47、夜色を見る幼女
制限時間は三日。
いや、毛布簀巻きに囚われて、うっかり寝てしまったので三日もない。
そういや前世の私は、締め切り守る系作家だった。毎回ギリギリだったけど、だからこそ素晴らしい……そこそこなクオリティを出していたのだ。
「スパイだい◯くせん、だよ!」
「きゅ?(なんだそれは?)」
「みっしょんいん◯っしぶる、だよ!」
「きゅきゅ?(だからなんなのだ?)」
脳内に流れるテーマ曲をそのままにノリノリで家を出ようとしたところ、玄関でふわりと抱き上げられる。
「ユリアーナお嬢様、どちらへ?」
「ちょっと、スパイ……おんみつこうどうをしてきます!」
「さようでございますか」
そっと床に立たせてくれるセバスさん。
屈んで私と目を合わせると、にこりと微笑む。ふぉぉ! ロマンスグレーの色香がふぉぉ!
「ならばまずは、気配を消さないとなりませんね。お嬢様なら、魔法の使用をおすすめします」
「まほうで、けはいをけす。……おししょは?」
「ペンドラゴン様は育児休暇中ですよ」
「ぐぬぬ」
おっと、つい幼女らしからぬ唸り声が漏れてしまった。
するとセバスさん、微笑みはそのままに指をパチンと鳴らす。
現れたのは、作業着を着た男性。
あ、いつも温室で色々教えてくれる庭師さんだ。こんにちはー。
「お呼びで?」
「お嬢様に、影の初歩を」
「承知」
影の初歩、とは?
あの、あまり時間がかかると困ると言いますか……。
「少々お時間がかかりますが、魔力のない人間でも使える技ですよ。学んでおいて損はないかと」
問答無用で影の訓練を受けることになった私。結局この日は屋敷で過ごすことになってしまった。
風の囁きやら語りかけやらに耳を傾けたり、木や草花と一体化したりという謎の訓練だった。周りからは、庭で幼女が寝転がっているようにしか見えないやつ。
「きゅ、きゅきゅ?(主よ、気配を消したいなら我がやろうか?)」
もっと早く言ってよモモンガさん!
うっかりセバス流派の初歩まで、技を会得しちゃったよ!
庭師さんたちから「お嬢様は天才だ!」と褒められてご満悦だったよ!
セバスさんから隠密行動の許可をもらえた私は、同じくセバス流派の中級まで学んだオルフェウス君と一緒に隠密行動をすることに。
え? モモンガさんがいれば、何でもできたんだろうって?
何を言っているのかね君たち。人生で学んだことに不要なものなんて、ひとつとしてないのだよ。
もちろん、毛布で簀巻きになって惰眠を貪ることも人生……特に幼女にとっては必要不可欠なのだ。異論は認める。ごめんなさい。
『それで? お嬢様は何をしたいんだ?』
『おとうさまの、さいこんあいてに、あいにいく』
『三日後に会うんだろう?』
『そのまえに、あいたいの』
お互いに読唇術で会話しながら、バルツァー家の裏門近くに到着する私たち。
オルフェウス君の肩にいるモモンガさんは不満げだ。
「きゅきゅ……(なぜ我に頼らない……)」
ちょっと静かにしてモモンガさん。
今の私たちは忍んでいるの。隠密行動中なのよ。
まぁ、モモンガさんの鳴き声くらいは、森の小動物がいる程度の認識にしかならないだろうけど。
『いきます!』
バルツァー家は代々騎士を輩出していて、お屋敷も魔法の結界などではなく物理で守られている。
壁は高く、柵も鉄の槍が並んだようなデザインだ。
『確かこれ、本物の槍だぞ。有事の際に武器として使うこともあるんだろうな』
『ふぉぉ、ぶつりとっかがた』
ということは、門にある盾のようなデザインは……あれ?
『開いているな』
『ぶようじん!』
これはいかんですよ。
フェルザー家に嫁がれるならば、常に鍵をかけるのは当たり前だ。しかも何重にも組まれた結界や、セバスさんと庭師さんたちという万能セキュリティも取り扱う必要がある。
『どうする? 罠かもしれねぇぜ?』
『わな、それはこうつごう』
「きゅ!(守りは任せておけ!)」
『この茶毛玉が何を言ってるか分からねぇけど、ま、何とかなるだろう』
裏門から入った私たちは、門番がいないことに疑問を持ちながら屋敷の周りを歩く。
どこを見ても灰色しか見えない。岩を切り出して建てたものなのか、王宮よりも堅牢に見える屋敷だ。すごい迫力。
すると、遠くのほうから話し声が聞こえてくる。
『言い争っているみたいだな』
『だれが?』
残念ながら私は「影」の初歩しか学んでいないため、遠くの音を集める耳の技は未修だ。
『アデリナって呼ばれているな』
『むー』
「きゅきゅ……(だから我を頼れと……)」
結局、モモンガさんにお願いして水鏡を出してもらう。
これ、覗き見るのに便利だけど、対象が近くにいないと発動しないという欠点がある。
だから隠密モードは継続中だよ。ふふふ。
画面に映ったのは夜のような紺色の長い髪の女性と、同じ色を持つ壮年の男性だ。
「だから、フェルザー家からは断られているのだ! 茶会だけでもなどと、お前は……」
「一度だけで良いのです。直接お会いできる機会が欲しいのです」
「しかし……」
「自ら妹の代わりと望んだこととはいえ、私はずっと耐えてきました。この願いだけで良いのです。今後はお父様の言うことを聞きますから」
「そう言ってお前は、また無茶をするのだろう?」
「もう若くはありません。おとなしくしますわ」
「どうだか」
やれやれといった様子のアデリナ様の父親……バルツァー公爵は、タイミング良く出されたカップに手をつけている。
一見、儚げな美人さんに見えるけれど、芯の強い女性なのかな。
『お嬢様、どうする?』
どうするも、こうするもない。
私がすることは、ひとつだ。
『おなかすいたので、かえります!』
『……は?』
次回の隠密行動では、お弁当を持参せねば!
お読みいただき、ありがとうございます。
連休なので更新頻度をあげたいところ…
がんばります。




