とある執事の後悔
私の名はセバス。
フェルザー家の執事として精一杯勤めさせていただきましたが、とうとうこの役職から離れることになりそうです。
ユリアーナお嬢様から片時も離れるなという厳命があったにも関わらず、私が離れてしまったことにより事件は起きました。
運が悪かった、とも言われました。
まさか獣人族用の罠が、人族であるユリアーナお嬢様に作動するとは予測できないことでございましたから。
それでも、私は自分を許すことができなかったのです。
お嬢様にいち早くお休みいただくために、屋敷ではなく森の中にある獣人族の居住区で一晩過ごすことになりました。
外套を身につけたままお嬢様の添い寝をしていた旦那様は、するりと上着を脱ぎながらベッドから抜け出してきます。
念のため、ベッドの周りに結界の魔道具を私が置きますと、消音機能がついているのを確認した旦那様は私をひと睨みして口を開きました。
「ならんぞ、セバス」
「ですが……」
「お前の心情なぞどうでもいい。ただ、執事を変更することでユリアーナに負担をかけるなと言っている」
「……かしこまりました」
渋々頷く私に向けて、おもむろに旦那様は茶色の毛玉を取り出しました。
毛玉……いや、これは森でお嬢様が見つけた精霊獣ですね。室内で飼うには旦那様の許可がいりますが、元々森に住むものですし、庭にいるなら害はないと思いましたが……。
「此度の一件は『これ』のせいでもある。ユリアーナの魔力と『これ』の存在が罠を作動させることになった。仕置きなら『これ』にするように」
「はぁ」
無造作に放る旦那様から受け取った精霊獣は、小さくなって震えています。どうやら旦那様が何かしたのかもしれませんね。庇うことはしませんが同情はしますよ。
旦那様は何も仰いませんが、お嬢様に懐いているので連れ帰るのは許すが寝所は別にしろということでしょう。
何も言わずとも理解したのか、コクコクと頷いている精霊獣をそっと撫でてやります。まぁ、この子も頑張ったと思いますよ、旦那様。
「マリクからは?」
「連絡鳥の伝言で『ハイイロ』とのことです」
「……そうか」
ハイイロ……つまり『灰色』という言葉は、国の暗部に関わっている者なら誰でも知っております。
灰色とは、魔王を崇拝する者たちの俗称です。
世間で彼らは『魔王教』という怪しげな宗教の信者だと認識されています。
「人身売買の組織は、灰色に繋がっていた……ということでございますか」
「奴らめ……根絶やしにしたはずだが」
「どこかしらに種があるのでしょう。セバスの一族も目を光らせているのですが……」
「増やしておけ」
「かしこまりました」
セバスの一族は、血で繋がってはおりません。
我らは孤児であったり、親から捨てられた子であったりする者たちです。
初代フェルザー家の当主が道楽で始めた『セバス育成計画』は、今や国内隠密階級で上位の存在とされています。
その中でも『セバス』を名乗ることが許されているのは、フェルザー家の執事である私だけです。
だからこそ今回の失態は、私自身が許せないのですが……。
「今回のことで、私も学ぶことがあった」
「学ぶ、ですか?」
「ユリアーナは、私にとってかけがえのない存在だということだ」
「さようでございますか」
父親が娘のことを「かけがえのない存在」であると認識する……素晴らしいことです。
なぜか手の中にいる精霊獣の震えが強くなりました。なぜでしょう?
「あの子が望まないかぎり、我が家から出すことはない」
「さようでござ……いえ、旦那様、お嬢様を家から出さないとは?」
「無論、フェルザーの名を外さないということだが?」
いやいや、お待ち下さいませ!
名を外さないということは、お嬢様を嫁に出さないということになってしまいますから、それは少々難があると言いますか!
「ん、んんっ……旦那様、その件については早計かと……」
「ユリアーナに、ずっと離れないと約束した」
「それはよろしゅうございます。ですが……」
「ユリアーナが自ら望まなければ、動くことはない」
「旦那様……」
現在、侯爵家であるユリアーナお嬢様より格上のご婦人はおりません。
となれば現在、王太子のお相手としてユリアーナ様が最有力候補となっており、貴族の娘として最大級の幸せを得られる権利があるはずなのです。
私は、ひどく後悔しております。
今回のことがなければ、ユリアーナお嬢様は「普通の貴族女性の人生」を送ることができたのではないか、と。
「無論、ユリアーナが求めるならば全てを与える」
「……かしこまりました」
つまり政略結婚は考えないということですね、旦那様。
私の考えを読んだのか、満足げに頷いた旦那様は再びユリアーナお嬢様のお休みになられているベッドへと向かわれました。
いやいや、何やっているんですか旦那様。
「ずっと一緒にいると、約束した」
はい、それはさきほど聞きましたよ。
ユリアーナお嬢様が掴んだままの外套にするりと腕をとおし、音を立てずにふたたびベッドに潜り込む旦那様。いや、それで元どおりだとか、そういう問題ではないのですが。
「ユリアーナが起きた時に、ひとりでいるという状況だけは作りたくはない」
「はぁ、さようで」
「……何が言いたい?」
「いえ、特に何も」
言葉に出さなくでも理解できることは多々あります。
たとえば、今の旦那様の心情など。
「……別に、嫁にやらないわけではない」
「さようでございますか」
両手の中で震えていた茶色の毛玉が、呆れたようにため息を吐いています。ふむ、なかなか見どころのある精霊獣ですね。
ベッドを見れば、旦那様が戻ってきたことにより、お嬢様が満足げな笑みを浮かべてらっしゃいます。それを見た旦那様が蕩けるような笑みを浮かべて……これは天変地異の前触れでしょうか。
「さて、私たちは退散しますよ」
「きゅ?」
「これ以上、愛し合う二人の仲を邪魔するわけにはいきませんからね」
「きゅー!」
旦那様の部下であるマリク様から、ふたたび連絡鳥の伝言がありました。
例の『灰色』が国の預かりになるとのことでしたが、これは明日に伝えれば良いことでしょう。マリク様には遅くまでご苦労様ですと伝言しておくことにして。
「では、散れ」
集まっていた者たちに指示を送る。
フェルザー家の『セバス』は、今や旦那様の最愛であるユリアーナお嬢様のために存在しているようなものだ。
お嬢様の害になるような存在は、早々に消すべきかと。
「きゅ……」
おや、精霊獣が怯えてますね。いやはや、うっかり殺気が漏れていたようです。
私もまだまだ精進せねば、ですね。ふふふ。
お読みいただき、ありがとうございます。
そして感想、評価、ブクマなどなど
ありがとうございます!
毎日によによしております!




