69、祖父と語らいたい幼女
お父様の言う軽い存在とされる「嫁」と「伴侶」。
もしかしたら私のことを「あの人」と同じだと思っていないという、お父様のアピールなのだろうか。
いやいや、落ち着こう。
前の世界でもネグレクトといった、親が子育てを放棄するような虐待があったけれど、多くの母親は子に愛情を注ぐものだ……と分かっているよ。だから大丈夫だよ。
「ベルとうさま、ユリアーナは、だいじょうぶです」
「……そうか」
どうやら私の気持ちは伝わったみたいで、周りの冷たい空気は通常モードに戻った。
ほっとした様子のお兄様の横で、首をかしげるお祖父様。
「ユリたんは、魔法でも使ったのかぁ?」
「ユリたん……だと!?」
ふたたび殺気立つお父様。
うねる魔力を片手でぺいぺいっと散らし、お祖父様はニンマリと笑う。
「そりゃそうだろう? ユリたんは俺のことを『じぃじ』って呼んでくれよぉ?」
「じぃじ?」
「なぁっ!? これは予想以上の愛らしさっ……!! まさか『炎獄の赤獅子』と呼ばれた俺が、ここまで心を奪われるとはっ……!!」
「……さっさと母の元へ帰れ。暑苦しい」
「老い先短い父親に、なんという酷い仕打ちをするんだぁ?」
ふたたび殺気立つ二人に、セバスさんが深く腰を落として何かを溜めている。
いやいやちょっと待って。
「ベルとうさま、じぃじ、おはなししよう」
ピタリと止まる二人の殺気に、お兄様が取り成すようにデザートをすすめる。
「ほら、今日はユリアーナの好きな果物たっぷりのタルトですよ。父上も、ここの仕事を手伝ってもらうお祖父様に殺気を向けないでください」
「……うむ」
「そう、お前の仕事を手伝ってやるんだ。孫とのやり取りくらいで焼きもち焼くなっての」
ぶいぶい文句を言いながらも、甘いものが好きらしいお祖父様はセバスさんに大きく切るように指示している。かわいい。
すると、目の前にクリームの付いたベリーが差し出される。
「ユリア」
「う?」
「ほら、あーん」
「あーん」
けっこう大きく口を開いたと思ったけど、やっぱりクリームが口の端に付いてしまう。
「クリームが付いているぞ、ユリア」
そう言って、お父様は私の口を指で拭うと、そのままペロリと舐めた。ペロリと舐めた。(二回言った)
「……甘いな」
いやちょっと待ってください! いつの間に愛称がユリアになったのか! そして表情筋が仕事をしていないのがデフォのお父様が、甘々に微笑んでいるのは甘いデザートのせいなのか!
求む!! 詳細!!
パニックになる私をよそに、お兄様はお祖父様にデザートのおかわりを勧めている。
「お祖父様、タルトの他にパウンドケーキもありますよ。こちらもユリアーナの好きな菓子なのです」
「へぇ、これも美味そうだなぁ。酒に漬けた果物が入っているのか」
「セバスが、ワインに合うと教えてくれました」
お兄様が目配せすると、ワゴンの下から数本ボトルを取り出すセバスさん。
「これなら赤だなぁ」
「かしこまりました」
おや、お祖父様はお酒を飲むタイプなのね。
お父様が飲んでいるところを見たことないから、この家はお酒を置いてないと思ったけど……さすがにお客様用に少しはあるよね。
そういえば、モモンガさんはお菓子とかも食べるけど、お酒はどうなんだろう?
私は味と香りが好きだけど、今は幼女なので飲めないぐぬぬ。
「ところで……お祖父様は冒険者として世界を旅してらっしゃるのに、領地経営の仕事もできるなんてすごいです。セバスから聞いて驚きました」
「俺も、そっちは全然だったんだが……うちのに叩き込まれた」
「お祖母様からですか?」
「息子や孫が困った時に、手助けひとつ出来ないジジイでいいのかってなぁ」
「そ、それは、すごいですね」
うん。すごい。
お祖母様も女だてらに冒険者だったと聞いていたけど、もしかしたら……。
「言っとくが、うちのは貴族じゃないぞぉ。ものすごく頭がいい女ってだけだからなぁ」
へー、そうなんですか……などと済まされない案件。
頭がいいからって領地経営の仕事が出来るなんて、ちょっとおかしいよね。
セバスさんのお墨付きってことは、お祖父様は優秀な統治者になれるということだし、それを仕込んだお祖母様はさらにすごいってことに……。
「あの、おばあさまは、どこにいるのですか?」
「ごめんなぁユリたん。ばぁば、ちぃーっと『ハイイロ』を追いかけててなぁ」
「……ふむ。母が動いたのならば、直に殲滅されるだろう」
え、何そのお祖母様に対する、お父様の絶対的な信頼。
「父はともかく、母は優秀な人間だ。ぜひユリアに会って欲しいと思っていたのだが、常に旅に出ていて連絡が取れずにいた」
「先日、運よく連絡が取れまして。旦那様の仕事をヨハン坊っちゃまが請け負うには早すぎましたからね。よき頃合いでした」
そう言いながらセバスさんが紅茶のお代わりを置いてくれる。さっそくいただこうとしたら、カップをお父様に取り上げられてしまう。
あの、ふーふーしなくても大丈夫なので! セバスさんが温度調整した紅茶を出してくれているので!
「ヨハンなら出来るだろう」
「学園生活と両立は、さすがにどうかと思われます」
お父様の中でお兄様が高評価すぎる件。
そんなお兄様は、大好きなお父様に褒められたせいか頬を染めたまま黙ってしまった。かわいい、かわいいよお兄様。
「まぁ、俺は酒と甘味がありゃ働くぜぇ? ユリたん、じぃじは頑張るぞぉ?」
「じぃじ、ありがとう!」
「ハッハァ! 任せておけ!」
これで心おきなく出発できるね!
お父様とお兄様と一緒に、いざ精霊界へ!
「ぐぬぬ、私も貴族の仕事くらい出来るのだぞ……」
「父上にほめてもらえるとは、嬉しい……ふふふ……」
父と兄、置いていこうかな。(真顔)
お読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ精霊界へ……行く前に、お掃除をしておかないと。




