6、幼女は氷を理解できない
目の前にいる少年は、お父様によく似て美しく整った顔をしている。
一応ユリアーナも美少女になる予定なんだけど、ここまで完璧な美を全面に持ってこられると、そんな設定はどんどん霞んでいくような気がする。
どんなに外見が美幼女でも中身は私だからね。残念きわまりないよね。
それにしても、お兄様?が固まったまま動かなくなっている。
ちょっと噛んでしまったけど、ちゃんと「おにいしゃま」って呼びかけたのに。
「若様、こちらにいらっしゃるのがユリアーナお嬢様です」
セバスさんが、もう一回言ってくれた。
そうだよね。自己紹介は大事だから、二回は言わないとね。
「ユリアーナです。はじめまちて、おにいしゃま」
やっぱり噛んだ。もう、幼女だから仕方がないってことにしよう。滑舌は日々の発声練習で鍛えることにしようそうしよう。
でもやっぱり恥ずかしくて、顔が熱くなっているのが分かる。ほっぺを手で押さえていたら、ぐっと天を仰いでいたお兄様が深呼吸するとキリッと前を向く。
おお、かわいいかっこいい美少年。
「……セバス、自室へ行く」
「かしこまりました」
あれ? 帰っちゃうの?
カクカクとロボットのような動きで回れ右をしたお兄様は、そのままカクカクと書庫を出て行ってしまった。
「リーリア、おにいしゃま、どしたの?」
「お嬢様すみません。私にも分かりかねます」
だよね。
いきなり来て、自己紹介をセバスさんがしてくれて、何も言わずに帰っちゃったもんね。
でも、考えてみたら兄は正真正銘、父と母の子どもだ。父親が誰とも分からない私とは違う。
もしかしたら、母親が出て行ったのは、私のせいとか思っているのかも……てゆか、そういう風に思っていたとか設定していた気がする。
うわ、ちょっと、これはヤバイ。
ふかふかソファーから降りるのをリーリアに手伝ってもらいながら、セバスさんのところへよちよちと向かう。
くっ、痩せているくせに体が重い。全快したら発声練習と筋トレも追加だちくしょう。
「セバス、セバス、おにいしゃま、おこってたの?」
ここはセバスさんに聞くのが一番の近道だと問えば、彼は穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
「お気になさらず。若様はお嬢様を見てご安心なされたようですから、明日には学園へ戻られるでしょう」
「がくえん?」
「王都にある王立学園です。お嬢様も10歳になれば通われると思います」
おお、そういえばそんな設定もあった。
貴族の子や才能のある子が通う王立学園には寮がある。お兄様は家から通わず、寮生活を送っているのだ。
ちなみにユリアーナは10歳になる前に家を出て、師匠に弟子入りし、早々に冒険者として活躍しちゃうんだけどね。
とりあえず、お兄様イベントは終了したらしいので、目の前にある絵本を持ってきてくれたセバスさんに礼を言わねば。
「セバス、えほんありがとう。おもしろかった」
「それは何よりですが……リーリア、お嬢様に読み聞かせたのですか?」
「いえ、私は何も……」
リーリアがお茶を淹れ直してくれて、よい香りがするね。くんかくんか。
「セバス、えほんだけ? ちいさいほんは?」
さっきの文庫みたいな本が気になるのよ。あれはなんだったの?
「小さい本、ですか? すみません、どのような本でしたか?」
「んー? セバスがくれた、ちいさいほん」
これくらいのだと手で示せば、セバスさんは申し訳なさそうな表情で一礼する。
「存じませんね……絵本に挟まっていたのでしょうか。申し訳ございません」
「いいの。だいじょぶ」
むしろ、アレのおかげで文字が読めるようになったのだ。ありがたいことだ……けれども、セバスさんじゃなければ一体誰が置いていったものなんだろう。
「お嬢様、お疲れになったのでは? 部屋に戻りましょう」
むむむと考え込む私を、セバスさんとリーリアが心配そうに見ている。
いけない、いけない。
「うん、そうする。ありがとう」
素直にそう言えば、二人ともホッとしたような笑顔で頷いてくれた。
夕飯を食べ終わって寝る準備をしていると、仕事から帰ってきたお父様と、自室にいたお兄様が部屋に来てくれた。
起きようとすると、やさしく手をおでこに置いたお父様は、その美しいけど無表情な顔をわずかに綻ばせる。
「今日は遅いから、菓子の褒美は明日だ」
「はい」
頭を撫でてくれるのは嬉しいので、ふにゃふにゃ笑っていると、お兄様が物凄い眼力でこっちを見ている。
え、なに、こわいんですけど。
美少年が無表情で目をクワッと見開いてるの、めっちゃこわいんですけど。
「マーサ、リーリア、あとは頼む」
「はい、旦那様」
「お任せくださいませ」
部屋を出て行くお父様のあとを、お兄様がふむふむと頷きながらついて行く。
いや、なんなのそれ。なにを納得したの。
翌朝、見送る私の頭をおそるおそる撫でたお兄様は「また来る」と言って学園へ戻って行った。
だから、いったい、なんなのよー!!
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、フェルザー家の謎に迫ります。(特に謎ではないという謎)