68、つける薬を求める幼女
応接室に戻った私たちが中に入ろうとすると、庭師さんが遮るように前に立つ。
「しばしお待ちを」
中から聞こえてくる尋常じゃない物音にビクついていると、鳥の奥さんが背中を優しくぽんぽんしてくれる。
「あらあら、すっかり頭に血がのぼっちゃってるみたいね」
「お、おにいさまは、ごぶじでしょうか」
「大丈夫よ。うちの人がいるもの」
やがて静かになった部屋のドアを、中からセバスさんが開けてくれる。
おそるおそる中を覗いてみる私は、何事もなかったかのように綺麗な室内に驚く。
おかしいな? さっきガラスが割れる音がしてたと思うんだけど。
「片付けましたので」
「う?」
よく見ると、人もいない……いや、お兄様とお師匠様はいる。
あれ? お父様は?
「父上たちはセバスが庭に放り出した。窓ガラスはともかくテーブルが壊されて、な」
お兄様に言われてテーブルを見ると、さっきと形が違うものだと分かる。
重くて丈夫そうなのに、壊れ……壊しちゃったのね。
そして、セバスさんの逆鱗は家具を傷つけられることらしい。ぶるぶる。
「やっぱり、もう来ちゃってたのねぇ。侯爵様のパパ」
「はぁ……まったく、勘弁してくれ」
ソファーでぐったりとしているお師匠様は、セバスさんが差し出した紅茶を飲み、焼き菓子をガツガツと食べている。これは魔力を相当使ったとみた。
「おじいさまが、きているのですか?」
「おう、窓から外を見てみな」
あ、窓も新しくなってる。庭師さんたちが取り替えたのかしら?
お兄様に抱っこされて、窓から外を見るとお父様と向かい合っている赤髪のダンディなオジサマが……あ、こっち見た。
「ハッハァ! やっぱりなぁ! ありゃまだまだ若すぎるだろぉ!」
「……黙れ」
周囲に威圧と冷気を放つお父様。それを涼しげな表情のまま、手ではらうようにパタパタさせるとブワッと熱気が冷気を散らしていく赤毛のオジサマ。
おお、赤い髪に似合う火属性!!
「おにいさま、あのかたは?」
「あの、赤髪の御仁がお祖父様だ」
ふぉぉ、お父様と正反対って感じだね。
それにしても、なぜお父様はお祖父様と戦っているのだろう。
「そぉーんな弱っちぃ威圧なんざ、通用しないなぁ!」
そしてお祖父様が濃い。
無造作に後ろに流した赤い髪を揺らし、高笑いするお祖父様は「年季の入った美丈夫」という外見をしている。
額に傷があって、無精髭でガタイもいい。某少年漫画に出てくるキャラみたいだ。
気のせいかもしれないけど。
私の考えた設定のキャラじゃないから、好き勝手されている感じがする。
ところで。
「なぜ、おじいさまとベルとうさまは、たたかっているのですか?」
「それは……」
言いづらそうにしているお兄様の代わりに、お師匠様が教えてくれた。
「あの赤髪ジジイは、嬢ちゃんのことを『嫁』とか抜かしてなー」
なんですと?
「いやぁ、悪かったなぁー! 孫だったか! ハッハッハァ!」
「……静かにしろ。ユリアーナが怯える」
いえ、怯えていませんよ。
耳元で突然笑い出したから、ちょっとびっくりしただけで……。
セバスさんの「お嬢様の夕食のお時間です」の一言で戦い終了となり、私たちは食堂へと移動した。
お師匠様ご夫妻は心配そうだったけど、お祖父様が濃すぎて赤ちゃんに変な影響がありそうだ(と私が勝手に思った)から帰ってもらったよ。
お客様が来ているので少し豪勢な夕食を、お父様に「あーん」して食べさせてもらっている私。
さすがに中身はアラサーだし、羞恥心というものは持っているつもりだ。
だがしかし、食欲には勝てぬ。 目の前に美味しそうなご飯があれば、パクついてしまうものなのだ。
なぜか周りの視線が生温かく感じる、今日この頃です。
「すみません父上。私もお祖父様の言葉に乗ってしまって」
「おにいさまも?」
さっきから決まり悪そうにモゾモゾしているお兄様を見て、私はお父様に(安定の)膝抱っこされながら首をかしげる。
「ユリアーナが家を出てしまった時、後悔した。妹の不安を感じ取れなかった自分を責め、このようなことが二度とないようにしたいと考えた」
「おにいさま、ごめんなさい」
私の暴走で、色々な人に迷惑をかけたことは分かっている。
小説の原作に沿おうとした行動について、私しか知る人がいないのだから、さぞかし心配をかけてしまったと今では反省している。
でもまさか、お兄様が自分を責めるほど苦しんでいたとは思ってもみなかった。
「謝らなくてもいい。ユリアーナ、お祖父様のおっしゃったことは、私もかんがえていた。そして近々、父上に提言しようとしていたことなのだ」
「ていげん?」
「父上はユリアーナを手放す気はない。もちろん私も同じ気持ちだ。ならばいっそ、父上の伴侶としておけばよいのではないかと……」
「……ヨハン」
冷たい空気にぶるりと体を震わすと、魔力の流れが私にふんわりくっついているのが分かる。あたたかーい。
「父上、器用なことをしますね」
「ユリアーナに風邪をひかせたくはない」
「なんだぁ? やっぱり『嫁』でいいじゃないかぁ?」
「違うと言っている」
ブワッと広がるお父様の魔力。綺麗な水色が食堂内にみっちりと集まっているのが分かる。
そうだよね。私がお父様の嫁とか伴侶だなんて……。
ぐるぐる考えていると、甘く響くバリトンボイスで包み込まれる。
「……ユリアーナは、私の唯一ですべてだ。嫁だの伴侶などという軽い存在ではない」
「父上……」
「こりゃぁ……重症だなぁ」
うちのお父様が、娘バカですみません。
お読みいただき、ありがとうございます。
早くキリッとしたお父様が見たいです。




