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なんでも切れる包丁

森喰いの獣を倒したその日の夕刻。

フィリアは村へ戻った。


しかし、帰還の空気は予想と違っていた。


村の入口で待っていたのは、安堵でも感謝でもなく——

冷たいざわめき。


「フィリア……何をしたの?」


最初に声を上げたのは、村の長老だった。

その声には怒りはなく、ただ深い困惑が染みこんでいた。


「何を、って……魔物を倒しました。これで——」


「どうやって?」


フィリアは、一瞬答えを失った。


エルフは本来、森のものを“斬らない”。

武器を振るうという文化自体が存在しない。

それなのに、魔物をたった一振りで斬り裂いたと知れば——


ざわざわと村人たちがざわめき始める。


「フィリア、それは……外の道具で倒したの?」

「まさか人間の力に頼ったの?」

「森の秩序を乱すなんて……!」

「魔物は森の歪みの一部。斬れば良いというものではない」


批判。

疑念。

怯え。


そして——責める視線。


フィリアは信じられなかった。


「フィリア、君は森を守る名目で、森の生き物を“斬った”。

そんな力を持ち込めば、村はもっと乱れる」


「どうして……」

声が震える。


「わたしが守ったのよ……みんなを……!」


だが、返ってくるのは拒絶だけ。


「フィリア、村から飛び出してから君は少し変だ。頭を冷やしてきなさい」


―――――――――――――――――――――――――――――――――


森は静かだった。


村を守ったはずなのに。

犠牲を覚悟して帝都まで行ったのに。


返ってきたのは——感謝ではなく孤独。


フィリアは震える手で包丁を取り出す。

刃には血ひとつ付いていない。

ただ、静かに光っているだけ。


「……守りたかっただけなのに」


ぽつりと呟いた声は、森の冷気に溶けて消えた。


「みんなのためにしたのに……どうして……どうして誰も……」


涙が溢れ、止まらない。


帰る場所がない。

頼る人もいない。

理解してくれる者もいない。


なら——いっそ。


「こんなつながり……いらない……」


そのとき刃先がわずかに光り、自分と皆を繋ぐ何かが見えた気がした。


「……全部、切れたら……楽になれるのかな」


包丁を胸の前に掲げる。

本来なら斬りたくても斬れるはずのない物。


人とのつながり。

家族の思い出。

村で過ごした時間。

自分を縛りつける種の鎖。


フィリアが刃を振り下ろした瞬間——


バサリ、と。

世界から“縁”が一つ、確かに断たれた。


身体には傷一つつかない。

痛みもない。


ただ——

村とのつながりが、

家族とのつながりが、

心の深部からふっと消えた。


「…………あれ……?」


涙が止まった。

苦しみも、消えた。


代わりに訪れたのは、心の空虚さ。


「……もう、どうでもいいや」


フィリアはその場に座り込み、

冷たい地面に背を預け、しばらくぼんやりと木々を見上げていた。


胸の奥は静かすぎて、逆に落ち着かなかった。

切り落とした“縁”の代わりに、ぽっかり空いた穴が風に鳴るような感覚だけがある。


ふと、手の中の包丁が冷たく重みを主張した。


「……森って、こんなに……音がしてたんだっけ」


さわ、さわ、と。

遠くで小さな魔物が跳ねる音、枝が折れる音、息づく気配。


いまのフィリアには、それらが妙に鮮明に聞こえた。


守るべき村は、もうない。

帰る家も、呼んでくれる声も、どこにもない。


なのに——森の奥で蠢く“何か”の存在だけが、やけに心に引っかかった。


「……関係ないのに。なのに、気になる……」


包丁の刃が、わずかに月光を弾いた。ただの錯覚かもしれない。


けれど、フィリアはその光から目を逸らせなかった。


心の空洞を埋めるものを探すかのように。


「……行かなきゃいけない気がする。どこかへ……どこか、もっと……奥へ」


足はまだ動かない。

狩る理由も、怒りも、目的もない。


ただ——。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


帝都の片隅。

人通りの途絶えた夜の市場に、小さな雑貨店の灯だけがぽつりと残っていた。


「うーん、やっぱ切ったかー」


店主のぽつりと呟いた一言に、一機がわざとらしく首をかしげる。


「なにか言いました?」


「いや、こっちの話」


手をひらひらと振ってごまかし、店の外に出た。

深く夜気を吸い込む。


「次のどんなやつがくるかな~」


閉店の札を裏返し、本日の営業を終えた。

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