55、驚く幼女と急ぐ少年
途中、視点が変わります。
「はやく、おししょ、もどってこないかなー」
「ペンドラゴン様でしたら、移動も飛んできそうですね」
うふふと笑っているティアだけど、その魔法、魔力の燃費が悪いらしいよ?
ベッドの中にいる私は何もすることがなくて、ひたすら幼女姿でゴロゴロしているだけだ。
もちろん、成長の魔法陣がついているポンチョは、すぐ身に着けられるよう枕元に置いてあるよ。
アロイス君は一応貴族だからか、乙女の部屋に突然入ってきたりしないから安心だ。
宿のベッドは侯爵家のベッドと違ってかたいのだけど、それはそれで味があっていいものだ。
前世の私なら宿のベッドの方が好きだったかもね。
念のため、もう一日休めというオルフェウス君とアロイス君の指示により、絶賛引きこもり中の私。
その間、ティアはずっと側にいてくれている。私の看病というよりも、何か別のことを心配しているようだけど。
え? 私?
大丈夫ですよ。元気ですよ。
「やっぱり。ユーリちゃんは寂しいのですね」
「へ? なんで?」
「モモンガさんをずっと手放さないので」
「きゅ……(苦しい….)」
「ごめ、モモンガさん!」
なんでだろう。なんかずっと不安な気持ちになっている。
屋敷を出たから離れたからかと思ったけど、それだけじゃない。
「きゅ、きゅ?(主が気になるのは、氷そっくりの少年か?)」
うん。そうなんだよね。
アロイス君は、あまりにもお父様に似ている。似すぎている。
お父様なのに、お父様じゃない彼には違和感しかない。
「アロイスしゃん、なんで、おとうさまにそっくりなんだろう」
「確かに、外見は似ていますけれど……」
ティアは魔力の色を見ることはできるけど、私みたいに匂いまでは分からないそうだ。むぅ……。
どう説明しようか悩んでいるところに、紳士の「し」の字も見当たらないオルフェウスが部屋に飛び込んできた。
「おい! 大変だぞ!」
「うわぁ、びっくりしたぁー」
「リーダー、乙女の部屋にノックもなしに入ってきたらダメですよ。あと内鍵を壊さないでください」
「ア、アロイスしゃんは?」
「大丈夫だ。町のギルドにいるから、しばらく戻ってこない」
布団にもぐり込んで応対していた私は、その言葉に安心してモソモソと顔を出す。
「たいへんって、なに?」
「ギルドで聞いたんだ。フェルザー家の当主が交代したって話を」
「えーっ!?」
「交代ということは、ご子息のヨハン様が継がれたということですか?」
「ああ、そうだ。すでに代理で仕事をすることもあったから、引き継ぐことに問題はないだろうってさ。だけどなぁ」
オルフェウス君とティアの視線が、私にグサグサと突き刺さる。アイタタタター。
「……まさか、まさかだよね?」
「それしかねぇだろうよ」
そう。「まさか」の「それ」とは言わずもがな、お父様が私を追いかけてくるという「それ」である。
いやいやちょっと待って。
私を追いかけるという理由だけで、当主を交代するとか有り得ないと思うのでありますが。
「ユーリちゃん、ペンドラゴン様が来られたら、詳しい事情が聞けるのではないでしょうか」
「そうだね。うん、そのとおりだね」
なんだか急に胸がドクンドクンしてきた。心なしかお腹も痛くなってきたような……。
「ユーリの師匠が来てたのか?」
「ちょっとだけだよ。またくるから、もどるまでまっていろって」
「アロイスさんの話を聞いて、慌てていたみたいですよ」
「アロイスの?」
オルフェウス君は、しばらく首を傾げていたけれど、不意に何かを思い出したように声をあげる。
「そういや、ギルドでも変だったんだよな。ユーリをしばらく休ませるなら、ギルドで仕事でもするかって話になってな。剣の実技指導を受けようって言ったら、剣はやらないとか言い出してよ」
「それ、おかしいの?」
「魔獣との戦闘では、アロイスさん槍をつかっていましたよね?」
「何度か組んだことがあるけど、剣も槍と同じくらい使えてたぜ? 貴族はどんな武器でも使えないとダメだとか言って。なーんか、おかしいんだよなぁ」
「んー???」
どゆこと?
なぜかギルドの職員に「剣の指導をしてくれ」と引き留められた私は、宿へ戻るために急ぎ足で歩いている。
それにしても、なぜ槍使いの私に剣術の依頼をしてくるのか。
オルフェウスも一緒に居たのだから、奴に頼めばいいことだろう。
まぁ、奴は急用があったらしく、すぐにギルドから出て行ってしまったのだが。
おかげで矛先が私に向けられてしまったのだが。
もっと早く戻れると思っていたのに、遅くなったではないか。
……いや、急ぐ必要はないはずだ。
今回の依頼内容は、あくまでも見習い神官の修行を手伝うことであり、幼女のような少女を世話することではない。
それなのに。
なぜ私は、気が急いているのか。
「そこのイケてるお兄さん! ひとつどうだい?」
「……む?」
声をかけたのは屋台を営む男だ。
普段は無視するのだが、不思議なことに今は、売られている菓子を買って帰りたい気分になっていた。
「ひとつくれ」
「あいよ! ありがとよ!」
受け取った袋には、小さく切って揚げたパンに蜂蜜がまぶされている菓子が入っている。
その甘い香りに、◯◯◯◯◯の喜ぶ顔が……。
「おい! ラン……アロイス!」
「……誰だ?」
振り向けば、飛び込んでくる虹色に思わず目を細める。
真っ白な鳥の羽根を使ったマントといい、相変わらず派手な奴だ。
「なんだ、ペンドラゴンか」
「なんだじゃないだろう!? どうしたんだお前、突然息子に当主をやらせるって!!」
「息子? 何だそれは」
真顔で返せば、驚いたように目を丸くした後、彼は目を眇めて私を見る。
「まさか、お前……」
「とりあえず、話は宿で聞こう。仲間の一人が体調を崩しているから、早く戻りたい」
「……わかった」
素直に従ってくれる彼にホッとしながら、宿への道を急ぐ。
この土産を、あの子は喜んでくれるだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。
予想されていた方もいらっしゃると思いますが、お父様は本気です。
すみません。ほんとすみません。




