氷の侯爵様は出会う
侯爵様の視点
凄まじい爆発音と屋敷が揺れるほどの地響きに、横にいたセバスが私を庇うように覆いかぶさった。
「何事だ!?」
「旦那様!!」
許可を得ずに部屋に入ってきたのは侍女のマーサだ。
妻のエリザベスと娘のユリアーナの世話を頼んでいたのだが、ずっと顔を見ることはなかった。妻も娘も病気がちだということで、本邸にほとんど戻っていなかったからだ。
彼女曰く、エリザベスが家を出て行ったことにより、ユリアーナが魔力暴走をしたということだ。
政略結婚だったエリザベスとの間には、息子と娘ができた。
仕事が忙しく、子育てはエリザベスと乳母に任せていた。息子はそれなりに優秀だと伝え聞いているが、娘は体が弱くエリザベスが育てると強く言ったため別邸に住まわせることにした。
夫婦の生活は無くなったが、特に不便もなにも感じない。エリザベスとはそれなりに良い関係だと感じていたし、父と母の夫婦関係を見ればそれが普通だと思った。
むしろ、私が父のように女遊びをする人間じゃないことを感謝してほしいくらいだ。貴族にはよくある話だが、私はそんなことよりも仕事のほうが大事だった。
妻のことは、それなりに愛していたと言える。
不自由をさせたことはないし、彼女の要望はすべて叶えていた。
そして私は貴族として王宮での仕事と、侯爵として領地を治めることが出来ればいいと思っていた。
これぞ、貴族としての生き方だと。
それでいいと、思い込んでいた。
目の前にいるマーサは床に額を付けたまま、ただ震えている。
「なぜ、報告をしなかった?」
「奥様から止められておりました。報告をしたら私の娘を……こ、殺す、と……うう……」
「セバス!」
「かしこまりました」
エリザベスは不貞を働いた挙げ句、家を出て男と逃げた。さらにユリアーナの魔力暴走で、マーサはこれ以上隠せないと報告にきたという。
「私と娘はもう、どうなっても良いのです。お嬢様をお助けください。どうか、どうかお願いいたします……」
「処罰は後にする。今は別邸のユリアーナだ」
子どもに対して愛情はなかった。会えていないから当然ではあるが、そもそも私は子どもに興味がない。
ユリアーナは貴族の娘であり、政略をするための駒として価値がある、それだけだった。
別邸の奥にある部屋へと向かう。
ほとんど壊れているドアを蹴破れば、家具もカーテンさえもない部屋の中心に、横たわっている幼い子どもがいる。
粗末なワンピースに身を包み、エリザベスと同じ蜂蜜色と思われる髪も細すぎる体も、全部がひどく汚れていた。
「マーサ、これは何だ?」
「ユリアーナお嬢様です。奥様はお嬢様の世話をすることを禁じておりました」
「なんだと?」
「最低限の食事は、隙を見てお出ししておりましたが……。奥様が家を出た時に部屋はもう開けるな、と」
倒れているユリアーナを泣きながらマーサが撫でてやっている。すると僅かに指先が動いた。どうやらまだ生きているらしい。
うっすらと開いた瞳の色に驚く。
「紫色の目、だと?」
マーサが痛ましげにうつむく。そして、彼女の服を弱々しく掴む小さな手を見て、なぜか無性に怒りを感じていた。
それは妻の不貞に対してのものではなく、貴族としての責務を放棄した彼女に対する怒りだ。
そしてもうひとつ。
「エリザベスと同じ蜂蜜色の髪。そして、お前の紫色の目は……誰の色だ?」
なぜか分からない。
しかし、この子が「私の色」を持っていないことに、ひどく怒りを感じていることに気づいた。
「旦那様、お怒りなのは分かりますが、お嬢様が……」
つい、感情を抑えきれず、周囲に魔力で威圧を放っていたようだ。
幼いユリアーナには辛かっただろうと慌てて顔を見れば、私を見て笑顔を浮かべ、くたりと意識を失った。
「笑った……」
「旦那様?」
「笑ったぞ……ユリアーナが……」
「そうでございますか?」
首をかしげるマーサに多少苛つくも、今はそれどころではない。
「医者だ! いや、城へ行く! 急げ!」
慌てたマーサがユリアーナを抱えたまま動こうとしたが、奪うように私が抱きかかえて馬車の用意ができるのを待つ。
自分の上着でユリアーナの体を包み、おそるおそる抱きしめると、無意識だろう私の胸に擦り寄ってきた。
「もう大丈夫だ、ユリアーナ。私がお前を守るからな」
今まで誰にも、妻にさえも言っていない言葉が自然と口から溢れ出す。
この国の王であり友人でもある男が、己の妻に対して甘い言葉を囁いていることに常々呆れていたのだが、まさかその気持ちが分かる日が来るとは思ってもみなかった。
「すまない、ユリアーナ」
そして。
これまでの自分の行いを猛省することになるとは、まったく予想していなかった。
「ずっと一緒だ」
すぐさま私は反省を生かし、有言実行しようとユリアーナを城の湯殿に連れて行こうとしたところ、後から来たセバスに笑顔で取り上げられてしまった。
さらに、マーサとその娘が世話をすると勝手に決められてしまった。
まぁ、いい。
しばらくユリアーナはセバスたちに任せるとして、まずは妻だった女、エリザベスの始末が先だ。
さて、どう料理してくれようか。
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