34、乳白色の温泉はアレだと気づく幼女
森の中にある温泉を使った共同浴場の外観は、大きなコテージといった感じだ。
着替えるスペースも広々としているし、同じ建物内にくつろぐスペースもちゃんと設けられている。
さすがに冷たい飲み物は置いてないけれど、果物と飲み水が置いてあって、皆が好きなように果実水を作っていた。
鳥の奥さんは、柑橘系の果物を片手で絞ってグラスに入れてくれた。ぜんぜん力を入れてない感じなのに、果汁がブシャーってなってたよ。
私も試しにやってみたけど、両手でやってもちょびっとしか出なかった。獣人さんの握力しゅごい。
「ユリアーナ、体調はどうだ?」
「おにいしゃま! あい、げんきでしゅ!」
朝起きてから姿が見えなかったお兄様に会えて、テンション爆上がりの私。
あれ? お兄様の頭の上にグッタリとした白い大福が見えるような……。
「ことりしゃ? まだつかれてる?」
「ああ、気にしなくていい。風呂場で魔力を使っただけだ」
「なるほど?」
お風呂で魔力を使うって何をしていたんだろうと首を傾げていると、お兄様が「それよりも」と話を続ける。
「私たちは学園に戻ることになった。また次の休暇に会おう」
「おにいしゃま、いっちゃうの?」
我慢しようとしたけど、つい眉が八の字に下がってしまう。森の中で罠に捕まってから、感情の制御が上手くできていない。
いや、もしかすると、これが年相応の感情表現なのかな。
「……ぐっ、学園を休むと、生徒会の仕事が滞ってしまうのだ」
「おしごと……それは、だいじです」
なるほど。お兄様は優秀だから生徒会の役員でしたか。
たぶん王太子が会長で、お兄様は補佐の副会長といったところかな。ふふふ王道ね。
だけど寂しい。幼女だから、ものすごく寂しい。
しょんぼりうなだれる私の頭を、お兄様は優しく撫でてくれる。
お兄様の頭に乗っている白い大福……もとい、小鳥さんも「クルルークルルー」と慰めて?くれているみたい。首を左右に振っているのが可愛らしい。
「すまないユリアーナ、私は帰るが父上がいる。しばらくここで、ゆっくりするといい」
「しばらく?」
「この居住区を拠点として父上の指揮のもと、森の大規模な探索をするそうだ。ユリアーナもここに滞在することになる」
「だいきぼ……」
「たくさん温泉に入れる」
「おんせん! おふろ!」
単純な私は、パアッと顔を輝かせてしまう。
苦笑するお兄様には申し訳ないけれど、前世も今世も私は温泉が大好き娘なのだ。
特に前世ではボーナス(印税)が出た時、取材旅行と称し、高級な温泉旅館で美味しいお酒とお料理を堪能した思い出もある。
むむ、忘れていたけど、幼女の体ではお酒を堪能できないじゃないか。ちくせう。
「では、私たちは行く。ここに滞在中、ユリアーナは父上の側にいるように」
「あい!」
お父様の側にいるのは、お任せあれ!
しっかりぴったりくっついて、離れませんぞ!
ふわりと鼻をくすぐる良い香りに反応した私は、光の速さで匂いのする人に抱きつく。
見上げれば、眉間のシワを緩めたお父様がいる。
「これなら心配する必要はないですね。父上、ユリアーナ、行ってまいります」
「うむ、学園で何かあれば、すぐに知らせるように」
「はい」
いつの間にやら、お父様に抱っこされている私。
手を振ってお兄様を見送れば、お父様が朝食に誘ってくれる。
「おにいしゃま、ごはん?」
「大丈夫だ。ヨハンたちは食事を終えている」
「ユリアーナちゃん、朝食処にご案内するわ。侯爵家ほどではないけれど、ここにも腕の立つ料理人がいるのよぉ」
笑顔で私たちを見ていた鳥の奥さんが案内してくれた場所は、浴場から長い廊下を歩いて辿り着いたサンルームだった。
「食堂でもいいけれど、ユリアーナちゃんは疲れているでしょ? ここは貸し切りだから、ゆっくりしていってね」
「ありあとでしゅ!」
「……感謝する」
「あら、まさか侯爵様からお礼を言われる日がくるなんて」
「……ユリアーナが、喜んでいる」
「あらあら、うちの人が言ってたのは本当なのねぇ。もちろん、感謝は受け取っておくわね。あの人の分まで」
「……うむ」
なんだろう? 鳥の奥さんはお父様と昔からの知り合いなのは分かる。
だけど、なんだか……胸の中が、モヤモヤする。脂っこいものを食べた次の日みたいな感じ。胃もたれっぽいやつ。ぐぬぬ。
「食事はここに運ぶよう伝えておくわね。ごゆっくり」
私に向かって意味深なウィンクをする鳥の奥さん。
違うよ? 私は別に、どうしてもお父様と二人っきりになりたいとか、そういうのじゃないんだからね?
