72、深淵を覗かない幼女
いや、忘れたらダメなやつだった。
あんな困ったちゃんでも、一応この国の王女なのだから。
「ベルとうさま、おうじょさまは?」
「……王女?」
いやいやお父様、忘れるの早すぎですから。
「……あ、シャルロッテ」
そして王子、お前もか。
「きゅきゅ!(しばし待て!)」
私の肩から風をまとって、ふわりと浮き上がるモモンガさん。前はもっと早く飛んでいたけど、最近は低速飛行をおぼえたらしい。
風の精霊に無茶振りしたら出来るようになったと言ってたけど、そんな芸人気質の精霊、なんかイヤだ。
ふわふわ向かった先にいるのは、泣きべそかいてるオレンジとピンクの女の子。
ちょっとツリ目な美幼女は、派手派手しいピンクのドレスのせいで全体的に残念な感じになってしまっている。
私もファッションセンスがいいわけじゃないけれど、蛍光に近いピンク色ってどうよ? そもそも染色とかどうやってるんだろう?(異世界あるある)
「どうしたの? モモンガさん」
「きゅっ!(何か残っておる!)」
「ひっ、こっちにくるな!」
王女様は動物が苦手みたい。
アレルギーとかなら申し訳ないと思ったけど、モモンガさんは精霊獣だ。
以前「この体は精霊の力で形を作ったものである! 精霊獣に抜け毛なぞないわ!」と怒られたことがあるし。
アイドルはトイレ行かないみたいな理論だなぁと思ったのは秘密だ。
「きゅ! きゅきゅ!(ここか! ここなのか!)」
「なにをする! やめよ! いたいいたい!」
「きゅ! きゅ!(これでもか! これでもか!)」
王女様の頭に張り付いたモモンガさんは、前足で顔をベシベシ叩いている。いつものテシテシとは違って、かなり痛そうだ。
「大丈夫か? シャルロッぶふっ」
「なぜわらう!」
肩を震わせて笑う王子に、怒り心頭の王女様。
私はお父様の胸元をぽすんと叩く。
「ベルとうさま、かがみを」
「うむ」
氷の魔法で作られた鏡っぽいものを受け取った王子は、顔が映るよう王女に向ける。
「いやあああああ!?」
王女さまのお顔に、たくさん付いているモモンガさんの肉球スタンプ。(薄紅色)
「きゅー(これでしばらく保てばいいが)」
「だめだったの?」
「きゅきゅ(この人間は心根の闇が深いのだ)」
どんな人間にも闇の部分がある。
魔獣はそういう負の部分から生まれるのだけど、多くの憎しみに囚われた人は魔獣化することがあるという。そうしたらもう、戻れなくなるんだ。
「ベルとうさま、おうじょさまはたすけられる?」
「陛下には伝えておこう」
お父様の美しく整った顔は無表情のままだけど、わずかに眉をしかめているのが分かる。これはたぶん、困っている時の顔だ。
基本的にお父様が嘘をつくことはない。だから、私に出来ることだけを言ってくれたのだと思う。
王女様も「あの人」のようになってしまうのだろうか。
もしかしたら、私も……。
「ユリアは大丈夫だ」
「ベルとうさま……」
「どのような事があろうとも、ユリアには私がいる」
キュッと抱きしめられて額にキスされれば、なんだか体が温かくなってくる。さっきまでの不安が嘘みたいに心が軽くなるのを感じた。
「あれはロリ……」
「それ以上はいけない、シャルロッテ」
ふぉっ、人前でごめんなさいっ!
とりあえず、凍らせた『ハイイロの布』は王宮で厳重保管することになった。
燃やすか埋めるかすればいいと思ったけど、これは一種の呪いを振り撒くアイテムみたいで、滅するには「勇者」の力が必要とのこと。
この世界に「勇者」が存在していないということは、負を滅する力が存在しないことになる。
そして、その滅する力は精霊王が与えるものなのだ。
……おや?
「せいれいおう?」
「きゅ?(む?)」
「モモンガさんのところなら、どうにかできるのでは?」
「きゅきゅ!?(むむ!?)」
さてはこのげっ歯類、己の本分を忘れていたな?
精霊界なら、この厄介な布を処理することもできるよね。力が満ち溢れているのだろうからね。ね。
「きゅ…(今回だけだぞ…)」
本当は我はここに存在してはならぬのだとか、ぶつぶつ言っているモモンガさん。
嬉々として精霊界から遊びに来ているくせに生意気なことを。
思いがけず会えた第二王子は、なかなか良い少年だった。
王族に対するモモンガさんの暴挙も許してくれたし、ぴぃぴぃわめいている王女さまを魔法でちょちょいと黙らせていた。
ちょっと気になるところがあったけど、それは解決済みだ。
え? 何が気になったのかって?
それはその……ほら……王子様がやたらお父様に見惚れてたからさ、なんかちょっとだけ気になっちゃって。
や、やきもちじゃないよ!?
「どうしたユリア?」
「なんでもないです!」
帰りの馬車に揺られながら、安定のお父様膝抱っこでぬくぬくしている私は、考えが伝わらないよう必死に心を無にする。
でもこういうモヤモヤみたいなのは、お父様やセバスさんに伝わらないことが多い。この前の家出事件の時も伝わらなかったみたいだし。
なんだろう……この絶妙なさじ加減……。
「そうだ、ベルとうさま。ぎんいろのかみって、めずらしいですか?」
「珍しい方ではある。貴族では確か……ベルトラム伯爵の子がそうだったか」
「なるほどー。かわいいですか?」
「剣の腕はそれなりと聞いている。後継ぎとして申し分ないと伯爵が自慢していた」
「あとつぎ?」
こてりと首をかしげる私。
いやでも王子様は「好きな子と同じ銀色の髪」と言ってたはず……。
「何かあったか?」
「……なんでもないです」
うむ。
私は何も聞かなかった。知らなかった。
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