第五話 バイト三昧の俺が手料理をもてなす
さて、今夜のご飯は何にしようか。
バイト先のスーパーに仕事以外でも立ち寄ることはある。バイトが終わったあとに買い物もするからほしい商品がどこにあるかわかるからだ。ほかのスーパーにいってみろ、売り場をいったりきたりだ。なんで俺のところと配置が違うんだよ、関連商品は関連づけてならべとけよ、と思っていたが、そこはそこの店の策略があるのだとグロッサリーのチーフから聞いた。
【グロッサリー】とは加工食品、要は乾物類や菓子など賞味期限の長い商品の担当のことをいう、らしい。品出しや売り場整理、発注などしている。その部門の主任をグロッサリーチーフと呼ぶ。時々商品のことで尋ねられて解らない事があれば呼び出しをすることもある。チーフにかかれば売り場案内はもちろんいつ入荷もすぐに返答できる。結構広い売り場だが、全商品を把握しているなんて凄いなと思う。
「で、今夜はなににするの? ちやみくん」
「んー、あっさりしたものにしようかなと…ってなんで宍粟がついてきてんだよ」
「え? ごちそうしてくれるんじゃないの?」
「いつ誰がそんなこといった?」
きょとんと首をかしげながら宍粟はこっちをみる。
「部活見学付き合ってくれたお礼にご飯ごちそうするっていってなかったけ?」
言ってないだろ、え、言ってないよな? 言ってない、たぶん。
俺は自信がなくなってきた。宍粟が言っていることが冗談に聞こえないからだ。マジで言っている。え、俺ほんとにそんなこといったのか?
「で、なにしてくれるの?」
もうこれは本当か嘘かわからないし宍粟の言う通りお礼も兼ねるのもしたかない。俺はそのことを受け入れて今夜のメニューを考える。
「おまえは何が食べたいんだ?」
「んー、グラタン!」
なんでそんな手の凝るようなしかも初夏の時期にグラタン? 冬じゃないのグラタン?
「私好きなの~グラタン」
いやいや好きなのはいいが、暑いときに熱いものを食うのか? そこに疑問があるのだが。でもすでに宍粟の手にはグラタンの素があった。
「その代り時間かかるぞ? お前こそ門限いいのか?」
「うん。私も片親だから。連絡していれば大丈夫だし」
ふと、空気が変わったように思えた。そんな風に見えなかったからだ。宍粟も、俺と同じなのか。゜
「どっちと住んでるんだ?」
「私は母親。でも看護師だから勤務時間バラバラで時々すれ違うのよね~」
宍粟はグラタンに入れてほしい具材を探しながら話す。
「ねぇねぇグラタンにハンバーグのっけようよ!」
なんだよそのお子様ランチ的なメニューは。それこそさらに時間がかるぞ、おい。
「ハンバーグ作る時間もいれたらさらに時間かかるぞ、いいのか?」
「いいのーいいのー♪ ちやみくんの手料理が食べれれば~♪」
嬉しそうにいう。でもどことなく寂しそうな、そんな気がした。だから俺は否定しない。宍粟が食べたいというなら少し時短できる手法で作ろう。そう思った。
具材を買い終わりレジに並ぶ。そこには主任がいた。
「あら、あらあららら~? なになに? どゆこと~?」
最高の笑顔でお出迎えと最悪な茶化しが入った。主任、顔がニコニコではなくにやにやになってます。
「この子俺のクラスメイトで部活紹介してもらったんです」
「どうも、宍粟ですっ。いつもちやみくんがお世話になってます」
宍粟がぺこりとお辞儀する。いや、いつお前が俺の世話したよ、って今日だけだろ。
「いえいえこちらこそ愛想があまりない息子ですみません~」
いやいやいつ俺が主任の子供になったんだよ、なんだこのおばさんたちの会話みたいなトークは。
二人は顔を合わせてクスクスわらった。俺は合計金額をみて、いくらになるかその金額に合うお金を所持しているか財布の中身を確認した。
「で、何部にはいったの? 樹君は」
主任はレジを打ち終わり買い物袋を付けながら質問した。手際よすぎて早すぎて俺は慌てた。
「あ、なん同です。こいつに誘われて」
「あー!! そうなのー! うんうん、いい、いいよ! 宍粟ちゃんさすが!」
あれー? 褒めるのそっち?
