83、背中ばかり見る幼女
人間たちが住む世界と精霊界とでは、時間の流れが違うように感じる。
精霊界で一年いたとしても、元の世界では数日だったりするのだ。
「そこは、きまってないの?」
「きゅ!きゅきゅ!(うむ!決まっておらぬ!)」
精霊界から出ると決まってから、お父様の行動はとにかく早かった。
契約した精霊に有り余っている魔力を渡し、精霊界から出る「ドア」を作らせたのだ。
このドアを使えば、どこからでも精霊界にある精霊の家に飛ぶことができるらしい。
そう! これは『どこ(から)でも(精霊界限定で出入りできる)ドア』なのだ!
括弧書きになっているのを削除してはならない。絶対にだ。
「きゅー(その発想はなかった)」
「おにいさまと、あったらいいなって」
「きゅー(なるほど主が発端か)」
「むぅ……おとうさまったら……」
今の私たちは森を歩いている。お父様の作らせたドアさえあれば精霊界に行けるようになるけど、まずはお屋敷に帰らないと話にならない。
そして私は、あれからずっとお父様と直接会話が出来ていない。
「父上の代わりを務めることができて、兄は嬉しい」
「おにいさま……えへへ」
精霊界から出た途端、幼女の姿に戻ってしまった私。
背中を見せたままブリザード吹かせている状態のお父様を見て、歩きづらい森をどうしようか途方に暮れていたところ、お兄様に抱っこしてもらうことになった。お父様のブリザードはさらに強くなった。なんでやねん。
「あのご様子は、まるで以前の父上のようだ」
「そうなのですか?」
「周りから恐れられる『フェルザー家の氷魔』であることが、当主としての役割だ」
「そう、ですか……」
「しかし、以前と同じではない。父上は私たちのことを考えてくださっている」
そう言って、先を歩くお父様の背中を見て、目を細めるお兄様はわずかに微笑んでいた。
うん。確かに前と同じじゃないみたい。
出発前、こっそりお兄様が話してくれたのだけど……。
お父様の再婚話で、暴走した私が家出をした時、お兄様に家督を譲ったという流れは「なかったこと」にされていた。
なぜなら王様が泣いたからだ。
それはもう、ガチ泣きだったそうだ。
嫌々ながら王様業?をやっているのに、なぜランベルトだけ悠々自適の隠居生活を送ろうとしているのだと、泣きながら駄々をこねたそうだ。
守ろう! 王様のイメージ!(by家臣たち)
「父上は、こうなることを分かってらっしゃったのだろう。もし学園で学びたいことがあるならば、無理に飛び級することはないと仰ってくれた」
そうだよね。いくらなんでも、お兄様が当主になるのは早すぎだよね。
前を歩く、お父様のすっと伸びた背中を見る。
「じゃあ、わたしは……」
「ん? どうしたユリアーナ?」
「なんでもないでしゅ」
久しぶりに噛んだ恥ずかしさよりも、ただなぜか、お父様の背中から目が離せなかった……。
ああ、数年ぶりくらいに帰ってきたと感じる!
お屋敷のまわりに広がる庭園と、大きな門の前には家人たち勢揃いで出迎えてくれた!
これはテンションが上がりますな!
「おかえりなさいませ、旦那様」
「うむ」
代表してセバスさんが挨拶していて、お兄様と私にも微笑んでくれる。
癒し……癒しですぞ……。ロマンスグレーの癒しは万能です……。
「旦那様、何か必要でございますか?」
「いや……ヨハン、私は登城する。あとは頼むぞ」
「はい。父上」
「ベルとうさま?」
「……ゆっくり休んでおくように」
こちらを見ているはずなのに、なぜか目を合わせてもらえない。
冷たく吹き荒ぶブリザードに、セバスさんは笑顔が固まっているくらいだけど、マーサや庭師さん達がぶるぶる震えている。
「旦那様」
「……うむ、行ってくる」
どうやら魔力が漏れていたようです。
報告を急ぐとのことで、馬を出したお父様が去った後、セバスさんが笑顔のまま詰め寄ってくる。
「ヨハン坊っちゃま、ユリアーナお嬢様、お着替えをされましたら、お茶をご用意いたしますので」
「わ、わかった……」
「あい……」
尋問ですね? 了解です。
もちろん全部吐き出させていただきますです。はい。
軽く湯浴みをして、こざっぱりした私とお兄様は尋問……じゃなくお茶の時間を過ごすことに。
そして目の前には、キラキラ光る虹色の髪と、もっふもふの羽毛マントを身にまとった美丈夫がおりまして。
「それで? 嬢ちゃんは何をやらかしたんだ?」
「な、なんのことかしら、ほほほ」
「ユリアーナ、さすがにその誤魔化しかたは酷いと思うぞ」
苦笑するお兄様は、お師匠様に向けて一礼する。
「父上に刻まれた魔法陣は、無事解除されました」
「そうだろうな」
さすがお師匠様、すでに存じてらっしゃるとは。
「当たり前だ。あんなに『理』を弄っておいて、何もなかったわけがあるか」
う、心を読むとは卑怯な…!
「ユリアーナ、しっかりと顔に出ているだけだ」
なんですと!?
「まぁ、世界が動いたことを知っているのは、俺か俺の師匠くらいだけどなぁ……」
そう言いながらも穏やかな笑みを浮かべたお師匠様は、椅子から立ち上がると私の近くまで来た。
そしてそのままヒョイっと抱き上げられる。ふぉ、羽毛がもっふもふぅ……。
「お前、だいぶ無理をしただろう?」
「……へいき、です」
「平気なわけがあるか。確かに嬢ちゃんは強い魔力を持っているけどな、ただのちっぽけな人間なんだ。不安だったろう」
「……ベルとうさまの、ためだもん」
「そうだな。偉かったぞ」
「……あい」
羽毛のマントを少しだけ濡らしてしまったけれど、お師匠様は怒ることなく、ただ優しく背中を撫でてくれた。
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