48、戦略的に撤退する幼女
お茶会の前日。
もはやお馴染みとなった毛布簀巻き状態の私は、コロコロ転がって自由を取り戻す。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、マーサ」
ふわふわ猫っ毛の髪を整えてもらいながら、私は昨日のことを思い返す。
モモンガさんにお願いして、可能な限りアデリナ様の様子を見ていたけれど、あれから彼女はずっと読書をしていただけだった。収穫なしである。
「マーサ、ベルとうさまの、ごきげんは?」
「そうですね……お嬢様がお話しされれば、きっとご機嫌になられますよ」
お茶会が決まってから、お父様の機嫌はすこぶる悪い。
魔獣騒動の後処理のせいで、朝の食事しか一緒にいられないのだけど、眉間のシワは深いままだ。いってらっしゃいのハグをする一瞬だけシワがとれるとは、セバスさんの言だ。
お兄様にどう思うか聞いたけれど「父上がお決めになることだ」って言われちゃうし、お師匠様に相談したかったけど育児休暇中だし……。
今日中に何か分かればいいのだけど。
「お嬢様、今日もやるのか?」
「ヤるよ」
「きゅ……(主の言葉に不穏なものを感じる……)」
セバスさんから渡されたお弁当をオルフェウス君に任せた私は、意気揚々と屋敷を出る。
昨日と同じく気配を消した私たちは、バルツァーの屋敷にするりと潜り込む。
「アデリナ、悪い知らせがある」
「明日のお茶会ですか?」
「いや、先日の大量発生した魔獣の騒ぎで、フェルザー侯爵が活躍したことは聞いているな?」
「はい。その流れで叔父上……陛下におねだりしましたから」
屋敷の庭に潜む私たちは、モモンガさんに水鏡を出してもらっている。
昨日は強い口調だったバルツァー公爵だけど、今日は冷静みたいだね。
アデリナ様は昨日と同じだから、きっと穏やかな性格なのだろう。美人さんだし何だか大人の女性って感じでずるい。
ん? ずるい?
「うむ、そうだったな。悪い知らせというのは、侯爵殿の活躍を聞いた他の貴族たちが、ぜひ娘を嫁がせたいという申し出が殺到しているらしい」
「まぁ! さすがはペンドラゴン殿と同列の力を持つ、フェルザー侯爵様ですわね!」
「無邪気に喜んでいる場合か。明日の茶会でうまくやらねば、お前にもう機会は無いと思え」
やれやれといった様子で部屋を出て行くバルツァー公爵。
ひとり残されたアデリナ様は小さな声で呟く。
「わかっておりますわ。あの御方にとって世の女たちは、落ちている石のようなもの……」
え、そうなの?
お披露目会の時にチラッと見たけど、確かに若い女性には塩対応だったような気もする。
それよりもあの時は、オルフェウス君の幼なじみちゃんの印象が強すぎたからなぁ。
水鏡に映るアデリナ様は、切なげに金色の瞳を潤ませて窓の外を見る。
「もう一度、もう一度だけでいいの。あの氷のような瞳で見てほしい」
頬を上気させて、うっとりとした表情をするアデリナ様。
まさか、彼女は……。
「ランベルト・フェルザー様、どうかもう一度だけ、そこらに落ちている石……いえ、虫でもいい。あの氷のような目で、私のことを冷たく蔑み、なんでしたら罵倒も……ああ、それは望みすぎね。いけないわアデリナ! 明日はしっかりと石や虫になりきるのよ!」
まさかの変態だったー!!
さりげなく私の耳をふさぐオルフェウス君。まだまだアデリナ様のひとりごとは続いているのだけど、これはもう聞かなくてもいいよね。
そのまま素早く抱き抱えられた私は、戦略的撤退をすることになった。
「きゅきゅ?(どうしたのだ、主?)」
「へんたいをめのまえに、われらはむりょくだった」
オルフェウス君は「貴族には変わり者が多いからなぁ」と苦笑していたけれど、私にとっては死活問題だ。
お父様の再婚相手が意地悪な継母になるのは避けたかったけれど、変態は対処のしようがない。だって変態だから。
「おとうさまは、おことわりできるのかしら」
「きゅきゅきゅー(風の精霊からすべて断っていると報告がきておるが)」
「でも、もしかしたら、おいろけで……」
アデリナ様は美人だった。しかもお胸がたゆんたゆんしていた。
見習い神官のティアちゃんもたゆんとしていたけれど、しっかりと大人のたゆんは攻撃力高いと思うんだよね。
ぐるぐる考えていたら、またもや毛布簀巻きになっていたみたい。
ええいそのまま寝てしまえ。ふて寝だ、ふて寝。
「ユリアーナ、寝てしまったのか」
「……ベルとうさま?」
ベッドに近づく気配とお父様のいい匂いに、ふにゃっと顔が笑ってしまう。
毛布から出ようとしたら、お父様にそのまま抱っこされてしまった。
「どうした。何かあったのか」
「すこし、きんちょうしています」
まさか明日来るご令嬢が変態だ、なんて言えるわけがない。
しょんぼりうな垂れた私のおでこに、柔らかいものが触れる。
「大丈夫だ。何も心配することはない」
「あい、ベルとうしゃまぁ……」
おやすみのキスだと認識した私は、もうダメだ。ふにゃふにゃになってしまう。
眉間のシワがとれて、少しだけ口元を緩ませたお父様の「大人の色香」は、幼女に対してこうかはばつぐんだ!!
簀巻きのままベッドに戻された私は、すっかり安心して眠りにつくのだった。
私が目を閉じた後、お父様の険しい顔に気づかないまま。
お読みいただき、ありがとうございます。
執事も護衛も報告義務ってやつがありますからね…。