「いえいえ、とんでもないですっ」
「私も秋風出身でなん同出身だからOBになるねっ何か解らないことあったらきいてねっ」
「そうなんですか! すごい、世の中の狭さを感じます、ありがとうございます!」
なんだろう俺からみたら主任と宍粟は似ているように思えた。このほんわかした雰囲気。だからなのか宍粟と初対面でもすんなり話せたのは…。
「はい、樹君、お金お金~次の人がまってるよ~」
俺は慌ててお金を出す。今回は小銭を探す手間が面倒なのでお札だけにした。
「では、先に」と主任がお札を数えて返す。数えるスピード、返す時のお札を少し広げての相互確認。いつもは見れない場面だから俺はじっとみてそれを受け取る。
「残り、レシートと」レシートの上に硬貨のお釣りを順番通りに並べて間違いないか相互確認。小銭は自動で排出される。それをいつの間にか順番通りに並べられる技は主任、いまのところあなたしかみたことがありません。恐れ入ります。俺はぺこりと軽く会釈をし残りのお釣りを受けとる。
「ありがとうございます、次のバイトでお待ちしております~」
にこにこっと何か意味ありげに笑顔で対応された。それをみて俺も軽く笑顔になる。
「あの人、レジのベテランさん? めちゃレジ打つの早かったね!」
俺たちを茶化してい間にすべて打ち終わり袋の準備までできていたから宍粟は驚いていた。
「凄いだろ、レジ主任の宮前さん。俺の師匠だよ。レジでの接客のいろはを教えてくれる人」
「そんでもってなん同の先輩。ほんと凄いな~。縁、ってやつだね、ちやねくん」
俺たちは買い物を袋詰めし、かごをかご受けに返した後主任に会釈をしてスーパーを出た。
よくよく考えたら、俺、自分ちに他人をしかも女性を招き入れることが生まれて初めてだったと玄関の鍵を開けているタイミングで気づいた。これはどういう状態だ? あ、お礼、お礼をかねてのご飯のごちそうだ。うん。そうそう。
「どしたの? ちやみくん」
「…い、いやなんでもない。どうそどうぞ」
「おじゃましまーす」
男二人の生活だからものが何もない。必要最低限のものしかない。
俺の家は2LDKのアパートだ。入って扉を開けると対面キッチンがある。机に買い物をしたものをおく。
「そこ座って。飲み物用意するから」
「あ。お、おかまいなく」
なにやら宍粟がすこしぎこちなくいう。緊張、しているのか? やめてくれ映るだろ。
「なんか、似てるかも」
ぼそっと宍粟はいう。なんだろう学校にいるときとはテンションが違う。さっき店にいるときに感じたあの空気感がよみがえっている。俺は冷蔵庫から麦茶をだしコップに注ぎ宍粟に渡す。
「ありがとう。…私の家もこんな感じなんだよね~こんなに広くないんだけど、アパートにお母さんと二人で住んでて。夜は特に外も静かだし暗いから…」
少し遠くからカエルの鳴き声が聞こえてくるぐらいで、あとは音がない。テレビをつけなければ耳がツーンとするほどの静けさだ。その感覚は俺もわかる気がする。
そのあと宍粟は俺が料理をする姿をじっと見ていた。少しは手伝ってほしかったが、これはお礼を兼ねていたんだと思い出し、待ってもらうことにした。
宍粟の第一印象は凄い明るい元気なかわいい女子だった。
話しかけやすい印象もある。まだ知り合って一日目だ。そんな子を今自分ちに来て料理をもてなす。この展開ってどういう状況なのだろう。宍粟は一体俺のことどう思ってるんだろう。俺は具材を煮込みながら考え込んでいた。
「ちやみくんに初めましてなのが今朝っていうのが不思議なんだよね~それより前から知っているようなそんな気分になる」
宍粟が急に声を掛けてきた。俺の心の声でも聞こえてたのかといわんばかりに同じことを言った。
「確かに不思議だな、初対面の人を家に招くなんて俺にとって凄いことなんだが」
「図々しかったかな?」
「いや、むしろ、感謝かな」
「感謝?」
「ご飯は一人で食べたくないから」
寂しさが増すだけだと母親を亡くしてから感じていた。父親がいるときは一緒に食べるけど、そうでない今日みたいな日は一人テレビに話しかけながらご飯を食べる。少しむなしさが残る。
「うん、うんうん!! 私もそうだよ! ご飯は一緒に食べたいもんね」
にこにこ嬉しそうに頬杖をしながら宍粟はいう。宍粟は明るい部分の裏に寂しさを隠している子なんだと感じた。そうか、寂しいから俺とご飯が食べたかったのか。
