67、できれば平穏を願う幼女
「セバス、遠出の準備を」
「いやいやちょっと待てって。お前の父親が来るんだろう? 嬢ちゃんを会わせてやらないと……」
「必要ない」
「おいっ!」
珍しく常識的?な意見を出すお師匠様に対し、まったく聞く耳を持たないお父様。
二人の会話を呆然としながら聞いていると、お兄様が横からこっそり教えてくれた。
「お祖父様は、少し変わってらっしゃる。だから会わせたくないのだと思う」
「おじいさま……」
これだけはハッキリと言える。
私の脳内に、お祖父様の設定はない……はずだ。(ハッキリ、とは)
「きゅ。きゅきゅっ(待て。我はここでやることがあるから、まだ出発できぬぞ)」
「やること?」
「きゅー?(異質な臭いを見つけねばならぬだろう?)」
そうだった。
高性能モモンガさんには、この屋敷と王宮と、諸々の場所に『ハイイロ』の痕跡がないかを確認してもらわないとだった。
「わすれてた」
「きゅきゅ(仕方ない。主は幼いからの)」
中身はアラサーですが。
「父上はともかく、さすがに私はお祖父様に挨拶をしませんと……」
「ベルとうさま、わたくしもあいさつしたいです」
「ぐっ……!!」
秘儀! 膝の上から幼女の上目遣い!(本日二回目)
お祖父様は、私の中では完全にイレギュラーな存在だ。それを言うなら「私」だってイレギュラーなのだろうけれど……。
いや、落ち着いて考えよう。
お祖父様が居なければ、お父様は存在していない。設定していないからといって「存在しない人間」だと認識するのはおかしいことだ。
なんという恐ろしい思考をしていたのだろう。
私は、自分を「神」のような存在だと勘違いしていたのか。
「きゅきゅっ(主、落ち着け)」
「どうした? ユリアーナ?」
肩に乗っているモモンガさんに頬をテシテシ叩かれ、心配そうなお父様に問われても反応できない私。
やばい。この感覚は、いつかの『魔力暴走』と同じものだ。
深呼吸せねば。
すぅー、はぁー。ひぃー、ひぃー、ふぅー。
「ユリアーナちゃん、しばらくお散歩に出ましょう」
「ふぇ?」
鳥の奥さんが片手で赤ちゃんを抱っこしたまま、空いている手で私をひょいっと抱き上げた。わぁ、力持ちだ。
すかさずセバスさんが、魔法陣の紙をお父様に貼り付けている。
「男どもは、しっかり話し合っておきなさいよ!」
きゃっきゃと喜ぶ赤ちゃんと一緒に抱っこされた私は、変な空気になった部屋から脱出できた。
「ありがとう、とりのおくさま」
「どういたしまして」
「きゅっ(さぁ、屋敷の探索だ!)」
そうだね。せっかくモモンガさんがやる気になっていることだし、気持ちを切り替えて『ハイイロ』の痕跡探しをしますか!
「モモンガさんが、おやしきをたんけんしたいそうです」
「そうねぇ……いいわよ」
鳥の奥さんが目を向けた所に、いつの間にか庭師さんが控えていた。
確かに、お客様を自由にさせるわけにはいかないか。
「ユリアーナちゃんが一緒なら、どこでも自由に出入り出来るけど、護衛は必要だから助かるわね」
あれ? 自由にしてていいの?
「さぁ、こちらの御方も、ご自由にどうぞ」
「きゅ!(うむ!)」
私の肩から飛び降りたモモンガさんは、さっそくあちこちを行ったり来たりしている。
鳥の奥さんは、その姿を微笑ましげに見ながらゆっくりと歩き出す。
「気をつけてね、ユリアーナちゃん」
「きをつける?」
「貴女はフェルザー家だけじゃなく、すべての中心にいるわ。だから、危険に対して敏感であって欲しいの」
さっきまで「私が神とか、とんだ勘違い幼女だった」と反省していたのに、それが正しいかのように鳥の奥さんは言う。
お父様については、さすがに分かっている。お兄様からも嫌われてはいないだろう。
「きけんに、ちかづかない?」
「あの場では言わなかったけど、本当は精霊界にも行かないでほしいの。フェルザー家の『銀』ふたつ揃えば、よほどのことがない限り大丈夫だと思うけど」
「はい。きをつけます」
精霊界は危険なのだろうか。
モモンガさんは「ちょっと駅ふたつ先にあるショッピングモールに行こうぜ!」という感じだったけど。
「きゅー!(主、見つけたぞー!)」
「みつけた!?」
「あら、ここは執務室かしら?」
後ろに控えている庭師さんも何も言わないのを良いことに、鳥の奥さんのふわふわ抱っこからおろしてもらいトテトテと部屋に入ってみる。
すでに「勝手知ったる」といった様子のモモンガさんが、執務机の引き出しを前足でテシテシ叩いている。
「きゅきゅ!(ここから向こうへ伸びておる!)」
向こうと前足が示した方向には王宮がある。 つまり、お父様に関与した『ハイイロ』の痕跡は、王宮へ向かったということだろうか。
「この部屋、ちょっと変な匂いがするわね」
「わかるのです?」
「獣の民なら少しだけ。ほら、この子も変な顔しているわよ」
そう言って腕の中にいる赤ちゃんを見せてくれる鳥の奥さん。
寝ていたと思った赤ちゃんは、鼻の頭にシワを寄せて「ぶちゃいく顔」になっていた。でもかわいい。
「きゅきゅ、きゅきゅ(だいぶ薄れている、急いだほうがいい)」
「いそいで、おうきゅうにいかないと」
「んー、今すぐっていうのは難しいかもしれないわよ」
開けたままのドアから入ってくる冷たい空気、そしてガシャーンとガラスの割れるような音。
「さて、行きましょうか。だいぶ早く着いたみたいだから」
えー、なんかお父様が怒っている予感しかしなくて、ちょっと怖いんですけど。
赤ちゃんの教育に良くないと思いますよ。
「行かないと、あっちから来るだけよ?」
「いきましゅ……」
そりゃ噛むよね。
お読みいただき、ありがとうございます。
赤ちゃんの変顔が好きです。かわゆ。(*⁰▿⁰*)




