31、氷魔法の有効活用
『おいっ! お嬢様はどこだっ!』
『ユリアーナお嬢様!?』
『……近くにいるはずだ』
おお、さすがにお兄様は冷静だ。もしかしたら兄妹センサーみたいなのが働いているのかもしれない。今考えたやつだけど。
真っ先に気づいたのはオルフェウス君で、セバスさんは私が罠に捕まった場所を正確に捉えていた。
でも悲しいかな、こういう罠は、発動した瞬間に痕跡がなくなる作りになっているんだよね。ちくしょう。
精霊王であるモモンガさんの力を借りて、精霊さんたちに水鏡を出してもらっている。
頑張れば私にもできそうなんだけど、今この場所で魔法を発動させようとしても魔力を動かすと吸われちゃうのよ。ぐぬぬ。
力がほとんどないモモンガさんでも、精霊さんたちと意思疎通はできるとのこと。魔力の後払いで精霊さんの助力を得られるよう、なんとか交渉してもらったのだ。
「きゅきゅー(本来の我であれば、このような罠など吹けば飛ぶようなものであるのに)」
「まりょく、いっぱいつかってもいいけど」
「きゅきゅきゅ(魔法陣を壊しても、この空間がどうなるかわからぬ。地中にあるゆえ、生き埋めになる恐れもあるぞ)」
「だよねー」
「きゅーきゅ(それよりも、ここにいることを外の輩に知らせるべきであろう。ここからは近いうちに出ることになるだろうからな)」
「そう? なら、おにいしゃまたちにしらせないと!」
水鏡の中で必死な様子のお兄様たちに向けて、私はそっと指先をのばす。
「かぜのせいれいしゃん……おねがいしましゅ……」
「きゅーきゅきゅ(風の精霊よ、精霊王の名において我が庇護する者の願いを聞き入れるのだ)」
え、私ってモモンガさんに庇護されてるの? 逆じゃない?
「きゅ!(逆ではない!)」
どっちでもいいけど。
「きゅ!(よくない!)」
きゅっきゅ怒るモモンガさんのお腹のモフモフを撫でて黙らせた私は、脳を高速で回転させている。
はてさて、どうやったらお兄様に伝わるか……だよね。
「お、おにいしゃま……きこえましゅか?」
今、あなたの心に直接呼びかけて……じゃない、風の精霊さんに音を届けてもらっている。うまく聞こえるといいのだけど。
『ユリアーナ?』
水鏡の中にいるお兄様が、オルフェウス君たちに静かにするようジェスチャーしている。鳥の奥さんと息子さんが見えないけど、どこにいるのかな? 私みたいに捕まっていないのなら良いのだけど。
「つちのなかに、じゅうじんさんつかまえる、わながいっぱいあるから、あぶないでしゅ」
うむ。幼女には無理だった。
モモンガさんが呆れたように私を見ている。やめて、そんな目で見ないで。
『ふむ……まだ人身売買の組織が動いていたのか。どうやらこの森に獣人を捕獲する罠がたくさんあるようだな』
『それは危険ね。居住区の獣人たちに、家から出ないよう連絡鳥を飛ばしておくわ』
『土の中に仕込まれているようだから、飛んでいれば大丈夫だろう』
すごい! あの説明で、ちゃんと伝わっているとか!
そしてさりげなく、水鏡に鳥の奥さんと息子さんの姿が見切れていた! ひと安心ですな!
「きゅ……きゅ……(馬鹿な……あの説明で……)」
モモンガさんがぷるぷる震えながら呟き鳴きしているけれど、今はそれどころじゃないので会話を続けさせていだたく。
「おにいしゃま、わなをこわすと、あぶないのです」
『土の中にいると言っていたな。空気は通っているようだが、罠を解除するのは危険だ』
『おい、魔法でお嬢様を助けることはできないのか?』
『ユリアーナの場所を感知したところ、かなり深い場所にいるようだ。生き埋めになる恐れがある』
『くそ……っ!!』
『ヨハン様、いかがなさいますか?』
『方法はいくつかあるが、安全をとるならば犯人を待つことだろうな』
『おい坊っちゃま! お前何を言ってんだ!』
『坊っちゃまと呼ぶな。人身売買をする犯人ならば、売り物に傷をつけず地上に出すだろう』
『ふざけんな!』
『うるさい。方法はいくつかあると言ってるだろう。その内のひとつがもうすぐ来る』
『はぁ? おま、ひ、ひぇっくしょい! な、なんだ? 急に寒気が』
震えるオルフェウス君の横で、平然とした顔のお兄様がいる。
セバスさんが言ってた雨も降ってきたと思いきや、なぜか白いものがちらほらと水鏡に映し出される。
まさかこれ、雪?
「きゅきゅ?(なんだこの魔力は?)」
闇の中に交わらない灰色が二つの線を描く。
目的地に数人の気配を察知し、歩みを止めると灰色の線は点となった。
「まだ罠の周り、人が多い」
「排除?」
「あの強さ、短時間は無理」
「待機?」
「待機……ぐぅっ!?」
灰色の二人は森に入らず、待機できる場所へ移動しようとしたその時、とてつもない強い力で体を地面に押し付けられる。
確認しようにも指一本動かせない彼らは、ならばと魔力を発動させようとしたが声も出せなくなる。
「むぐっ!?」
「ぐぐっ!!」
かろうじて開いていた目には、己の手が氷に覆われていく様が見える。
彼らの無表情に、一瞬だけ変化が見えた。
それは恐怖だったのか、それとも……。
「マリク」
「了解です。これの処理はお任せください」
「うむ」
銀色の髪をなびかせ、氷の像から視線を外した男は白い息を吐く。
幸いにも、愛し子の待つ森は雨が降っている。
「お気をつけて」
「うむ」
魔力で氷のかけらを一つ出し、片足を軽く乗せる。
その瞬間、集まった冷気が森に向かって綺麗な稜線を描いていく。
「相変わらず反則級の魔力と身体能力だな……。なんで文官やっているんだろう、あの人」
普通、氷の魔法をこんなふうに使う人間はいない。風の魔法に秀でていたとしても、人の身だけで空を飛ぶのは自殺行為だ。
それは愛ゆえに、なのだろう。たぶん。
「さてと、これ、生きていますよね……?」
ひとり残る文官は、氷像をぺちぺちと叩いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、感動の再会?




