
何が喜ばしかったのか、安純の引っ込んでいた頬が膨らんだ。
「……傷口は、覆っておかないとダメ。ほら、安純のハンカチ貸してあげるから……」
安純がポケットからハンカチを取り出したかと思うと、擦り傷のある奏太の右腕に巻き付け、結び付けた。可愛らしいピンク色のハンカチだった。
「血、つくぞ?」
「洗って返してくれれば、安純はそれでいいから」
ハンカチを人に貸し出すのにいい気がするはずが無いのだが、安純はニコニコしている。
奏太が遠慮気味に結ばれたハンカチを凝視しているのに、彼女が気付いた。
「……どうしても借りを作りたくないって言うなら、安純にも考えがあるよ? 次安純が怪我したら、その時は奏太がおんなじことしてよ」
最近はむしろ傷口を覆ってしまうことが良くないという説も現れているのだが、このことを彼女に伝えてしまうとしょげてしまいそうだ。
「……あー、分かった! 女の子から施ししてもらって、恥ずかしいんだー」
……うん、何と言うか……。
「自爆し過ぎでは?」
「……」
先回りが過ぎてしまった安純の顔は、やかんが沸騰したかのように真っ赤に染まっていた。気を紛らせたいのか、呼吸を調整しようとしている。
「……なんでもないよ? 今言ったこと、なんでもないんだからね?」
誤魔化し方が、小学生レベルだ。腕をブンブンと上下に振って否定しているところが、いかにもわざとらしい。
……それでも。それでも、この駄々っ子さを見せられて、悪い気はしなかった。
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