第四話 バイト三昧の俺が部活に入部する
秋風高校には本当に変な部活が多い。
この部活の成り立ちはきっと同好会や愛好会が部活とになってしまっているものが大半なんだろう。学校が決めたものではない、生徒たちで作り上げた場所なのかもしれない。教室以外でのコミュニケーションのツールとして。入部必須の理由が少し解ってきた気がする。自分の好きなことを同じ熱量で頑張る仲間が集うのはモチベもあがるものだ。バイト先でも主任が頑張っていたら俺も頑張ろうって思う。
まだレジ打ちが不慣れなとき、主任はこういってくれた。
「レジ打つのって難しいのよ。正解がないからね。自分ではいいと思っていてもお客様にとってはしてほしくないことがあったり。でもそんな中でもお客様にお褒めの言葉をいただくと、がんばろってなれる。楽しくなってくる。それが慣れてくるとだんだん感覚でわかってくるものなのよ。だから、今はいくら失敗してもいい。経験になるから」
主任にもきっと俺みたいに不慣れな時があったんだと思った。いろんなお客さんからクレームだって受けただろう。がみがみ言ってこられたこともあったんだと思う。俺からみれば完璧なレジ係だと思う。でもそれは
経験が積み重なって出来上がった姿なのだ。そういう人が笑顔を絶やさず仕事をしている姿をみると、モチベが上がる。バイトも部活も何ら変わらないんだな。
「次は~アフレコ部? いってみる?」
「いや、うん。いいや、お前のいう【なんでも同盟部】見学したいかな」
宍粟は目をキラキラさせながら、にかぁーと笑う。
まるでお菓子を買っていいを許しをもらった子供のようだ。
「うんっ! いこいこ! 部長にもちやみくん紹介したいし! リコちゃんもなん同部員なんだよ!」
なんだ、あのおしるこ女子こと神代さんも部員なのか。どうりで宍粟と一緒にご飯食べるわけだ。あの性格は宍粟と真逆だと感じた。その二人が仲がいいことに違和感があったが、なるほど。
「なん同の部室は三階の奥なのー!」
宍粟は嬉しそうに人差し指を上に向けた。一番遠いじゃないか、すべての部室の一番距離がある場所。なんでそこなんだよ。
「行き来するだけで、運動部と大差ないな」
「慣れだよ、慣れ!」
宍粟は終始ウキウキ気分だった。なぜそんなに俺をなん同に入部させたいのだろうか。
やっとついた三階の奥の教室には看板は掲げられていなかった。まるで誰もいないような、何も活動していないような。先ほどの針金研究部とはまったくと言っていいほど雰囲気が違う。
「失礼しまーす!」
ガラッと宍粟が扉を開けると、そこには教室と同じ机と椅子があり、机は左右に二列くっついてならんでいる。その二つの机が向き合ってくっついている。その分椅子もあった。女子たちが昼ご飯に机くっつけてお弁当食べているときにみる配置だ。
そこに一人、教室の窓から差し込む夕日がその女性をライトアップさせているように見えた。
栗色の長髪で頭のてっぺんにおだんごをつくっている。夕日に当たってとても綺麗。その人は座って本を読んでいた。
「いらっしゃい梢ちゃん。どうしたの? 男連れで、めずらしい~」
その人は本を閉じて机に置いたあと席を立つ。すらっとしたスタイルに太もものところまであるハイソックスがまたその人の色気を増している。宍粟や主任とはまた違う、これは美女だ。
「私のクラスのちやみ…じゃなくてちー…なんだっけー」
だから覚えろよ宍粟。俺の名前はちやみじゃない! と言いつつお前の呼び名は定着してきているが。
「漢数字の千と屋根の屋、実るの実で千屋実です。初めまして」
俺は宍粟にもわかりやすいようにその美女にご挨拶をした。美女だから。
「千屋実くんね。私はこの【なんでも同盟部】部長の城根遥です。3年です」
ニコリと笑いながら握手を求めてきた。緊張する。こんな美女に。…なんか横から視線を感じるけど。
「今日は見学にきました。…このなん同、なんでも同盟部はどんな活動を?」
美女部長の手は俺の手から離れていった。あとなんかいい匂いもした。さすが美女部長
「ここはね、要は人生相談や恋愛相談、いろんな人の悩みを解決する万事屋みたいなところよ」
あれ? この説明どこかできいたぞ俺。
「ちやみくん、私がちゃんと説明したはずだけどぉ~?」
なにやらすこしお怒り気味の声で宍粟がいう。そういえば言っていたか、な?