屋根がガラスになっているサンルームの中は、とても明るくて温かい。
森の中では見なかった、綺麗な花がたくさん咲いている。でも悲しいかな、私は花の名前に詳しくない。
「花は好きか?」
「あい。いいにおいで、あまいのがすきでしゅ」
「……ククッ、そうか、食用の花か」
あ、お父様が笑った。
そして、もれなく私が食いしん坊だと認識しましたね?
そうです。正解です。私は食いしん坊です。
「屋敷には薔薇園もある。帰ったら案内させよう」
「ばら! だいしゅきでしゅ!」
薔薇の花は香りもいいし、ジャムにしてもお風呂に浮かべても良いものだ。
あれだけ広い庭があるのだもの。もっと早く聞いておけばよかったな。
サンルームの一角にあるソファー、そこに座るお父様の膝の上で私はたくさんお話をする。たわいない会話だけど、それはとても幸せな時間で。
朝食が運ばれてテーブルに並べられると、お父様はゆったりとした動作でナイフとフォークを手に取る。
卵料理とベーコンを一口大にして、私の口元に持ってくる。
「ユリアーナ、口を」
「う?」
「口を開けろ」
「くち?」
「ほら、あーん、しろ」
「あーん」
お腹に響くバリトンボイスで「あーん」とか言われてみ?
マジでヤバイと思う。
バリトンなイケボの「あーん」とか、これもう人死に出るやつじゃない?
「ユリアーナ、あーん、だ」
「あーん」
今度はパンがきたよ。その次はスープだよ。
味は分からないけど美味しい。
これはダメなやつだって知ってる。でも美味しいから許して。
「ヨハンも言っていたが、しばらくここで滞在することになる。森にある罠を見つけることと『ハイイロ』の痕跡を探すためだ」
「はいいろ」
「覚えなくていい。貴族の中でも限られた人間しか知らないだろう」
「あい」
覚えるどころか、お父様の言う『ハイイロ』ってのは、十中八九『魔王教』の信者たちのことだろう。
私の考えた原作の世界では。
魔王を信仰し、魔王を復活させるために存在する組織を『ハイイロ』と言う。
彼らは知っている。魔王を復活させるには、多くの「負の感情」が必要だということを。
確かに、そういう設定だった。
だがしかし。この設定が生きるのは、主人公がオルフェウス君から変更されてからのことだ。
今の時点で、魔王教が出てくることはない……はずなのだ。
「きゅー!!(我が主、聞こえるか!!)」
「モモンガしゃん? もぐぅ?」
現れたのは執事のセバス、そして彼の肩に乗っているモモンガさんだ。
声を上げたところでお父様からの給餌があり、自然と口がもぐもぐすることになる。
「モモンガしゃんもぐもぐ、ぶじでもぐもぐ、よかったもぐもぐ」
「旦那様、ユリアーナお嬢様のお口が大変お忙しいことになっておりますので、手加減してくださいませ」
「邪魔をするな、セバス」
「成長期ですからね。お嬢様には、もっと広い視野を持っていただかないと」
「……そうか」
渋々ながら、私の給餌をやめるお父様。
うんうん。マナーを守れない「お貴族様」とかダメだと思うよ。
マナーって何だろうと考えたら負けだ。あーんとか、たぶんマナーの外側にあるやつだと思うし。
ふわっと飛んできたモモンガさんを受け取ると、私の手の平にすりすり体を茶色い毛玉が押し付けてくる。なんぞ?
「きゅー……(心配だったのだ。我は離されてしまったから、心配だったのだ……)」
「モモンガしゃん!! ……っくしゅ」
茶色の毛玉をギュッと抱きしめれば、冷たい空気が落ちてくる。
お膝抱っこのお父様は温かかったり、冷たかったりする。色々と謎だなぁ……っくしゅ。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想、すごくすごく嬉しいです!
本当にありがとうございまっする!
このお返しは……お父様の大胸筋でなんとか手を打っていただけると←鬼畜w




