恋する怪物
帝都の外れ。
深夜の石畳は冷えきっていて、行き交う人もほとんどいない。
その静かな路地に、ぽつんと明かりを灯す店がひとつあった。
いつものように品物を磨いていたクロノスは、
外から響いた異様に重い足音に顔を上げた。
――ドン……ドン……ドン。
扉の外が暗く影った。
「……ん? 誰だこんな夜中に」
次の瞬間、扉がミシ、と軋んでひらく。
「…………こんばんは」
喉が潰れたように低く、地を這う声。
入ってきた影を見た瞬間、アリシアの背筋が跳ねあがる。
狼のような顔。
熊のような胸板。
蜥蜴のような鱗。
まるで複数の魔獣を無理やりひとつに縫い合わせたような異形。
アリシアは、即座に持っていた箒を構えた。
「魔物…!?」
クロノスも思わず冷汗をぬぐうが言葉を絞り出す。
「……うちになんのようだ?」
怪物は少し俯き、
人間のような仕草で言った。
「どうか……力を貸してほしいのです」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくして戦闘態勢を解いたアリシアを横目に、
クロノスは店奥の丸椅子に怪物を座らせる。
どう見ても椅子が悲鳴をあげている。
「で、相談ってのは?」
怪物は胸元を押さえた。
大きな巨体がひどく小さく見え、なんだか少年のように弱々しい。
短い沈黙の末、口を開く。
「……好きな人がいるのです」
「はい???」
「おい、恋愛相談!? お前みたいなのが!?」
「その方に……会いたい。けれどこの姿では、近づくことも許されない。
だから……人間の姿になれる道具を探して……」
「……魔物が、人に恋を……」
アリシアは呆然と呟く。
クロノスはため息をつき、棚の奥から一本の缶を取り出した。
缶には大きな一文字 <化かしるこ>
「これを飲めば望んだ姿になれる」
怪物の目が見開かれる。
「……!! 本当に!?」
「ただし、やりたいことを成し遂げたら一日経たず効果が切れる。
つまり……目的を終えた瞬間、人間の姿ではいられなくなる」
怪物は瓶を抱えるように受け取った。
「十分です。ほんの少しで良いのです……彼女に、怖くない姿で会えれば」
クロノスは軽く鼻を鳴らす。
「そっか。なら、この取引は成立だ。……で、お代だが——お前、金持ってるか?」
その瞬間、怪物は気まずそうに目をそらした。
巨大な身体を小さく縮め、
申し訳なさそうに腰に下げていた袋を差し出す。
「……ひ、拾った石……貝……落ちてた金貨……その、全部……です」
袋の口を開くと、
宝石かと思えば半分はただの丸い石ころ。
貝殻、木の実、なぜかボロ布。
その間に、ぽつんと数枚だけ金貨が光っていた。
クロノスは袋の中身をざっと見て、
ふっと笑った。
「……まあ、いいや。全部出すって気持ちは買っとくよ」
アリシアは一瞬だけ感心したが──
「……だから貧乏なんですよ」
と、小さく一刺し。
その後魔物は缶を胸に抱え、小さく頭を下げて店を後にした。
扉が閉まると、店内にはふっと静けさが戻る。
「どこかのおとぎ話みたいだなぁ」
クロノスは苦笑した。
――――――――――――――――――――――――――
翌日の夕暮れ、店に入ってきたのは人間の姿をした青年だった。
背は高いが、昨日のような異形は一切ない。
しかしクロノスは、ひと目で分かった。
「お前……薬の効果中か」
「……はい」
青年はしょんぼりとうつむいて言う。
「家の前まで行ったのですが……声のかけ方が、わからなくて……
タイミングも……どれが正しいのか……」
アリシアは呆れた。
「図体はでかかったくせに、気は小さいんですね」
「助けてください!どうやったら……話しかければいいのでしょう……!」
クロノスは腕を組む
「知らねぇよ。恋愛なんて」
しばらく悩んだ末、青年は深々と頭を下げた。
「では……彼女について、調べてください。好きな場所、行く時間、好きな花……なんでもいい。
私が“偶然を装って”出会えるように」
「……はぁ?」
青年は深く頭を下げ、絞り出すように言った。
「お代は……この命全部でも構いません。 彼女に……もう一度だけ、話しかけたい」
クロノスは一拍おいて、淡々と返す。
「命なぞいらん、そうだな…」
青年はハッとして顔を上げる。
そして、必死に考えるように視線を泳がせた。
「……では……では……!」
震える手を握りしめ、なんとか言葉をひねり出す。
「もし、あなたが困ったとき……私にできることであれば、必ず助けます……!
それを……お代にしてください」
クロノスは少しだけ目を細め、短く言う。
「……その方が使い道がある。よし、それで契約だ」
青年は胸を押さえ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……! 必ず、約束を果たします」
クロノスは肩を回しながら店の奥へ向き直る。
「じゃ、仕事に入るぞ。クロノスさんのお悩み解決スタートだ」
アリシアは苦笑しつつ腕を組み、
青年の胸には、昨日よりずっと強い光が宿る。
こうして、怪物だった青年の恋を叶えるための奇妙な調査が始まった。




