第六話 俺は今日も働く
俺が学校行くようになりだして部活に入部し、バイト時間が前より大幅に減った。
その分、宍粟と一緒にいる時間のほうが多くなった気がする。
自分でも気づいていなかったが、思い返すといろんな場面に彼女の笑顔と怒った顔が浮かぶ。宍粟はなんで俺なんかと一緒にいるのだろう。境遇が似ているから、なのか?
それはともかく、今日は久々の長時間バイトなのだ。土日はバイト時間を長くしてほしいと宮前主任に頼んでいたので、がっつり七時間勤務のシフトにしてもらった。さぁ、今日もがんばりますか!
俺の働くバイト先は食品スーパー【タナカ】という名前の店舗だ。地域密着型のローカルスーパーで他県にはないスーパーらしい。俺の地域のほかにも隣町に何店舗かあると店長から聞いたことがある。地域密着型なので、ほとんどのお客さんがご近所の人だ。毎日くる常連客も多い。年齢層は午前中は老人が多く、夕方は若いお母さんや仕事終わりのおじさんたちが多い。今日は朝の十時からシフトに入っている。初めての朝勤務だ。
俺はシフトを確認し、店長に挨拶をしてレジへと向かった。
「おはようございます、主任」
「おっはよー! なんか樹くんが朝いるってなんか不思議な感じだね」
「自分もそう思います」
レジをみてみるとすでに出勤しているパートさんがレジを打っていた。初めましての人がほとんどだ。どうしよう、少し緊張する。
「あーそっか、初めて会うパートさんいるよね? 大丈夫! お昼からくるパートさんと大差ないから!」
なんの大差だよ、主任。おばさまたちは少し怖いんです。実は、怖いんです。
「とりあえず、挨拶はしときな? しなかったら後で私にいってくるから」
そうだよな、接客業の基本だもんな、挨拶しておこう。そうすれば解らないことは聞けるし。
俺はレジに入る前にすでにレジに入っているパートさんに挨拶をした。
「あーあなたが噂の樹君? はじめまして~!」
「あらかわいい、よろしくねっ」
なんだろう、え、主任なにか俺の話したの? 噂ってなんだ?
疑問を抱えながらも俺は自分のレジに入る。このスーパーのレジは店員がスキャニングをし、お客さんがお会計をするタイプの【セミセルフレジ】と、スキャニングも金銭授受も店員がするタイプの【通常レジ】が存在する。今日はセミセルフレジの当番だからお金に触ることがほとんどない。スキャニングをするだけという簡単な作業なのだ。お客さんにはよく「お前らが楽するためにこのレジにしたんだろ?」とクレームっぽいことを言われたことがあるが、実際このレジのほうがスムーズにお客さんが流れていくように俺は思う。金銭授受をしている間の待ち時間に次のお客さんは待っているわけだからその時間が短縮されるのだ。お店側にもお客側にもメリットがあっていいと思う。俺は気合いを入れて、休止板を外しお客さんを迎えた。
「樹君、かなり良くなってきてるね? 何かあった?」
ニコニコしながら、というかにやにやしながら主任は俺のレジにやってきた。お客さんが途切れたところを見計らってきてくれたのだろう。周りをきょろきょろ見渡しながら休止板を立てた。
「特に、ないですけど。あ、友達はできました。あのーこの間一緒に買い物にきた宍粟」
「…ともだち、なの?」
「はい。え? 友達ですが、え?」
「いやいやいやいやいやいや~詮索しないよ~うんうん~そうか、そうかよかった~」
何がよかったんでしょうか主任。俺に友達ができたことでしょうか? 俺そんな悲しい奴にみえてたんですか、主任。
「じゃあそうだな~今笑顔できる? せーのっ」
にぃーの口で俺は笑顔をだしてみた。前より頬の筋肉が柔らかく感じれた。
「おおお!! できてるできてる! 前より全然いいよ! 樹君!」
いやいやほめ過ぎでしょう、主任。そんなに褒められると調子狂いますって。
「今日さ、レジしててお客様からありがとうって言われる回数多くなかった?」
「…そういえば、今日はなんだかいいお客さんばかり並んでいた気がします。男女問わず」
「それはね、樹君が笑顔を出せているからなんだよ。人間って鏡みたいなもんだから、自分が笑顔だと相手も笑顔になる。逆に自分が不機嫌だと相手も不機嫌になる。相乗効果ってやつだね」
ああ、それわかるかも。相手が笑顔だとつられて俺も笑顔になる。そういうことか。
「笑顔で接客しないといけないというのはそういう理由が含まれているんですね」
「そうっ! 深いでしょ? でも実際そうなってるから間違いではないと思うの。明るい人のところには明るい人が集まる、そういう感じ」
主任がにぃーって笑顔で話しかけてくると俺まで笑顔になる。本当に主任は教えるのが上手い。感心する。本当に主任は凄い人だ。
「では、その顔で作業再開!」
主任は休止板を取り、並んでいるお客さんを誘導した。今の俺にはやる気が満ちている。
「君、高校生? 頑張ってるね」
「あなた打つの早いわね、感心するわ」
なんでだろう、今日はやたら褒められている気がする。