「それならそういえ、俺も父親が夜遅いときは来ていいから」
「え、ほんと?! 男に二言はないよ? ほんとに?」
宍粟はうれしいのかおどろいているのか動揺しているのかどうしたいのか解らない動作をしながら、でも目はキラキラさせながら俺にいう。
「ただ、変な意味じゃないぞ、お互い、家一人でご飯は嫌だっていう一致条件のもとだからな」
「わーい! やたー!」
宍粟は万歳の格好で満面の笑顔をみせた。
そのタイミングでチーンとオーブンから音がした。グラタンの出来上がりだ。
「はい、ハンバーググラタン」
アツアツのお皿からグラタンのクリーミーなにおいと湯気がでている。俺にしてはうまく作れたほうだ。本来なら素を使わず、一から作りたかったが、時間の都合上、仕方ない。ハンバーグも出来上がったものをただ焼いて乗せただけの代物だ。だが、宍粟は嬉しそうによだれがたれそうな顔で出来上がりを見ている。今度はもっとおいしいものを作ってあげたくなる。
「おいしそー!! いただきます!」
「熱いから気をつけろよ」
俺の分も机に並べてエプロンを外し、座る。
「いただきます」
「…うまぁ~! このブロッコリーのほくほく感がいい…!うまぁい!」
あついのでゆっくりたべていた。汗が出そうだ。こんな蒸し暑くなる時期にグラタンだなんて。だけど、宍粟が美味しそうに食べているとそんなことすら忘れてしまう。本当においしそうに食べてくれる。
「母親もさ、仕事してたから、料理は分担して俺もしてたんだ。それでいろんなもの作れるようになってきて、今ではそれが役に立ててる気がする」
「お母さんは、その病気かなにかで?」
「うん、突然。だから何がおこったのかどうしてそうなったのか受け入れるのにかなり時間がかかった。いまはもう受け入れてるんだけど」
「そう、なんだ。私のところは離婚。うまくいかなくなっちゃってね、私が小学3年のころかな? 父親が女作って出てったの。無責任もいいところよね」
クスクス笑いながら宍粟はいう。笑い話じゃないだろ、宍粟。本当はお前…
「でもねでもね、その分お母さんが私のこと大好きでいてくれるから、私もお母さんのために頑張ってる! 掃除も洗濯も! 料理だけは…ちやみくんみたいにうまく作れないけど…」
「料理は慣れだよ。食べてくれる人が上手いって言ってくれたらそれが得意料理になる」
「そっか~じゃあちやみくん、今度は私がつくるね! そしてもし美味しかったら…」
宍粟はスプーンをおいて口に少しついたグラタンのクリームをふき取り俺のほうを見た。
どきっとした。宍粟の頬が少し赤みかかっていた。
「…ほめてくれる?」
「もちろん。美味しかったらの話だけどな」
「あーもー! ひどいコトいうー! 絶対美味しいの作って得意料理にするんだから!」
「そしたら母親に食べてもらえよ、きっと喜ぶ」
「…そう、だといいな」
宍粟はふふっと笑ったあと残りのグラタンを食べ始めた。
「今日は突撃晩御飯のごとくお邪魔してごめんね、今度は大きいしゃもじもってくるからね!」
「ヨネスケかよ、いらないいらないそういうの」
「あはは、でもおいしかった! ごちそうさまでした」
「こちらこそ、洗い物してもらって助かった」
「そういうのはお互いさまでしょ?」
宍粟は靴を履き終え玄関を開けた。
「送ろうか?」
「ううん、大丈夫! 私の家、実は近くなんだよね~あのスーパーも時々買い物いってるし」
「そうなのか? 知らなかった」
「といっても夜が多いから、ちやみくん夜バイトしてなかったでしょ?」
確かに昼間勤務が主だった。…ん? なんでしってるんだ?
「じゃ、また明日学校でね!」
「あぁじゃあな」
今日は一日刺激的な日だったなぁと思いながら部屋に戻る。
静かな空間がそこにあった。
さっきまで明かりがともっていたのに、その光が暖かさが消えていた。
いつもそこにいたのに、そこにあったのに、突然なくなるもの。
「俺、寂しかったのかな」
宍粟が帰った後の部屋に一人。いつもの静けさなのに、なぜか心細く感じた。
一年前のあの状況のようだ。
忘れかけていたのに。忘れていたかったのに。
明かりはいつか消えてしまう。そばにずっとあるという保証はない。
だから、なくてもいいように、一人でも大丈夫と、言い聞かせてきた。
こんな日は早く寝よう。
そう思って俺は明日の準備と洗濯をし、風呂に入って
早めに床についた。