36、愛という名の何かを知る幼女
オルフェウス君のことを忘れていたわけではない。いやホントに。
お兄様が学園に戻ることになって、それから姿を見ていなかったから一緒に行ったと思っていたのだ。
その時の私といえば、ひたすらお父様からのデロデロ甘やかしに浸っていたからね。思考能力も知能指数もゾウリムシ並みになっていたからね。こわいこわい。
「……」
「……」
沈黙が痛いっす。
オルフェウス君は無表情のまま、私のことをじっと見ているだけなので、とりあえず私から話し出そうと思う。
「ごめんしゃい。おにいしゃまといっしょだとおもってました」
「……ああ、侯爵サマから、お嬢様にしばらく顔を見せるなと言われてたし、そこは気にしなくていい」
「そでしゅか」
噛み噛みの私。
いや、本当に忘れていたわけじゃないんだよ? でも、よく考えたらオルフェウス君は私の護衛だった。必ずしも、お兄様と一緒に行動するわけじゃない。
「必要はないと言われているが、けじめとして謝らせてくれ。危険な目にあわせて申し訳なかった」
「わかりました。うけとりましゅ」
「それで、これからのことだけどな……お嬢様の護衛を続けさせてほしい」
「ふぇ? ほかのおしごとは?」
「当分は断ることにした。幸い俺はソロで活動してるから、そこはわりと自由なんだ」
えー、それっていったいどういうことなのー?
ソロの冒険者として活動していると言うけど、オルフェウス君にはいつも一緒にいる元気系幼馴染みがいるはず。
「三食昼寝付きで、給料はいらないって言っといた」
「えー!?」
「そのかわり、修行させてくれるって契約にした。強くなれるし、今なら侯爵様直々に稽古をつけてくれるし」
「えー!?」
オルフェウス君が納得しているならいいけど、修行や稽古するのがお賃金の代わりになるの? それでいいの?
「侯爵サマ、ほんとすごいよな。あの人なんで文官なんてやってんだ? 俺、久しぶりに死にかけたよ」
「ベルとうしゃまは、やさしいのに?」
オルフェウス君が死にかけるなんて、いったい何があったのだろう?
お父様は強いけど文官だし、基本は後衛だろう。でもオルフェウス君は(私の設定で)前衛タイプの剣士のはず。
「ユリアーナお嬢様、お茶の準備ができましたよ」
「あい、セバシュ」
オルフェウス君とまたお話しようねって約束して、お師匠様の元へと戻る。
お父様からは聞いているだろうけれど、私がどういう罠に捕まったのかを説明しないとね。
うん。
私の語彙力がアレなので、なんとか、こう、パッションみたいなやつで伝わるといいなって思う。
お師匠様にどう説明しようか悩んでいたけれど、思わぬ助力を得られた。
「きゅー!(これくらいなら我でもできる!)」
「モモンガしゃん、しゅごい!」
罠に使われていた魔法陣を再現してくれたのは、精霊王もといモモンガさんでした。
「へぇ、こんな小さな精霊獣が、ここまで細密な魔法陣の構築をできるなんてねぇ」
「どきーん」
「きゅーん」
モモンガさんが精霊王だなんて知られたら、なんだか面倒くさいことになる予感しかしない。
「まぁいいか。その精霊獣は『セバスの特訓』を受けるんだろう? ここで強くなれば、精霊界に置いてある力に加算されるぞ」
「ふぇ!? なぜしょれを!?」
「俺が研究していたのは、獣人と精霊の関係だ。なぜ彼らが親和性が高いのかとか……その特殊性ゆえに悪い奴らに狙われるもんだから、それを防ぐ方法を探しているんだ」
「きゅきゅ。きゅ……(だから精霊について詳しいのだな。それに魔力も高い……)」
「うーん、さすがに嬢ちゃんみたいに会話はできねぇなぁ。俺の力量を見ている感じっつーのは分かるが」
「あたり! さすがおししょ!」
「まだまだ研究が足りないけどなぁ」
たぶん、お師匠様は鳥の奥さんのために色々と手を尽くしているのだろう。
フェルザー家の敷地内にある森なら安全かと思ったけど、それもちょっと怪しくなってきたからね。
でもこの森は、他の場所と比べると圧倒的に安全なんだって。なにより温泉があるから、獣人さんたちにとって天国らしい。もちろん私にとっても天国だけど。
「そう、モモンガしゃんのことば、ベルとうしゃまもわかるよ?」
「は? ランベルトが?」
「わたしがねているあいだに、わなのこととか、ぜんぶしってたの」
「……そうかぁ、そうなのかぁ」
むむむと考え込んでしまうお師匠様。
その間、私はいつもの魔力操作の訓練をする。
緑と青と白の色をつかって、フワフワわたあめみたいな魔法を練りあげると、それはキラキラとはじけて虹になった。
「きゅ!きゅきゅ!(ほう! 主は器用だな!)」
「げんりをしってたら、かんたんだよ」
水を風で霧状にして、光を使えばいいのだよ。
「まったく……。確かに魔力暴走した人間は、世界の理に触れるっつーけど、こういう原理を理解するとか大人でもいねぇぞ」
「えへへー」
「ほめてねぇ。俺の前だけにして、他には隠しとけ」
「あいー」
おっと、そういえばお師匠様に聞こうと思っていたことがあったんだ。
「おししょ、じゅうじんしゃんのごあいさつは?」
「あん? ああ、森に引っ越したことは伝えてきた。本当は奥さんと一緒に行ければ良かったんだが、今は安静にしていないとなぁ」
「あんせい?」
「腹に子がいるからな」
なんと! 小鳥さんに弟さんか妹さんができるってことですか!
うわぁ、おめでたいですなぁ!
「おめでとーごじゃいましゅ!」
「おう! ありがとな!」
興奮のあまり盛大に噛む私を、お師匠様はわしわしと撫でてくれる。頭がぐわんぐわんするけど嬉しい。うへへ。
きっと可愛いだろうなぁ。生まれたら見せてくれるかなぁ。
「あれ? でも、とりのおくしゃ、とんでいたよ?」
「は?」
「ここにきたとき、おでむかえしてくれたの」
森の中をバッサバッサと、それはもう見事な羽ばたきでございました。
「ったく、ちょっと目を離すとこれだから!!」
「きっといまもとんでましゅ。おやしきにいって、おかしをとってくると……」
お屋敷にいる料理長のパウンドケーキが絶品だと話したら、食べたいから作ってもらうことになったんだよね。
お父様も私が好きなお菓子ならばと、鳥の奥さんが屋敷に入ることを秒で許可していたっけ。……セバスさんが頭を抱えていたけど。
「説教してくる」
「おししょ、いってらっさい」
動かないのも良くないとはいうけれど、明らかに動きすぎていた鳥の奥さん。
お師匠様の愛くらいは甘んじて受けてもらわないとね。
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