32、安心できる場所
一瞬だけ寒いと思ったけど、すぐに元の状態になる。
膝の上にいたモモンガさんは、慌ててフードの中に入ってきた。
「どしたの?」
「きゅっ!(このマントには使用者が快適であるよう陣が組まれているからなっ!)」
「おお、しゅごい」
裏をめくったら、小さな魔法陣とキラキラした石がくっついている。かわいい。
「きゅきゅー(魔法陣を布に描くとは、なかなかの魔法使いだな)」
「たぶん、おししょ」
過保護なお父様に頼まれたのだと思う。
急に冷えてきたから助かったよ。お師匠様ありがとう。
ふたたび水鏡を見ようとしたけど、凍ってしまって何も見えなくなっていた。
ど、どうしよう。
「みえない!」
「きゅー……(なぜかこの辺りの気温が一気に下がったのだ……)」
なんとなく原因に心当たりはあるけれど、箱状になっている室内がミシミシ音をたてている。まさか、壊れるとか?
ピシピシと音を立てて見上げれば、天井の魔法陣にヒビが入っていくのが分かった。
「こわい!」
「きゅきゅ!(いざとなれば精霊に守らせる!)」
ありがとうモモンガさん! でも、怖いものは怖いのよー!
ピシピシからバリバリになっていく音に、とうとう我慢が限界に達した。
「やぁー!! ベルとうしゃまぁー!!」
「……ユリアーナ」
大きくて、あたたかくて、安心できる大好きな匂い。
頭から爪先まで、私の全部がふんわりと包まれるのが分かった。
ああ、もう、大丈夫なんだね。
「ベル、とうしゃま?」
「……遅くなった」
「んーん、だいじょぶ」
「……そうか」
背中をぽんぽんと叩いてくれる優しいリズムに、危うく寝てしまいそうになる。
寝たらダメだ。まだ伝えることがあるんだからと一生懸命首を振る私に、お父様がお腹に響く素敵な声で「大丈夫だ」と教えてくれる。
「と、しゃま?」
「ペンドラゴンが森にある罠を全て見つけ出した。ユリアーナのお手柄だ」
「とりしゃ、だいじょぶ?」
「鳥……? ああ、奥方と息子も無事だ」
「よかっ、たぁ……」
安心した私は、目の前にある厚い胸板に頭を預ける。
それを合図にしたのか、お父様は立ち上がって何やら魔力を練り上げていく。
「きゅ!(おお! 人間にしては、なかなかの練度よのう!)」
「……精霊王に褒められるとは、私の魔力も捨てたものではないな」
「きゅ!?(お主、我の言葉が分かるのか!?)」
フードの中で慌てるモモンガさんを無造作に押さえつけたお父様は、私を抱っこしたまま自分の足元に氷魔法を発動させた。
ぐっと内臓が持ち上がるこの感覚は、なんちゃらタワーの高速エレベーターに乗った時と同じやつだ。
え、なにこれ、すごい。(失われる語彙力)
「きゅ……きゅぅ……(我の声を拾う人間とは……むぎゅぅ……)」
モモンガさん、がんばってお父様に握りつぶされないようにね!
地上は真っ白だった。
正確には、私が捕まっていた場所周辺のすべてが凍っていた。
「まっしろ……」
「箱の中にいるユリアーナを助けるために、私と父上が凍らせた」
駆け寄ってきたお兄様は、私の頬を優しく撫でて教えてくれた。
なるほど! 確かに凍っていれば、箱を壊しても生き埋めにならないね!
「なんつー魔力量だよ……この親子は……」
「フェルザー家ですから」
呆れ顔のオルフェウス君に、セバスさんが達観したように返している。
ええ? フェルザー家って、そういう扱いなの?
「ありがとう、ユリアーナちゃん。今うちのが罠を解除して回っているから、森は大丈夫よ」
「クルルルル!」
鳥の奥さんの肩で、白い小鳥さんがひと声鳴いた。
あれ? 息子さん、また小鳥になっちゃった?
「ふふ、気にしないで。息子も私も、ちょっと魔力を使いすぎちゃっただけだから」
いや気にするよ! 私が罠に捕まったから……。
「ユリアーナ、お前のおかげで森から犠牲者が出なかった」
「ベルとうしゃま……。あい」
こくりと頷く。
確かに、私が捕まったから罠があることが分かったんだもんね。うむ、結果オーライだ。
「ユリアーナお嬢様、申し訳ございません」
「セバシュ、だいじょぶ?」
「はっ……はい、お気づかいいただき、感謝いたします」
セバスさんの目に涙が浮かんでいたのを見なかったことにする。
そして、オルフェウス君に目を向けて「落ち込まないで!」と頷いてみせれば、苦笑で返された。護衛だからって、自分を責めないでほしい気持ちは伝わったかな。
うん。今回のは誰も悪くない。私も悪くない。
悪いのは、罠を仕掛けた奴らだ。
「……ユリアーナ?」
お父様の声に、私は反応できない。
色々あったせいか眠気に襲われているのだ。
「旦那様、お嬢様をこちらへ……」
「……む?」
なぜだろう。
私の小さな手は、お父様のジャケットの襟を掴んだままだ。
「かまわん」
どこか生温かい空気が流れるのは気のせいでしょうか。
熱くなる顔を隠すように、お父様の胸元に顔をうずめる。くんかくんかいい匂い。(現実逃避)
獣人さんたちの居住区にある客室は、木に巻き付くように建っているツリーハウスだ。
本当は、お屋敷に帰らないとダメなんだと思う。それでもお父様は「気にするな」と言ってくれた。
私がしっかりと掴んで離さないジャケットを脱がず、お父様はそのままベッドに入ってくれた。
もちろん私も外出着のままだ。
だって、もう、離れたくなかった。
「ベル、とうしゃま……」
「大丈夫だ。もう離れない」
「ずっと、いっしょ?」
「ああ、ずっと一緒だ」
ぎゅっと抱きしめられて、いっぱい匂いをかいで、やっと安心できた。
このままお父様と離れられなくなったらどうしようとか、いらん心配をしてしまう。
ちょっと危険かもだけど、それもいいかなとか思ったりした。
なんてね、冗談ですよ。ふへへ。
お読みいただき、ありがとうございます。
よかったね、ユリアーナ。




