75、それだけでいい幼女
かなりバタついててすみません。
サイドステップを踏みつつ、パラパラと手を動かして踊っていたモモンガさん(人型)。
『ふんっ! ふふふふんっ! ふんっ! ふぁいあっ!』
小さな手足を懸命に伸ばし、ビシッと決めポーズをすると強い風が吹いてきた。
すると一気に霧が晴れ、日の光と鳥の鳴き声が戻ってくる。
『これで精霊界に入れる。それと、主に伝えておかねばならぬことを思い出した』
「なぁに?」
『精霊界に入ると我は本来の姿に戻る。ここでの姿は仮であるからな』
「しってるよ。もっとおおきいのでしょ?」
『大きい……それはまぁ、間違いではないのだが。精霊界に入れば主も姿が変わると思われるぞ』
「姿が? 毛玉、まさかユリアに危険が?」
ふぉ、急に寒い。
お父様落ち着いて! モモンガさんが冬眠しちゃうから!
『落ち着け氷の。危険も何も、精霊界ほど安全な場所はないのだぞ』
「なら、何があるんだ?」
お兄様までブリザードが! 遺伝? 遺伝なの?
モフモフの毛先を凍らせたモモンガさんが、ブルブルっと体を揺さぶって叫ぶ。
『落ち着け氷ども! 主が本来の姿になるだけだ!』
本来の姿?
ふわっと浮き上がったモモンガさん(人型)は、私の肩に乗ると耳元で囁いた。
『主の魂を形作っている姿になると言うておる』
魂を形作っている? たましいの、かたち?
『今の姿から変わるかもしれんということだ』
ど、どどどどどうしよう!?
私の魂って、ほぼ前世の私がメインになっているよね?
つまり精霊界に入った私は、このフワッフワな美幼女から、前世の疲れたアラサーにミラクル☆マジカル☆チェンジしてしまうってことになるってことになるってこと!?(超早口)
『落ち着け主よ』
無理! 落ち着けるわけがない!
お父様から離れる言い訳として、恥ずかしげもなく「おしっこ!」と叫んでしまうくらい動揺しまくっている私が、どうやったら落ち着けると言うのか。
でも……慌ててもしょうがないんだよね。
ここまで来ちゃってるし、私がお父様と行動を別にするわけにもいかない。
あの拗れた魔法陣が発動しちゃったら、何が起こるか分からないのだから。
「よし、おちついてないけど、はらはくくった。でもこわい」
『我々精霊は外見よりも魂を重視するのだ。まさかここまで主が取り乱すとは……すまない』
「うん、まぁ、しょうがないよ……」
どうしよう。
私が何よりも恐れているのは「私の本来の姿」になったことで、お父様に嫌われることだ。
しょうがないと言ってても体は勝手に震えてくる。
『主……』
くよくよしてても何も解決しない。
ここまで来たんだ。
「こんじょうで、やるよ!」
そしてあまり長くここにいると、心配したお父様が来ちゃうから花摘もサクサクすませるよ!
一歩踏み出した私たちの目に飛び込んできた色は「白」だった。
地面も森の木々も真っ白なのに、空は青い。いや、空が青いのは普通か。
私たち四人が足を踏み入れた途端、鬱蒼としていた森の風景から一気に変化したのは驚いた。ここが精霊界……なのかな?
お父様とは手を繋いでいる。
抱っこされてる時、急に大きくなったら困るからね。
『ここは人の世界で言うところの、エントランスのような場所だ』
……てゆか、この人は誰?
『我は我だ! 主よ!』
冗談ですよ。
掌サイズだった人型モモンガさんが、すっかり大きくなりましたとさ。
真っ白な長い髪と肌、服も真っ白だけど目だけ紫という手のひらバージョンからアダルトバージョンになったモモンガさん。とてつもない美青年になっている。
お父様もお兄様も美形だけど、それよりも作り物のような感じだ。
『人型のほうが便利だからな。手もあるし』
どうやら別の姿もあるもよう。モフモフだったらぜひともモフらせていただきたいものですなぁ。
「その姿……ユリアーナなのか?」
驚いているお兄様に私は首を傾げる。
手を繋いだままのお父様を見上げてみるけど、相変わらずの無表情でいまいち状況がつかめない。
『ほう、主の本来の姿は、そういう色なのだな』
へ? 色?
ぼんやり考えている私の前に、するんと鏡が現れる。
『主、自分の魂の姿を見てみよ』
クリーム色の肌に薄茶色の瞳。
まっすぐで長い黒髪。
どこか懐かしい凹凸の少なめな目鼻立ちに、思わず鏡に張り付く私。
何だ? 何だこれは?
「これが、私?」
姿が変わっていることに気づかないのは当たり前だ。
お父様とお兄様に向ける私の目線の高さ、全く変わってないんだもん!
「なんで!? 確かに姿は変わってるけど、ちょっと成長したくらいって……」
『なぜと我に問われても困る。それは主の魂の姿。ありのままを現したもの』
「でも、私……!!」
思わず口を押さえる。
この姿になった私を見たお父様が、何も言ってくれないことに気づいたからだ。
「あ、あの、ベル父様?」
「……」
無表情のまま口を開かないお父様。
どうしよう、やっぱり姿が変わるなんておかしいんだ。
だってお父様とお兄様は変わってないし、魂の形なんて言われても「なんだそれ」って感じだろうし……。
どうしよう。
嫌われたくない。
甘やかされなくてもいいから、せめて……。
「私」を否定しないでほしい。
ひとりうつむく私の横で、お兄様が静かに語りかけている。
「父上、ユリアーナは、やはり……」
「……うむ」
ずっと無言だったお父様が重々しくうなずくと、ふわりと私を抱き上げる。
え、なに?
「古き言い伝えにある、伝説の『太陽の姫と宵闇の姫』のようですね」
「うむ、蜂蜜色の髪と対をなす黒髪の美しさ……ユリアーナは外見だけじゃなく、魂も愛らしいのだな」
その伝説どっからきたの? そんな設定あったっけ?
「この姿も絵として残しておきたいですね、父上」
「前と同じ絵師に頼むか」
待ってくださいお父様。いつ絵師に私の絵を描かせたんですか?
あ、目をそらした! さては私が嫌がると思って黙っていましたね!?
もう!!
なんか、もう。
……嫌われなくて、よかったよう……ふえぇ。
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