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0. 始まりの帰り道

―鉄の馬に跨りながら草原を単騎駆け抜け、敵の将軍を一直線に穿つ。

―黄金の杖で秘匿の魔方陣を描き、隕石を呼び寄せて堅牢な要塞を一瞬で陥落。

―大国の執政官として幾万もの官僚・軍隊を操り、世界を支配する。


高校一年生の12月、北城周ほうじょう・あまねは、そんなファンタジーな妄想を描きながら、鬱屈した日常を送っていた。雑多な都心の安いアパートで父親と二人暮らし。母親は周がまだ子どものころに他界した。父親はサラリーマンだったが、最低限のものを除いて、周の面倒は見なかった。


そして周には、あまり友達がいない。そして何より、今、目の前の生きがいや、未来の明るい夢、自分のなりたい姿がない。


今どきの都会の高校生なんてこんなものなのかね、と低いテンションで思いながら、周はいつもどおり高校の正門を出た。早く家に帰ってゲームをやって寝よう。


電車に乗って最寄り駅に着いた。駅舎から足を踏み出したところで、周は横から急に声をかけられた。


「あれ、ほうちゃんじゃん」


「・・ぅ、お!」

普段、急に女性に話かけられることなどない周は驚き、足を一歩引いて声を上げた。


「久しぶりじゃん。学校帰り?」


周とは違う高校の制服姿の女性は、続けて声をかけてきた。


「・・鳥羽か。そうだけど、普通にびっくりした」


名前は鳥羽菜浪とば・ななみ。周と家が近く、小学校からの幼馴染だ。中学校は一緒だったが、高校は別。当然、鳥羽の方がいわゆる頭の良い高校に通っている。よくラノベとかアニメとかに出てくる、ラブラブなご都合主義的幼馴染ではない。まったく。でも、周にとっては、唯一の特別な女性だ。


「そんなに驚かなくてもねー。まっすぐ家に帰るところ?」


「うん」


「じゃあ一緒に帰ろうか!」


「ああ」


「いつの間にか、うんとか、ああとかしか喋れなくなっちゃったのかな・・」


夕暮れの時間帯、周と菜浪は住宅街を歩き始めた。10分程度歩いたところで、道が分かれて解散することになる。横に並んで歩くのもそれまでだろう。


「夕焼けが奇麗だねー」


「そうだね」


空には見事なオレンジの夕焼けが広がっていた。


「ほうちゃん、久しぶりだけど、なんだか元気ない? 元気ないというか、生気がないというか・・」


菜浪が、肩までストレートに伸びた黒髪を揺らしながら、周の顔を覗く。

シャンプーのものとも思われる少し甘い香りが、周の鼻をくすぐった。


「なんだかね、楽しいこともないし。確かに、自信をもって、私は生きてます!って言える感じはしないな」


「何その言い方」


菜浪は、くすっと笑みをこぼしたが、直後に寂しそうに眼を細めて、少し下を向いた。


「鳥羽の方こそ、剣道は続けてるのか?」


「うん、まあね。今日は部活がなかったからこの時間だけど、普段は部活漬けかなー。今は中間テストもあるから、まったく大変ですよ」


菜浪はしっかりしている。部活も勉強もしっかりこなしている。成績も優秀なのだろう。帰宅部で、勉強にも精の入らない周にとっては、それだけでも素晴らしいことだ。それに、菜浪は多分外見もかわいい方だ。愛嬌もあるし、モテそうな気もする。


周と菜浪は、子どもの頃に皆でよく遊んだ公園の前を通りかかった。公園といっても遊具のある小さな公園ではなく、球技もできそうな少し広い公園。今は人は少ないが、ベンチが並んでいる。


「ねえほうちゃん」


「ん?」


菜浪は、一瞬のためらいを見せて、


「ちょっとここで話していかない?」


「え? い、いいけど・・」


突然の提案に、周は驚き、そしてすぐに菜浪と二人のそのシチュエーションに想像を巡らせ、顔を少し紅潮させた。


「・・表情がスロットのリールみたいに変わってるよ」


公園のベンチは大半が埋まっていた。大きな木の裏側にある人目に付きにくいベンチに空席を見つけると、周はそこに座った。菜浪も、ベンチの砂を払い、膝上の丈のスカートを丁寧に押さえて座った。


