60、断固拒否したい幼女
「さて、説明してもらおうか」
「……何をだ?」
「何を、じゃないだろう! お前、禁呪なぞ使ってからに!」
食堂のテーブルを叩いて声を張り上げるお師匠様。
泣き疲れてぼんやりしていた私が大きな声に驚いてびくりと体を動かすと、優しく背中をぽんぽんしてくれるお父様。
「やめろ。ユリアーナが怖がる」
「元はといえば、お前のせいだろ!」
そう返しながらも私の方をチラリと見るお師匠様。
大丈夫、怖がってはいないですよ。驚いただけですよ。
あの時、成長の魔法陣が解けてしまった私は少女から幼女に、そしてお父様はアロイスからランベルトに姿を戻した。
号泣する私を抱えて町まで戻ったお父様は、真っ直ぐに拠点としている宿屋に向かった。
そこでちょうど食堂にいたお師匠様たちに、事情説明を(主にお父様が)することになったのだけど……説明というか聴取といった感じだね。
「まぁ、戻って良かったんじゃねぇか?」
「侯爵様のことをユーリ……ユリちゃんは、とても心配してましたからね」
「……そうか」
投げやりな態度のオルフェウス君と、優しく微笑むティアとの対比がすごい。
相変わらずの眉間にシワを寄せているお父様だけど、ティアの言葉に目尻がほんのり赤くなったからもしかしたら嬉しいのかもね。
ところで、そろそろ膝抱っこから解放してほしいのですが。
「で? どこまで残っている?」
「……何がだ?」
「アロイスの時の記憶」
「おぼろげな部分もあるが、ユリアーナと会ってからの記憶は鮮明だ」
「すんげぇ執念だな」
「オルさん、侯爵様に失礼ですよ」
「元、だろ? それに今は雇い主じゃねぇし」
「それはそうですけど……」
オルフェウス君の無礼な態度をティアが注意していると、お師匠様がパタパタと手を振ってみせる。
「気にしなくてもいい。そいつの言うとおりランベルトは『元』侯爵様だからな」
「それでも、年上の方に対して失礼ですよ」
「へいへい、気をつけますよー」
プイっとそっぽを向くオルフェウス君に、苦笑するお師匠様。
そして、お父様を見て目を細める。
「お前、まだ魔力の流れがおかしいな。背中に引きずられている」
「え!?」
お師匠の言葉に、ふわふわしていた私の頭がシャッキリとする。
背中に魔力が流れている……ということは!?
お膝抱っこから逃れた私は、ヤモリのようにお父様の背中へカサカサと移動する。
そして上着をペロンとめくってふおおおお逞しいお背中がああああ。
「落ち着け嬢ちゃん」
「あい」
お師匠様に言われ、すん、となる私。
そして、もう一度しっかりと見る。
昨日まで火傷のように痛々しく浮かび上がっていたそれは、前に見た時よりも薄くはなっているものの……。
「おししょ、まほうじんがあります」
「まだ解けてないのかぁ」
お師匠様は、がっくりと肩を落とす。
子育てもあるのに、連日王宮やら何やらで禁呪について調べているから、かなり疲労も溜まっているのだろう。
自分の背中にいる私を、どうやったのか瞬時にお膝抱っこへと戻すお父様。
「ベルとうしゃま、ユリアーナは、ひとりでもだいじょうぶですよ?」
「すまないユリアーナ。禁呪の影響で、お前を離すことができないのだ」
「ふぇ?」
「は?」
お父様の衝撃的な発言に、頭を抱えていたお師匠様も食いつく。
「この身に魔法陣を刻んだ時、ユリアーナに求められることを望んでいた」
「まさかお前……嬢ちゃんが物理的にくっついていることが、その『求められていることになる』なんて言わないよな……?」
「……」
無言のお父様を見たお師匠様は「アーッ!!」と叫んで、またしても頭を抱えている。
私だって頭を抱えたい! ずっとくっついているなんて無理だよ!
「むりです! おふろとか、トイレもあるし!」
「……ちょっと待て。嬢ちゃんは、それ以外なら物理的にくっつくのも辞さないのか?」
「だってこれは、ベルとうしゃまに、あいされてるから、でしょ?」
お師匠様のツッコミに対し、モジモジとしながら答える私。
さすがにここまでくれば、お父様が私のことをあ、あ、愛してくれているって、思ってもいいよね? ね?
すると、冷たい空気が流れてくる。
「愛、だと?」
ひぇっ、お父様の怖い顔が!! 怖い顔があああああ!!
「落ち着けランベルト。誰が見ても、お前は嬢ちゃんを溺愛しているとしか思えないぞ」
「馬鹿を言うな!」
氷点下数十度の目になるお父様に、私は絶望を感じる。
まさか、嫌いとか?
私を否定されたら、私は……私はどうしたら……!!
「ベル……とうしゃま……?」
「愛などとは生ぬるい。私にとってユリアーナは『唯一』であり『すべて』だ。異論は認めん」
「「「は?」」」
お師匠様の目が点になり、オルフェウス君は思いきりむせていて、ティアは笑顔のまま固まっている。
え? 私ですか?
お父様の膝の上で白目剥いてますが、何か?
「アロイスの姿であれば、年齢的にも近くで見守ることができるだろうと思った。しかし、ユリアーナが私を求めるということなれば、やぶさかではない」
「何を言っているんだお前は」
本当、それな!!
その「やぶさかではない」ことにより、元の姿に戻ってくれたのは良かったけれども!!
「また魔法陣が起動してもいいが、アロイスの姿ではランベルトの記憶が引き継げないのが困るな」
「いや、お前の背にある魔法陣で姿を変えるのは危険だ。ちょっと待て、方法を考えるから」
今日で何度目になるか、頭を抱えるお師匠様に、ティアが手をポンと叩く。
「それなら、ユリちゃんと同じ大きさの人形を作ってみては? それなら、ユリちゃんを抱っこしている気持ちになれそうですし」
「ぶはっ、ティア、それはひどすぎだろっ」
「……いいかもな。それ、やってみる価値はある」
ちょっと待って。
イケメンなお父様が、常に人形を持ち歩いているとかシュールすぎやしないか?
それって大丈夫なの? とお父様を見れば。
「等身大のユリアーナ人形……か」
満更でもない顔をしてらっしゃった。
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