64、おやすみを言いたい幼女
就寝の支度を整えて、お父様の部屋へと向かう。
お父様に貼り付いている魔法陣が発動しないよう、部屋が変更になったそうな。
「この部屋ならば都合がよいという、旦那様のお言葉でして」
「でも、ここのおへや……」
大人が二人寝たとしても余裕のあるベッドに、お父様の書斎に続く部屋は、女性の好きそうな内装になっている。
そう、ここはどう見ても『夫婦の部屋』だ。
「そうです。この部屋は、本来ご当主となられたヨハン様のもの。しかしながら日々、学園と王宮の往復のヨハン様は、当屋敷になかなかお戻りにならないのです」
「おにいさま、おしごと、たいへんです」
「はい。ですので、この部屋は旦那様とお嬢様に使っていただいても、なんら問題ございません」
「なら、よかったです……」
うん。
ぜんぜん良くないけどね!?
だって、セバスさんも「この言い訳は苦しいけど、旦那様の指示だしどうにかそれらしい理由をつけないと、ユリアーナお嬢様が納得しないから」みたいな感じがしているし。
いつもなら隠しているだろう感情が漏れ漏れなのは、きっと色々な意味で疲れているのだろう。
ごめんセバスさん。マジ休んで。
「旦那様が、後妻を娶られることはないと思われます」
「ふぇ?」
「お嬢様は好きなだけ、この屋敷で過ごされても良いのですよ」
「……セバシュ!!」
思わず、潤んだ目でセバスさんを見上げた私だけど、後ろからふわりと抱き上げられてしまう。
「セバス、私がユリアーナに言おうとしていたことを奪うな」
「遅いのですよ、旦那様。しっかりと伝えないと、またお嬢様に家を出られてしまいますよ?」
「……わかっている」
ぐぬぬとなっている、お父様がかわいい。
でも、今になって考えると不思議なんだよね。なんで私は「家を出て行かないと」って考えたんだろう。
物語の整合性をとろうとするとか、それもおかしい。
元々、私は「愛されず不幸続きのキャラ」であるユリアーナを、どうにかしたいと思っていたはずだ。
だから、物語と同じようにならなくても良いはずなのに……。
「どうした? 疲れたのか?」
気づけば、ガウンを羽織ったお父様と一緒に、大きなベッドで寝ている私。
ふぉっ!? いつの間に!?
「だ、だいじょうぶ、です」
「……そうか」
私の頭を優しく撫でてくれるお父様。
心地よい温かさに身を委ねていると、お父様は甘く蕩けるような声で囁く。
「私が、この先、妻を娶ることはない。後継にはヨハンがいる」
「でも……」
「たとえヨハンが家を出たとしても、フェルザーの血は他にもいるのだ。ユリアーナは、ずっと私の側にいればいい」
抱き寄せられた私は、お父様の分厚い胸板に頬をすり寄せる。
ほぼ脊髄反射で、お父様のむっちりとした胸筋と良い匂いをくんかくんか堪能していると、クスクス笑われてしまう。
「お前は、仔犬のようだな」
「ごめんなさい。ベルとうさま、いいにおいがするから」
「……謝らずとも良い」
ふむ。
ということは、お父様の匂いを心おきなく堪能してもいいという言質を……いや、何でもないです。すみません。自重します。
疲れているけれど、眠れない。
もう少しだけ、お父様とお話ししたい気分だ。
「ベルとうさま」
「……どうした?」
「わたしをうんだ、あのひとは、どうなりましたか?」
優しく頭を撫でてくれるお父様の手が止まった。
「……知りたいか?」
「はい」
前世?でも、子どもに愛情を持てない親は存在していた。
幸いにも私の親からは愛情をたっぷり受け、オタクよりとはいえ真っ直ぐに育った。
そんな私が、小説のキャラにこのような設定をつけたのは「ありえない」部分を入れたかったからだ。
そして、分からないまま書いていた。
不思議だったんだよね。
お父様は「氷の侯爵様」なんて呼ばれているけれど、冷たい人ではない。むしろ愛情深いと言っていいくらいだ。
「あれは今、修道院にいる。そこで平穏に暮らしているようだ」
「へいおん……」
「子を生すためだけの結婚をしたことを後悔してはいない。しかし、あれを放置すべきではなかった。すまないユリアーナ」
「ベルとうさま……」
ふたたび頭を撫でてくれるその手は、少し震えている。
でも、私が自我を得たのは魔力暴走の時からで、その前の記憶はユリアーナ自身としてもふわふわとしている。
赤ちゃんの時のように、物心がついていないような感じなのかもしれない。
「あのひとが、げんきならいいです」
「いいのか?」
「はい。わたしは、すごくすごくしあわせなので」
「……優しい子だ」
いや、ぜんぜん優しくないですよ?
今の自分は、あの人からお父様を奪った悪女(笑)みたいなものだし、遠くへ行かされた挙句に不幸になってたりされたら寝覚めが悪いからね。
どっか遠くで平和に生きていれば、それでいいよ。
今思い出した。
そういえば、本当の父親の兄弟だかが隣国にいたんだっけ。
家出するなら、そっちに行くのも手だったのでは……ん? 急に寒気が?
「……ユリアーナ、何を考えている」
「ふぇいっ!? な、なにもっ!!」
「まさか、また家を出るなどと言わんだろうな?」
冷たい空気とともに、何か良からぬものを感じ取った私はブンブンと首を振り、あわててお父様の胸元にしがみつく。
「もう、ぜったいにはなれないでしゅっ!!」
「……ククッ、そうか」
なっ!? もしやお父様、からかったの!?
ぷっくりと頬を膨らませて見上げれば、激レアすぎるお父様の甘い微笑みががが。
「ひきゅっ!?」
「おやすみ、ユリアーナ」
美丈夫が発する色香の直撃を受けてフワフワになったところ、追い討ちをかけるように額に口づけをしてトドメを刺す、容赦ないお父様なのでしたー。
おやすみなさい……パタリ(意識を失う)
お読みいただき、ありがとうございます。
気圧に負けない、強い体が欲しいです。ぐぬぬ。