しばらく他愛もない話をした。

一緒に遊んだ小学生の頃の話。

二人の家庭環境の話。

中学生のときの、大切な、思い出の話。


「ほうちゃん、これ付けてくれてるんだ」


菜浪は、周の通学用の鞄に括り付けられている、青い石がはめ込まれたアクセサリーを指さして言った。


「ああ、つけない理由もないから」


「ふーん」


菜浪は満足気な表情をして、言葉を続けた。


「ねえ」


「ん?」


「私、ほうちゃんに伝えたいことがあってさ。今思いついたというよりは、前からそうだったんだ」


「なにさ?」


「私は、今のほうちゃんをすごく心配してるし、それに、ずっと味方だし」


珍しく少し口ごもりながら、徐々に言葉をつなぐ菜浪。


「あのね・・」



―菜浪がそう言った瞬間、周の体が小刻みに震えだし、そして甲高い金属音とともに、


「―っ!」


「ほうちゃん!どうしたの!?」


周の体は徐々に透明になっていった。

周は意識がぼやけて不鮮明になっていく中で、何とか声を上げた。


「わからないっ!菜浪!」


「ほうちゃん、どうなってるのっ!!だめ・・っ!」


菜浪は今にも泣きだしそうな表情で、小刻みに震えながら徐々に姿を喪失していく周に、懸命に手を伸ばした。そして、周の腕を必死に掴むと、


振動が菜浪にも同期し、菜浪の体も同じくして色を失っていった。


意識が消えゆく中で、周は菜浪の目を強く見据えて言い放った。


「離れろ・・!菜浪まで・・、だめだっ」


しかし菜浪は腕を離さなかった。今の自分ができる最大限の覚悟をもって、決意をもって周の目を見て腕を掴み続けた。


そして二人は消えた。

甲高い金属音も止まった。


後に残されたのは夕焼け。周が見てきた世界とは不釣り合いに清々しい黄昏の空だった。







森だ。

背の高い緑の木々が生い茂る森。周はそこに倒れていた。


「・・・ん・・」


徐々に周の意識が焦点を取り戻してきた。目が開き、木々の隙間から差し込んだ光が直撃して視界が開けない。

しばらくして、焦点が合ってくると、


「・・森か?」


ここはどこなのだろうか。

周は体を起こそうとすると、自らの体にえらく違和感、まるで何千年もの永い眠りからある日突然目覚めた時に感じるかもしれないような違和感があった。内臓が絞られているような感覚。自分がここにいるべき存在ではないような、世界から拒絶されているような感覚。とにかく気持ちが悪い。


少し時間が経つと、今にも嘔吐しそうな感覚は落ち着いてきた。周は体を起こした。


「鳥羽!おい、鳥羽っ!」


周は上半身だけを起こした状態で、必死に周囲を見回した。


「鳥羽!いないのか・・おい!」


公園で菜浪と話していると突然体が震え、自らの身体が消失しかけていたとき、菜浪が腕を掴んできた。そして、振動と消失が菜浪に同調した。それは確実に見ていた。この「現象」が菜浪と一緒に発生していたはずだ。一緒に飛ばされたのではないのか。そばにいるのではないのか。


それに、ここはどこだ。森なのは理解できるが、一体どこだ。日本か?日本ではないどこかなのか?

周は植物には詳しくなかったが、周囲の木々をみると、今まであまり見たことがないような葉を持つ樹木もあるようだ。それを見た瞬間、周は直感的に、自身の身にとんでもないことが起こったのではないかと悟った。


途方に暮れたが、周は、手にあるものが握られていることに気づいた。

鞄に付けていた石のアクセサリーだ。ストラップがついている。菜浪との思い出そのものだ。


そして、石はほのかな熱を持ち、うっすらと光り輝いていた。


「これは・・」


「鳥羽!」


石を見て、その熱、その光を見て、菜浪が一緒に「飛ばされてきた」ことを確信した。


菜浪を探そう。絶対に。



―そう決意した周の目の前に、黒き異形がいた。


影のような色を持つ人型の異形は、黒紫の息を吐き出しながら、周に向かって少しずつ歩みを進めていた。


周の背筋は凍り付いた。


「なんだってんだ、これは・・」


周の体は、瘴気とも殺気とも取れるのかわからない禍々しい氣に対し、素直に反応した。


逃げよう。逃げないと、死ぬ気がする。

菜浪を見つけて、菜浪が周に伝えようとしていた言葉、それを聞き出すまでは、死ぬわけにはいかない。


周は気持ち悪さをこらえて走り出した。

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