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氷の侯爵様は我にかえり、虹髪の魔法使いは悩む


 私の名は、ランベルト・フェルザー。

 世間では『フェルザー家の氷魔』などと呼ばれ恐れられる存在である。

 若い頃は冒険者として武技を磨いてきた私だが、フェルザー家の当主となってからは感情を押し殺し、たとえ身内であっても国のためならば闇に沈めることも辞さない覚悟で生きてきた。

 それが当然だと思っていたのだが……。


 私が氷魔ではなく人としての感情が生まれたのは、ひとえにユリアーナという愛らしさの権化、この世の至高ともいえる存在と出会えたからだ。

 常に「氷のように冷静沈着であれ」というフェルザー家の掟に反し、我を忘れて進めていた自覚はある。

 そしてそれが「いつから」だと問われれば、自分の身に魔法陣を刻んだ時だろう。


 生きとし生けるものすべてにおいて、魔法陣を刻むという行為は禁忌とされてきた。

 自分の行動に驚いたものの、心のどこかでは「私ならばやりかねないだろう」という確信に近い何かを感じている。

 私にとってユリアーナは唯一であり、最愛なのだから。

 それにしても……。


「さすがに、溺愛が過ぎたという自覚はある」


「そうか、気づいたんだな。それならば良かった」


 精霊界において記憶乃柱ログラインと呼ばれるものに触れたユリアーナは、世界の『理』を修正したらしい。

 それによって滞っていた流れが正されたというのを、今、ペンドラゴンから報告を受けているのだが。


「やりすぎたと反省はしているが、後悔はしてない」


「そうか、やはり元々のやつだったか」


 納得したような顔のペンドラゴンに苛つき、つい睨んでしまう。

 これまでの「やりすぎた」行動を反省している私は、ユリアーナから距離を取ることにした。

 巷では年頃になった娘から「お父さんが鬱陶しい」などと嫌われることがあると聞いたからだ。

 正しくは聞いたわけではない。記憶乃柱ログラインから流れてきた情報だ。

 私が落ち込んでいることに気づいたヨハンも、学園で「思春期の娘がとる行動」について情報を集めてくれている。さすが我が息子だ。


「それで……どうだった?」


「何?」


「何? ではない。アレの様子だ」


「アレって何?」


「貴様……分かって言っているだろう」


「当たり前だろが。お前、嬢ちゃんを何だと思ってんだ」


「唯一だが?」


「そんな食い気味に返してくるなら、本人にも言ってやれってんだよ!」


「……嫌われたく、ない」


 呆れた様子のペンドラゴンを睨みつけながら、私は精霊界での出来事を語る。

 世界の理についてはペンドラゴンの一門でも調べていたらしい。

 情報のすり合わせをしながら、この件に関してはアーサーも交えて話し合いをするべきだという結論に達する。

 そしてユリアーナの処遇についても、私自身が考えていたことを提案してみることにした。








 俺の名は……まぁ、虹髪のペンドラゴンといえば、その界隈では有名だと思う。

 鳥のおいちゃんでも、虹髪の魔法使いでもいい。好きなように呼んでくれ。

 ただ「おししょ」は勘弁な。この呼び方は、俺の唯一の弟子である嬢ちゃんだけの特権なんだ。


 魔法使いとして国でも指折りの能力があると自負し、何が起こっても動揺しないと思っていた俺だが、さすがに世界の『ことわり』が動いた時は王宮にいる師匠のところに駆け込んだよ。

 この国以外でも、大きな魔力を持っている奴らは気づいたかしれないな。


 いやぁ、驚いた。

 まさかそれが友人ランベルトの娘であり、俺の弟子であるユリアーナが主導で起こしたこととは……まぁ、少しは予想していたんだけど。嬢ちゃんならやりかねないだろうから。


「それで? お前の体調は? 記憶がうまく繋がらないとかあるか?」


「たまに記憶がハッキリしていない部分もあるが、自分が何をやったのかは理解できている」


「あー、なるほど。そりゃ恥ずかしいな」


「愛ゆえにだ。いたしかたない」


「お前、今も恥ずかしいな」


 いやいや、確かに俺も奥さんに好き好き言う。でも、コイツみたいな堅物が真顔で「愛」とか言うなんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだけど。


 そんなやり取りをしながらも、俺は友人ランベルトの体内を巡る魔力を診ていく。

 透き通るようなアイスブルーは、前回会った時と同じ流れであることに安心する。小さく息を吐いた俺は、決定的な事に気づいて愕然とした。

 ほんのわずかではあるが『色』が違う。


 ありえないことだ。

 魔力の色は人それぞれで、同じ色でも明るさや鮮やかさが違ったりする。

 その色は生涯変わることはない……はずなのだ。


 もう一度、目の前にいる友人ランベルトを視る。

 輝くようなアイスブルーは、前回もう少し「くすんで」いたはずだった。


「そうか。そういうことか」


「何がだ?」


 ランベルトの行動について行き過ぎていた部分があった。しかしそれは、本当にわずかな魔力への侵食だったのだろう。

 まるで桶に入っている水の中に、一滴だけ落とされた葡萄酒のように。その一滴により、桶に入っているものは『水』ではなく『葡萄酒が一滴入った水』というものになる。

 それを元に戻すなんて、ほぼ不可能に近いことだと思うが……嬢ちゃんは成してしまったんだろうな。

 なにせあの子は、神の域とされる世界の『ことわり』をも変えたんだ。


 わずかに震える自身の体に気づかないふりをして、俺はランベルトを真っ直ぐに見る。


「お前に刻まれた魔法陣にあった『ハイイロ』と、王宮の牢にいる『ハイイロ』とは、同じように見えて違うものだ。陣が解除されたことによって放たれたものは、元の場所へ還っただろうってのが、ペンドラゴン一門の見解だ」


「そうか。ならば良かった」


 解除した嬢ちゃんに何か起こったらと心配して、俺を呼び寄せたんだろう。

 俺が心配しているのは、嬢ちゃんよりも友人ランベルトのほうなんだけどなぁ。


「なぁ、お前の考えは分かるけど、ちゃんと嬢ちゃんと話したほうがいいと思うぞ?」


「……うむ」


 その「うむ」は、了解じゃないやつなのを俺は知ってる。

 あえて報告はしてないけど、泣く前の嬢ちゃんはただ不安そうだった。


 嫌われたくないから距離を置こうとか、お前は本当に嬢ちゃんを……。


「はぁ……嬢ちゃんの今後の話も含めて、アーサーと話さないとな」


「うむ」


 やれやれ、どうしたもんか……。



 

お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ランベルト様〜、嫌われたく無いだけでしたのね。無用な心配ですわ。思いっきり抱きしめて差し上げて〜 笑
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