62、家路につく幼女
お父様が使った禁呪に『ハイイロ』の介入があったと、モモンガさんは教えてくれた。
私の書いた小説の裏設定が、この世界でもしっかりと動いていることに気づく。
ユリアーナの父と兄は、物語の中で「敵」として出てきたキャラだ。
なぜ「敵」だったのか。
それは、ユリアーナの頼る人間を、オルフェウス君にするため。
オルフェウス君の仲間である、三人のヒロイン。
その中でもユリアーナは、魔法のエキスパートとして主人公を盛り立てるキャラであり、オルフェウス君の「庇護対象」としての役割もあった。
今、私はお父様から庇護されている。
物語の道すじを、私はねじ曲げてしまったのだ。
「いつから私に『ハイイロ』が……? もしや、屋敷に仕掛けがされていたのか?」
「きゅきゅ……(屋敷は我が見張っていたが……)」
「むむ、ならば奴らを捕らえた時か?」
考え事をしていた私は、お父様の言葉に思考の海から浮上する。
やってしまったことはしょうがない。今は目の前のことを、ひとつずつこなしていくしかないと切り替える。
「ベルとうさま、とらえたとは?」
「ユリアーナが森で行方不明になった時、かの者たちを捕らえたのだ。氷づけにして、粉々にしてやろうとしたがマリクに止められた」
こんなことなら粉砕してやればよかったと言っているお父様。
あの、お父様、思い出し冷気はひかえめに……へっきし!(くしゃみ)
となると、タイミング的に奴らがお父様に何かするなら、森の事件の時だったと思う。
だけど、なぜ今頃になって奴らの力が、魔法陣に介入できたのだろう?
「あ、そっか」
魔王教を信仰する人たちが、何を目的として活動しているか。
奴らの望みは、もちろん魔王の復活。これ一択しかないはずだ。
そして魔王とは、負の感情を糧とする存在。だからこそ、魔王を信奉する『ハイイロ』は、人々の負の感情を増幅させるよう暗躍している。
「なるほど。禁呪を使った時の私は、ユリアーナを失うかもしれないという負の感情に囚われてしまったのか」
私の考えを素早く読み取っている、安定のお父様パワーよ。
「きゅ、きゅきゅ?(つまり、負の感情にだけ反応する仕掛けがあるということか?)」
「え、それって、うちだけじゃないってこと?」
「ただそこにあるだけなら害のないものが、負の感情にだけ反応するだと? ……厄介だな」
あ、苦みばしったお父様の顔、すんごく格好いいです。
ところで、お父様にお聞きしたいことがありまして……。
「ベルとうさま、ほんをしらべたいのですが」
「本か? 屋敷の書庫にあるものならば、自由に持ち出していいぞ」
「おうきゅうは、だめですか?」
「ふむ。私が同行するならば問題ないだろう」
「ありがと! ベルとうさま!」
「きゅきゅ……(ただ娘と一緒にいたいだけだろう……)」
呆れたようにモモンガさんが呟いていたけど、私にとってはどうでもいい話だ。
むしろ一緒にいないと心配だから、お風呂トイレ以外は一緒に行動するよ。
「きゅーきゅ!(しょうがないなぁ、我も手伝おう!)」
「ありがとう! モモンガさん!」
お礼にお腹の柔らかい毛をモッフモフにしてやんよ!
「きゅ!(やめい!)」
ティアとオルフェウス君に平謝りする私の隣で、ふんぞりかえっているお父様。
だめだよ! ティアの護衛依頼を途中で投げ出すことになるんだから、ちゃんと謝らないとだめなんだよ!
「ごめんね、ティア」
「いいの。ユーリ……ユリちゃんが、お父様と一緒で幸せそうなんですもの」
「ティアー!!」
ハグするためにティアの胸元へとダイブする私。
ふぉ、これこそ男の夢がたっぷり詰まっている……ぱふぱふやぞ……っ!!
ティアの武者修行は、オルフェウス君が町のギルドで追加要員をゲットしてから再開するとのこと。
オルリーダーも「さすがに、俺ひとりで護衛するってのは無理」とのこと。
誰かを守りながら戦うというのは、すごく大変なんだなって見ていて思った。
うん。見ていただけですが、何か?
オルフェウス君は、お父様に依頼書の内容変更をしてもらい、いつもアロイス君とやっていたように拳同士を突き合わせている。
冒険者っぽくていいなぁ、それ。
「侯爵サマ、これからどうすんだ? 体のほうは大丈夫なのか?」
「私のもとにユリアーナが居てくれるのならば、二度と囚われることはない」
「いやいや、そうじゃなくてな? てゆか、それはお嬢サマにとってどうなんだ?」
「問題ない」
「ダメだろ。問題だらけだろ」
オルフェウス君が華麗にツッコミを入れつつ説明しているけど、お父様は鷹揚にうなずくだけだ。
ダメだこれ。聞いているけど聞いてないやつだ……。
お父様はアロイスとしてオルフェウス君と一緒に活動していたからか、二人の間には「気のおけない仲」という空気が流れている気がする。
ちょっと羨ましい、男の友情みたいなやつ!!
「じゃ、俺は先に帰っているから、お前たちは気をつけて帰れよ。屋敷に帰るまでが遠征だぞ」
「おししょ、おつかれさまですー」
「嬢ちゃんも、お疲れ様だったなぁ」
お父様が元の姿に戻っているから、お師匠さまは少し安心したみたい。
ただ、これを維持するのに私が常時くっついていなきゃなのが辛い。
「おおきい、ませき、さがします」
「ああ、そうだな。そこはランベルトの財力で、何とかなるだろうけどさ」
お師匠さまは、奥様が心配だからと先に「飛んで」帰るとのことになっている。
初めて会った時は、魔法で飛んでヘロヘロだったお師匠様。
最近は奥様謹製の非常食がいい感じにナッツたっぷりで確かな満足を得られるらしく、ガス欠?にはならないらしい。
なんにせよ、お父様と私がお師匠さまに迷惑をかけたことは事実。
ションボリうつむいていると、頭をワシャワシャと撫でてくれるお師匠様。
「おししょ……」
「弟子のために師匠が動くのは当たり前だ。気にするな」
「そうだぞユリアーナ。気にしなくていい」
「ランベルト! お前は友人に対して、もっと気遣いってものをだな!」
ぷりぷり怒るお師匠さまに、首を傾げているお父様。
二人を見て笑っているオルフェウスとティアに、つられて笑う私。
こうして、魔法で飛んでいくお師匠さまを見送って。
ギルドへ向かう、ティアとオルフェウス君を見送って。
「帰るか、ユリアーナ」
「はい! ベルとうさま!」
私はお父様と、ふたりで一緒に帰るのでした。
「きゅー!!(我を忘れるな!!)」
あ、モモンガさん! ごめん!(忘れてた)
お読みいただき、ありがとうございます。
適度な運動とストレッチで、腱鞘炎が良くなってきました。
テレワークの弊害と運動嫌いのせいですね…
次回、帰宅したユリアーナを待っていたのは……
お楽しみに!