ていうか褒めらる回数が多い。
「ありがとうございます!」
感謝の言葉を毎回いうけれど、今日はなぜか気持ちが入る。
楽しくなる。働くってこんなに楽しいんだな。
七時間勤務の時は一時間に休憩が必要になる。
十四時から休憩になっていたので、パートさんに休憩に入ることを告げて休憩所へと向かった。
休憩所には店長とグロッサリーのチーフと主任がいた。
「樹君お昼? ここおいで」
主任が手招きしてくれた。俺はお昼ご飯にと自分でお弁当を作ってきていた。
「千屋実、お前がつくったのか?」
そういってお弁当の中身をのぞいてきたのは店長だった。
ここの店長は見た目はかなり若いのに年齢は五十代。頭髪もまだ黒く、薄くはなっていない。俺にとって理想の歳の取り方だ。
「へぇ~千屋実くんって弁当つくれんの?」
ハンバーガーをかじりながら話しかけてきたのはグロッサリーチーフの妹尾さん。主任と同期らしいが、年齢は主任より四つ年上らしい。チーフもどことなく若く見えるせいで、俺の同級生と変わらないように思える時がある。
「はい。料理は昔から分担してやっていたので、なんでも作れます」
「だったらさ~試食会手伝ってくんない? 売りたい商品が売れなくてさ~」
「妹尾くん、それはまず私に話を通してくんない?」
「あーはいはい。でもマジで売れなくて困ってんだよ、やっぱ味とかわかんないから手を出しにくいのかもしれないんだけど、どうしたら売れるか考えてるんだよ~」
そのあと店長が数字の話を妹尾チーフにしてきたので俺はその話について行けず、ご飯を食べ始めた。
「でも、そうか。樹君のこの料理センスなら、試食しておばちゃんたちの胃袋ゲット…売れないものも売れていくかもしれない。うん、いいかも…」
主任はぶつぶつ言いながら腕を組んでいた。
この光景は学校では見れない光景、会話だ。少し新鮮。大人の世界にいることが苦痛ではない俺にとっては心地よい空間だった。
そのあと昼休憩を取り終わり、残りの四時間も前半に負けずレジ打ちをした。
後半戦もなにかと褒められることが多くて、今日は占いで一位でもとっていたのかと言わんばかりにいいこと尽くしだった。達成感があった。褒められることをしている、その報酬が給料に反映される。そう、俺はこうやって稼ぐやり方が一番やりがいを感じる。自信にもつながっていく。
「樹君お疲れさま~」
七時間勤務が終わり、タイムカードを押して帰ろうとしたとき主任に引き止められた。
「お疲れ様です」
「今日さ~サービスカウンターにいたんだけど、買い物おわったお客様からレジの男の子がレジ打つ速さがとても気持ちよかったよって言ってきたよ。今までクレームは言われること多いけど、お褒めの言葉を直接いわれにくるのって滅多にないから、私が笑顔でありがとうごさいます! って言っておいたから」
自分のことのように嬉しくなったのだろうか、主任、本当に二〇代なんだろうか、宍粟を彷彿させる笑顔をとてもかわいいと思ってしまった。
「でね、樹くんが頑張ってるとほかのパートさんも頑張ろうってなるんだって! いい刺激になってるみたいで主任の私としては嬉しいよ」
「いや、もとはと言えば主任の教え方が上手いんですよ、こちらこそ感謝したいぐらいです。この店で働けて良かったと思ってます」
あの時店長がレジ係をしてほしい、なんていわなかったら俺は黙々と何も話さず商品を並べるだけのそれこそロボットになりかけていたかもしれない。だから店長にも感謝だな。
「男の人がレジ係なんて~って最初思ったりもしたけどね。うん、樹君だから潤ってるのかもしれないな~私もパートさんも」
「…どういう、意味で?」
「ううん、なんでもない、なんでもない! 明日も七時間なんだから早く帰ってゆっくり休んでね」
「はい。ではお疲れさまでした」
俺は裏口から店をでた。
俺たち高校生はあと二年のしないうちに就職する人がいる。進学する人より早く社会に出る。そのとき自分のしたい仕事につけているだろうか、仕事を好きになれるのだろうか、そしてその報酬に価値は見いだせるのだろうか。俺は今のバイトで十分な気がした。実際のところ、このスーパーでバイトをする前はいろんなバイトを掛け持ちしていた。でもそれでは体を壊してしまう。一番の財産をなくしてしまったら元も子もない。そう思って一つに絞った。
お金は欲しい。あればあるほど欲しい。だけど、そうじゃない。たまたまあたった宝くじでもらえるお金を俺は果たして喜んで受け取ることができるだろうか? 喉から手が出るほど欲しいその大金を俺は心から喜んで受け取ることができるだろうか?
前の俺なら受け取るだろう。お金のためなら何でもする。そう思っていたから゜。
だけど、学校に行くようになって、部活動に入り、面白おかしな人たちに出会った。
その時間はお金では買えない。時間は、どんなに大金を手にしても買えることができないんだ。
バイト先からの帰り道、俺はそんなことを想いながら夜空を見上げた。
星がきらきらと輝いていた。