81、影となり影となるのも楽じゃない
活動報告にお知らせがあります。
『えいっ』
思い切って、灰色に汚れた自分の手をブチッと切り取る。
魔力で構成した体だから痛みはないけれど、他の人が見たらこれスプラッタだよね。
フヨフヨ浮いている残骸を、新しく作った「手」でぺぺッと散らす。
『うーん、創作なんてドロドロした何かで出来ているとは思っているけど、さすがにこれは嫌だなぁ』
頭を抱える編集者と、満身創痍の作家から溢れるモヤモヤした灰色のもの。
そうか。これが「負の感情」というものか。
異世界で魔力というものが見えるようになった私ならば、この世界で動く異質な力も見えるということ。
いや、違う。
異世界でも、こういう感情や力はあるはずなんだ。なぜ私が気づかなかったのかって、それは……。
『守られて、いたから?』
そうだ。今見えている「負の感情」に囚われている前世の私と今の私の違うのは、守ってくれる人がいるかいないかってところだ。
『お父様、お兄様、お師匠様、モモンガさん、オル様、ティア、セバスさん、マーサ……たくさんの人たちが守ってくれている』
ひとりで生きなきゃダメだって思っていた。
親もいつかいなくなって、弟たち家族の世話になるわけにもいかない。
だから私は誰にも頼らず、ひとりで生きなきゃって思っていたんだ。こんなに灰色のモヤモヤが出ているのに、たくさんたくさん頑張って……。
『ん? ちょっと待てよ?』
感傷にひたっていた私は、灰色のモヤモヤが何かに吸い込まれていくのに気づいた。
担当編集者のモヤモヤまで取り込んでいる、それは……。
『ノートパソコン?』
そうだ。私は記憶乃柱がノートパソコンの形に見えていた。
つまり鍵になるのは、これってことなんだけど……。
いや、まだ引っかかっている。
自分が見逃しているというよりも、たぶん見たくないというか、どうしても認めたくないものがここにあるような気がする。
目を細めて、じっくりとノートパソコンの画面を視る。
モヤモヤに遮られているから、何度も魔力の手を使ってはブチッとちぎり、使ってはブチッとちぎるのがアレだったけど、なんとか「視る」ことができた。
そこには、お父様に再婚話が舞い込んできて、耐えきれなくなったユリアーナが家を出る場面が書かれていた。
『ああ、そうか、そういうことだったんだ』
私が転生した世界は、私の書いた小説の世界だった。
ただし。
その小説は途中から『娘を溺愛する担当編集者のドロドロな思い』と『イケメンに無条件で甘やかされたい作家』という、灰色もモヤモヤに満ちた世界になっていたのだ。
『道理でおかしいと思ったんだよね! 魔法陣を自分の体に刻むとか冷静沈着なお父様はどこにいったんだって思ったし! 私も家出してどうするんだって感じだったし!』
謎は解けたとばかりに明るく元気よく宣言したものの、ヘナヘナと崩れ落ちる私。
『でもこれ、元凶は私と編集さんのせいってことじゃん……ここに取り込んだモヤモヤが、あの世界で『ハイイロ』の力になったってことじゃん……じゃん……』
ジワジワと自分の体に感覚が戻ってくるのが分かる。
目を開ければ、いつの間にかベッドで寝ていた私。ここはどこ?
枕もとに小さな紫がぽすんと落ちてくる。
手のひらサイズの人型モモンガさんだ。
『主、目覚めたか!』
「おはよう、モモンガさん。どれくらい寝てた?」
『数刻ほどだ。先に氷の親子が目覚めたのだが、主人を床に寝かせておけぬとここに移動したのだ』
「良かった! お父様とお兄様は無事だったんだね!」
『うむ、ただ尋常じゃないほどうなされていた主を見て、さっきまで氷がオロオロしておったがな』
「……すごくすごく大変だったからね」
灰色に汚染されていく編集と作家両名を、私の魔力で包んでは散らし包んでは散らしと、わんこ蕎麦のようにこなしていたのだ。
何とかモヤモヤしたものが見えなくなったと思いきや、今度は欲望の赴くままに書き上げた作品を修正することになった作家が悲鳴をあげることとなる。
「あっちの世界でモモンガさんの言う『異質なもの』を散らす技術は得られたけど、今度は作品……ええと『世界の理』を直さなきゃいけなくなって」
『なるほど。それでうなされていたのだな?』
「それもあるけど、そもそも私は『修正』とか『改稿』とか『リテイク』って言葉が大嫌いなのよ。直すくらいなら新しいものを作ったほうが何倍もマシだもん」
『む? ならば新しいものを創れば良かろう?』
「それは絶対にダメ。お父様とお兄様だけじゃない、モモンガさんもいなくなっちゃうかもしれないんだよ? この世界を壊さないように気をつけながら直したの。めちゃくちゃ疲れた……」
私という人間は、常に「やれば出来る子」だと言われていた。
だからまず、外側からのアクションとして「やる気を起こす」ってところが重要になってくるのだよ。
『主の魔力、かなり減っておるの』
「うん……あっちには魔力がないから、自分の中にあるのを使うしかなくて』
編集と作家にたかっていた『ハイイロ』を散らし終えた私は、魔力で身体を作り出し、時には通りすがりにアドバイスをするダンディなオジサマとなり、時にはファストフードに集う女子高生になったりと忙しかった。
なんなら作家の代わりにキーボードを叩いたりした。
あちらでは一週間は過ぎていたはずだけど、こっちで数刻しか経っていないことにホッとした。
別の世界に私はいたのだから時間の流れは違うだろうなって思っていたけど、こっちで一週間寝たきりとか洒落にならないからね。
「で、お父様とお兄様は?」
『もうすぐユリアーナが起きると伝えたら、何か食べ物を持ってくると慌てて部屋を出て行ったぞ』
「……そっかぁ」
ちょっと寂しいなと思ったけど、相変わらず優しい保護者たちにほっこりとした気持ちになるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
活動報告にもあげましたが『しりてん』書籍化します。
タイトルも変更となりますので、しばらくは旧題と合わせて表示されるので「長い!」と思われるかもしれませんが、やれやれしょうがないもちこだなと笑って許していただければ幸いです。
これからもがんばりますので、よろしくお願いいたしまっする!