「実はねこの部活、私の両親が創立したの。もともとの部活ではなくて個人的に相談室を設けていたみたいで、それを部活にしたのが私の母親。先生にも公認されている、本当の相談室なのよ」
カウンセリングルームみたいなものか。でもいったいどんなことをしているんだろう。
「まぁあれだよちやみくん! 校内で起きた事件や怪奇事件も解決していく部活だよ!」
おいおい、趣旨かわってないな宍粟? 怪奇事件起きたらそれは違う分野だろ。オカルト部のやることじゃないのか?
「とにかく、何かあれば生徒たちはここへきて悩みを語っていくわ。要は礼拝堂みたいなものよ。神様はいないけど。きれいどころはそろえているつもりよ」
部長、自分でいいますか、凄い自信ですね。ちなみに宍粟もはいってるんですか、それ。
「ところで男子生徒は、いないんですか?」
「いるけど、運動部と掛け持ちの子が大半かな。この部活は人脈も必要だから。この狭い空間だけの世界だと救いたい人も救えないでしょ?」
部長は髪の毛の先を指に絡めて離してを繰り返していた。
「ちやみくんの場合はさ、バイト先での人脈を作ってるし、努力する人をほっとけないと思ったんだよね。下積みというか、頑張っている人を応援したいというか、頑張りたいってなるような人なんだと私は思ったのよ!」
突然宍粟が俺の分析をし始めた。確かに、頑張っている人をみると俺も頑張ろうと思えてくる。笑顔の人の横では笑顔になる。その笑顔の奥側を知っているからなのかもしれない。
「バイトしながらも部に所属できるんですか?」
「もちろんよ。いま梢ちゃんが言ったようにいろんな方面からの人脈は必要だからね。そう考えたら千屋実くんは必要な存在かもしれない」
部長からの太鼓判をもらって俺は少しうれしくなる。隣から睨みつけられているような目線を感じるが。
「悪くないと思うんだけどな~。ちやみくん、いつバイトはいるかわからないぐらい働きたいマンじゃん? でもこの学校は入部必須だし、リコちゃんが言った通り、今から入ろうと思ったらついていけないと思うし、その分なん同は何も始まってないし、終わってもない。始めるならみんな同じスタートラインに立ててる。どう? いいと思わない?」
宍粟は俺の右腕を持ちながらぶんぶんふる。やめてくれ右腕がもげる。
「梢ちゃんの言う通りかも。なん同なら形だけでも入部ってできるし。参加したいときに参加する形でも大丈夫だし。どうかな? 千屋実くん?」
美女部長とかわいいとは認めたくないけどそれなりにかわいいクラスメイト女子にキラキラした目で俺を見ながら推してくるので、俺は抵抗できなかった。てかできないだろう、この状況!!
