5、ぼーいみーつ幼女
一日三回だったお薬タイムが、一日一回になりました。
どうも、ユリアーナです。4才で合ってるそうです。
忙しいお父様は、夜のご褒美(言い方)の時だけ来る。
薬の回数は減ったけど、お菓子の取り寄せはそのまま続いているから嬉しい。毎日食べてたら太っちゃうかなと思ったけど、ユリアーナの体はまだまだ細いから大丈夫だろう。
さて、マーサとリーリアにお仕事を指示している執事のセバスさんに物申す。
「しつじしゃ、ほんがよみたいです」
「そうですね。おとなしく良い子のお嬢様でしたから、そろそろ書庫へご案内しましょう」
「ありがとうございましゅ!」
噛んだ上に、嬉しすぎてまた噛んだ。
「それと、私のことはセバスとお呼びください」
「セバスしゃ」
「セバス、と」
「セバシュ」
なにゆえしつこいくらいに噛むのか。ちくしょう。
セバスさんの口元が一瞬引きつるのが分かる。もしかして笑うのを我慢してる? 笑ってくれてもいいのだよ、ほれほれ。
前世を思い出すまでほとんど声を出さない生活だったのもあり、ユリアーナの滑舌は悪い。
中身がアラサーの私としては、もうちょっとスマートかつエレガントに会話を楽しみたいものだ。
それにしても、この屋敷は大きい。そして広い。
前世で小説を書いていた時は「小さな城くらい」なんてふわっとした描写だったけど、小さいという言葉の定義について、ぜひとも担当編集と語り合いたいものです。存分に。
なによりも、幼女の足は短い。
よちよち、ぜぇはぁ。
よちよち、ぜぇはぁ。
「失礼いたします。お嬢様」
ふわりと抱き上げてくれるセバスさん。貴族なお子様用の動きやすいワンピースとはいえ、やたらフリルがフリフリしているものだから、中で纏わりついて足がもつれてしまう。
体力不足っていうのもあるよね。やれやれだね。
ロマンスグレー高身長のセバスさんに抱っこされた私は、あっという間に書庫に到着。
重そうな扉を開いてもらい中に入れば、圧倒的な冊数の本が並ぶことによって作られる、色とりどりのモザイク柄が目の前に現れた。
「しゅごい……」
「司書は午後から参りますが、ある程度であれば私が把握しております。どのような本をお探しですか?」
「えーと」
そこまで言われて気づいた。
私って、字、読めたっけ?
「……えほん、ありますか?」
「かしこまりました。いくつかお持ちいたします」
優雅に一礼したセバスさん。数冊本を持ってきてくれたところで、来客があったと報告しにきたリーリアと入れ違いで書庫を出て行った。
ほうっと息を吐く。
物腰がやわらかいとはいえ、セバスさんってめちゃくちゃよく切れるナイフのイメージがあるんだよね。油断したら血を見るぜみたいな。
でも、よく考えれば当たり前の話で。
魔力暴走して、あの母親の子供で、父親が誰か分からないとか……子どもに罪はないとはいえ、本来なら放逐されてもしょうがないケースだ。
ロマンスグレーに嫌われるのは、どうにか回避したいけど……。
とりあえず、絵本でも見てみますか。
リーリアが淹れてくれたお茶を飲んで、えいやっと気持ちを切り替える。ふかふかのソファーと格闘しながら体勢を整えて、いざ、絵本の世界へ。
「えほん、きれい」
「あ、勇者様の物語ですね。懐かしいです」
「ゆうしゃさま?」
「はい。悪い魔王をやっつけるんですよ。彼の側には乙女がいて、いつも癒してくれるのです」
「ふーん」
文字を見ても、予想どおりまったく理解できない。
文字の勉強を一からスタートとかガッカリしたけど、話せるだけ良かったと絵本を一冊手に持つ。すると大きな絵本たちにまぎれて、文庫サイズの小さな本があった。
「なにこれ?」
持っていた絵本を置いて小さな本を手に取ってみた瞬間、何かが風のように自分の中に入って、シュルッと体から抜けていく感覚がした。
え? 何? また魔力暴走とか?
「いまの、なに?」
「お嬢様?」
いくつか種類のある茶菓子を取り分けてくれていたリーリアが、不思議そうに私を見ている。
「いま、ちいさいほんが」
そう言いながら自分の手を見れば、何も持っていない。
さっきまで文庫サイズの本を持っていたはずなのに。
「お嬢様、大丈夫ですか? 具合が悪くなられたのでは?」
「ちがうの、でも、なんかへんなの」
気づかってくれるリーリアに大丈夫だと言いながら、絵本を見れば。
「まおうとゆうしゃといやしのおとめ……」
ついさっきまで記号みたいにしか見えなかった文字が、今は読めるし理解できている。
あの、本から出てきた風みたいなものが原因だと分かってはいるけれど、なぜそれを絵本と一緒にセバスさんが持ってきたのかが分からない。
もしかして、私がユリアーナじゃない別人だということに気づいているとか? いやいや、そんなまさか。
あれやこれや考えていると、遠くから叫ぶような声が聞こえてくる。
バタバタと近づいてくる足音に怯えていると、リーリアが私の目の前に立ってくれた。
「大丈夫です。お嬢様は私が必ず守ります」
「リーリア……」
◇
大きな音をたてて扉が開き、まだ幼い少年の声が室内に響き渡る。
「ここにユリアーナがいると聞いた!」
「なりません若様、お父上からまだ早いと……」
「母上が消えて、魔力暴走が起きたと聞いた! 兄として妹を見舞うだけだ!」
制止しようとするセバスを振り切って少年は書庫を見回し、立っている年若い侍女の元へと向かう。
青ざめた顔で必死に何かを守ろうとする侍女に、少年は問おうと口を開きかけ……そのまま動きが止まった。
「だあれ?」
艶やかな蜂蜜色の髪を覗かせ、怯えているのだろう潤んだ紫色の瞳で、自分を覗き見る幼い子。
同年代と比べて発育のいい自分と比べ、なんとも小さく愛らしい手で侍女の服を掴んでいる様を見た少年は、今まで感じたことのない何かが心の内に湧き上がるのを感じた。
(なんだ……なんだこれは……この世の愛らしさのすべてを固めたような……これは神の御使では……つまり、この子は天使……愛らしく可憐な天使が、妹……!!)
「……セバス」
「ユリアーナお嬢様、こちらが兄上であらせられるヨハン様でございます」
何を言おうとしたのか頭から抜け落ち、言葉が出なくなってセバスに振れば、意を汲んで紹介される。
すると侍女の後ろに隠れていた天使は、ぴょこりと出てきて蜂蜜色の髪をふわりと揺らす。
「おにいしゃま?」
こてりと首を傾げて問う天使の笑顔。心の深い部分を撃ち抜かれた少年は、ただただ天を仰ぐのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ふんわり設定なのは、由梨が設定厨じゃなかったからです。
ほんと、設定しっかりしている作家さんを尊敬します。