「…はー、はい。解りました解りました! じゃあ入部、します。その代り本当にあまり部室に顔をのぞけないかもしれませんよ? 活動に参加できるかどうかわかりません。夏休みはほとんどバイトをいれようと思っているので」
「そんなこと心配してるの? 真面目だね~」
クスクスと宍粟は笑う。なんだよ、真面目で悪かったな。
「では、入部届を書いてもらっていいかな?」
俺は席に案内され、部長から入部届を渡され記入した。
「はい、確かに受け取りました! あらためてようこそ、なんでも同盟へ!」
部長はうれしそうに笑う。年上なのに少しかわいらしさが残る。それだけでも入部した甲斐があるなと思った。
そうこうしている間に外は暗くなっていた。時計をみるともう19時だ。
晩御飯を買いにスーパーによらないと。
「俺、そろそろ帰ります。家のこともしないといけないので」
「私は部室の戸締りして帰るから、二人は先に帰って。お疲れさま」
俺と宍粟は一緒に部室を出た。
「なーんか、ちやみくんの鼻の下のびてないー?」
「はぁ? んなわけあるか。あんな美女みればときめかないわけないだろ」
「その言葉、矛盾しているように思えるんだけど~?」
さっきから少し怒っているように聞こえる。どうしたんだ宍粟?
「まぁ~部長は美人さんだし、部長目当てでなん同に入部した男どもはたくさんいたけど~ちやみくんもその一人なんだね~」
「そんなわけないだろ。部長目当てで入ったわけではない、俺都合だ。入部必須で融通がきくから」
「…でもそんな簡単な理由でもし今後メンバーとしているなら…」
宍粟は俺より一歩前に出て振り向く。ドキリとした。いつもと違う、笑顔がそこにない。
「部長が守り続けてきたなん同がちやみくんにとって都合のいい部になっていくんなら早いうちに退部してね」
入部しろだの、退部しろだの、お前こそ言っていることがちぐはぐだぞ。
でも宍粟の顔は本気だった。寧ろ怖さを感じた。真剣にいっているんだ。
そしてふとおもった。俺は半年前に同じことを言われたことがある。
「樹君がお金ほしいのはわかる。でもそのためにだけで接客しないで。相手はお客様。人間だから」
そう、宮前主任に初めて接客に対して注意されたときの言葉に似ている。
だから俺は恐怖を感じた。それは、俺が俺の心が小さすぎるということを痛感したからだ。
「ああ、本当に自分に合わないと思ったときは退部する。でも俺にとって努力が報われる活動ができたら、続けていくよ」
バイトもそうだった。入りたての時はよくお客さんに愛想がないだの、打ち間違いが多いだの、よく言われた。でもそれでもお金は入ってくる。努力なんてしなくてもたっていればレジを打っていれば時給が発生している。と。でもあまりに接客態度が悪かった俺に宮前主任は一対一で話をしたことがあった。お金のためだけに働くなら接客業は向いていないと。ものをつくるだけならロボットでもできると。ではなぜレジに人がたつのか、それは人のぬくもりを思いやりを与える場所だからだ。ロボットにできないことをスーパーの最後の場所でそれを与える。笑顔で迎えて笑顔で見送る。それがお客様への満足度をあげて売り上げにつながるんだと主任は熱く語ってくれた。こんなバイトの分際に。でも俺の心に凄く響いた。相手の立場を考えてレジを打つようになった。助けてほしい人には手助けをした。声を掛けるタイミングがあればかけてみた。間違いが多かったから改善をしてみた。すると、だんだん楽しくなる。主任から褒められることも多くなる。常連のお客さんが俺のレジがいいといってくれる。最終的には店長からも今までの学生バイトで一番いいと褒められた。接すること、思いやること、これはロボットにはできない。「人」だからでることなんだ。そう実感した。その月にもらった給料は今までで一番うれしかった。少し多かったのもあるが、ただレジに立っているだけの期間の給料より価値があると思えた。
もちろんお金はほしい。そのためならなんだってするし、何時間だって働く。
でもそれだけじゃない、何か努力して、何か評価されて、その対価としていただける給料。
俺はそれがほしいんだ。
もしかしたら、このなんでも同盟部でも同じ気持ちが味わえるかもしれない。
「そっか、ならよかった! でも、先にいっとくけど部長、彼氏いるから」
「…そりゃいるだろうな、あんな美女」
宍粟はきょとんとしたあととびきりの笑顔になった。
その笑顔見れるなら、たぶん俺はなんでも同盟部をやめることはないだろうと心の隅で思っていた。